独りぼっちで寂しくないですか?生活保護申請者を門前払いの日本とは大違い「孤独担当相」新設したイギリス
隠れた流行病
[ロンドン発]イギリスのテリーザ・メイ首相は18日「孤独担当相」を新設し、デジタル・文化・メディア・スポーツ省で市民社会を担当するトレイシー・クラウチ政務次官を「孤独担当相」に任命しました。
コープ(生協)とイギリス赤十字の調査によると、イギリスでは900万人が孤独を抱えているそうです。イギリスでも高齢化で独り暮らしのお年寄りが増えていることから、メイ首相は年内に孤独解消の総合戦略を策定する方針です。
メイ首相は欧州連合(EU)からの離脱交渉に頭を痛めています。その離脱を決定した2016年6月の国民投票直前「ブリテン・ファースト(イギリス第一)!」を叫ぶ暴漢に惨殺された女性がいます。EU残留を唱えていた労働党のジョー・コックス下院議員(当時41歳)です。
コックスさんが死の4カ月前にスタートさせたキャンペーンが「孤独という隠れた流行病」でした。コックスさんの遺志を継いだ労働党と保守党の女性下院議員が、孤独を解消する国家戦略を策定すべきとの報告書をまとめました。
これを受けて「孤独担当相」を新設したメイ首相は「非常に多くの人々にとって孤独は現代の悲しい現実です」と述べました。
「私たちと社会のために高齢者や介護者、愛する人を失った人々、話をする相手や自分の考えや経験を共有する人がいない人たちの抱え込んでいる孤独を語り合う行動を起こしたい」。メイ首相はより結束した弾力性のあるコミュニティーを建設していく考えを打ち出しました。
若者の43%が孤独
「ジョー・コックス・ロンリネス」プロジェクトがさまざまな調査をまとめたところ、絆のないコミュニティーは年に320億ポンド(約4兆9200億円)の負担をイギリス経済に強いる恐れがあるそうです。
社会的な支援を受けたことがある17歳から25歳までの若者の43%が孤独による問題を経験し、愛されていると感じたことがある者は半分もいませんでした。
調査に応えた親の24%がいつも、または頻繁に孤独だと訴え、障害を抱える人たちの最大50%がずっと独りぼっちになると答えました。
ロンドンで暮らす難民や移民の58%が最大の問題として孤独や孤立を挙げています。愛する人を介護した人の10人に8人が孤独や孤立を感じているそうです。
認知症と診断された3人に1人は友だちを失い、約10人に1人は1カ月に一度しか外出していませんでした。
65歳以上の360万人が「テレビが友だち」と打ち明けました。75歳以上の3人に1人以上が孤独感を抑制できないと答えたそうです。
人は孤独には耐えられない
「子供のころ、親に虐待された経験のある人、高齢、死別、宗教や言語の問題、国籍、認知症、精神疾患、生まれつきの疾患、友だちをうまく作れない、生活保護を受けている。人が孤独になる理由は実にさまざまです。しかし、人は孤独には耐えられません」
ロンドンで孤独に苦しむ人たちや高齢者を相手にボランティアやホームケア・アシスタント(訪問介護士)をするようになって12年になる女性(匿名)に話を聞きました。
「独り暮らしのお年寄りは外にも出られません。認知症の方は普通に話せなくなり、友だちがいなくなるケースもあります。無理して仲良くしようと努めなくても、カフェに行ってお話したり、買い物に付き合ったり、テレビを一緒に見たり、それぞれ新聞を読んだりしているだけで良いのです」
EUから離脱することになってイギリスの評判はこのところガタ落ちです。しかし原則、医療費を税金で全額負担する国民医療制度(NHS)を戦後スタートさせ、「ゆりかごから墓場まで」と称賛された福祉国家を築き上げた国だけあって、ソーシャルケアは行き届いています。
掛かりつけ医(GP)や近所の人の通報でソーシャルサービスが異常に気付くと、ソーシャルワーカーが派遣され、対象者が抱える問題を把握します。
アセスメントに基づいて、家にゴミが散乱していると掃除をしたり、うつ病の人は医師に診せたり、買い物のヘルプが必要な人を助けたり、料理ができない人には食事を作ってあげたりします。
「『人が嫌い』『ケアなんて要らない』と言っている一見難しい人でも、心の底では誰かと一緒にいたいと思っているに決まっています。最初は受け入れてくれない人でも『ちょっと、おじゃまします』とアプローチの仕方を変えて話を聞いてあげれば、受け入れてくれるものです」
独り暮らしのお年寄り用ペンダント
イギリスの人口は6560万人。65歳以上は全体の18%。85歳以上は2.4%。高齢化が進むにつれ、独り暮らしの人が増えています。
独り暮らしのお年寄り用に非常ボタンのついたペンダントもあって、何かあった時にボタンを押すとコールセンターと自動的に電話がつながり、受話器を取らなくても話すことができます。いざという時には救急車が駆けつけるようになっています。
デイケアサービスも充実していて、自宅までバンで迎えに来てくれ、センターでみんなと一緒に歌を歌ったり、話したりして過ごせるそうです。
世界に先駆け産業革命が始まったイギリスでは労働者と資本家の間で埋めきれないほど、貧富の格差が広がりました。貧富の差にかかわらず医療サービスを受ける権利を平等に保障するため、作ったのがNHSです。
世界金融危機のあと財政を再建するため、イギリスでは極端な緊縮策がとられ、ソーシャルケアでもアセスメントの見直しがありました。
筆者の取材に応じた女性は「イギリスのソーシャルサービスは北欧ほどではないものの、日本よりは随分、行き届いていて、納税額を較量するとかなり充実していると思います」と話しています。
メイ首相の「孤独担当相」の新設は点数稼ぎの面は否定できませんが、いろいろな省庁の垣根を越えて総合的に取り組んで行かなければ社会の孤独は解消されないのは事実です。
生活保護の申請者を窓口で追い返し、不正受給が強調される日本と違って、イギリスは孤独感に苛まれる人を探し出して、救いに来てくれるのです。何かと評判の悪いメイ首相ですが、孤独解消の総合対策を打ち出してくれることを大いに期待します。
(おわり)