お喋りしながら突然、椅子に寝そべるカフェ店員。知られざる「発達障害」の世界
昨年、発達障害の世界を描いた深夜ドラマ『僕の大好きな妻!』(東海テレビ・フジテレビ系)が大きな話題を呼んだ。その原作となったのは、実際に発達障害のある妻のナナトエリさんと、彼女を理解しようとする夫の亀山聡さんの夫婦2人が、自らのエピソードを交えながら描いた漫画『僕の妻は発達障害』(新潮社「月刊コミックバンチ」連載中)である。
ドラマでは、そんな妻の姿をももいろクローバーZの百田夏菜子さん、その夫を落合モトキさんが演じて、個性的で生きづらそうな妻を一生懸命受け止めようとする夫との夫婦のやりとりのもどかしさが何とも印象的だった。
職場などでの人間関係が上手く行かず、傷つき体験を重ねて仕事を辞めざるを得なくなる背景に、こうした生まれつきの発達特性を抱えていたなどの「大人の発達障害」が顕在化するようになったのは、まだ最近のことだ。しかし、「大人の発達障害」については、いまだ周囲の理解や配慮が十分でないために、ひきこもりを強いられる人たちが少なくなく、対人恐怖や集団恐怖を持っている人たちも数多く含まれると考えられている。
驚くことなんて何1つない。ただの個性なので
原作者のナナトさんも、自分自身のことがわからないまま、ずっとアパレルの販売員やインフォメーションの仕事をしていた。接客業が向いている特性はあるものの、疲れ過ぎてしまって長期間続けられずにうつになり、「発達障害」の診断が出ると「私が発達障害?」とショックを受けて、1年ほどひきこもったという。
ナナトさんは当時、ネット検索して見つけた発達障害当事者が営む「Neccoカフェ」に行ってみた。カフェの従業員はみな優しく受け入れてくれたが、女性店員の1人は、お喋りしながら突然、椅子に寝そべった。ナナトさんは、その光景が衝撃的で漫画に描いた。
その後、再びNeccoカフェに行くと、今度は店内に話好きな営業職の男性客が座っていて、何も話せないまま彼のマシンガントークを1時間聴かされて帰宅した。そうしたエピソードも出てくるカフェのシーンは、同作品の第4巻に「発達カフェroom」という店名で紹介されている。
「当時は、まだ自分が発達障害だと知ったばかりで、よくわかっていなかったんです。でも、どんな人たちなのかという知識さえつけていれば、驚くことなんて何1つないんですよね。ただの個性なので」(ナナトさん)
もうひとりの原作者で夫の亀山さんは、「毎日のように彼女と話していると慣れてくる。またトラブルが起きてるなって感じで、感覚がだいぶ変わりました」と明かす。
「いわゆる変わった人たちと言われてしまう人たちを、変わった目で見なくなったときに、人を許せるようになるんです。いちいち腹を立てることではないと思うと、夫婦間でも“なんだこれは?”ということがなくなっていきました」(ナナトさん)
作品のモデルの1つにもなったNeccoカフェには、「ドラマを観て来ました」と初めて来店する人も増えているという。
「発達障害の人が主役になっているドラマは他にもあったんですが、自閉症だったり、特別な人みたいな感じだったり。発達障害が誰にでもある身近な存在として取り上げてもらえたのは初めてで、自分ひとりではないことを知ってもらえたのではないか」
同カフェを運営する「発達障害当事者協会」副代表の金子磨矢子さんは、そう感謝する。
原作が生まれたのは、約4年前。実は、2人が別の企画を『コミックバンチ』編集部に持っていったところ、榎谷純一編集長から「発達障害の妻と定型発達の夫を描いたほうがおもしろい」と言われたことがきっかけだったという。
そんな知られざる発達障害の世界について考えてもらおうと、同協会は漫画原作者のナナトさんや亀山さん、同ドラマの東海テレビ放送制作局プロデューサーの中頭千廣さん、当事者団体、児童精神科医の吉川徹氏ら専門家を招いて、4年ぶりに全国の発達障害当事者会が集うフォーラムを10月9日(月祝)12時30分から、名古屋市の愛知県産業労働センター(WINC AICHI)小ホールで開催する。
イベントでは、ナナトさんと亀山さんが実際のカフェで、喋りながら椅子に寝そべる女性店員や話好きな営業職の男性客に自由奔放さを感じた、安心安全な空間ならではのエピソードも聴ける。