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附属小の教員は「心外です」と言った パワハラもあった奈良教育大附属小問題の実態

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:イメージマート)

 奈良教育大附属小の問題を連載してきているが、そこで、大学側が「不適切」とした附属小の創造的教育実践を、教育研究者たちは「不適切ではない」と口をそろえる。

 では、肝心の附属小の教員は、どう受けとめているのだろうか。創造的教育実践を実施してきた附属小教員のひとりであるAさんに訊いてみた。Aさんは、不適切という大学側の指摘に対して「心外です」と言いきる。そして、「不適切」とするために大学側と校長がやってきた実態を語ってくれた。

|新校長は「すべての決裁権は校長にあるはず」と宣言

―― 今回の件は、いつごろから始まったと認識されていますか。

 大学が公表した報告書(奈良教育大学附属小学校における教育課程の実施等の事案に係わる報告書)の「本事案に係わる経緯」にも記されていますけど、2023年の5月26日に奈良県教育委員会(県教委)から大学の学長に連絡があったことが、直接のきっかけだったと認識しています。

 5月30日の県教委からの通知では、道徳についてふれられていたようです。さらに6月14日に教員に示された校長提言では、国語の書写で毛筆を使っていなかったことも問題にされました。最終的に大学が公表した報告書には、そのほかの科目もふくまれていますが、それらはオマケみたいなものだったようにもおもいます。

 さらに先の点にくわえて教委が問題にしていたのが、「校長が働きづらい組織になっている」ということでした。

―― その前月の4月には、県教委から小谷隆男氏が校長として赴任していますよね。

 はい。小学校での教員経験もないし、校長をやったこともなくて、ずっと教育委員会にいた人です。

 2023年4月に赴任してきた小谷隆男氏は、当初のころの職員会議の冒頭で必ず、「すべての決裁権は校長にありますが、みなさんの意見を聞くために職員会議を行います」と宣言していました。会議の途中でも、「校長の権限を制約している」と指摘していました。声を大きくしたり、机を叩いたりしたこともあります。

 赴任直後から、「すべての決裁権は校長にあるはずだが、この学校では職員会議でいろいろな教員が意見を述べるし、校長の提案に反対して校長の決裁権を制約している。これは本来あるべき姿ではない」とも言いつづけていました。

 1学期の終わりごろには職員会議の冒頭での宣言はなくなり、机を叩いたりすることもなくなりました。しかし、校長の考え方や姿勢が変わったわけではありません。

|副校長の病欠は校長のパワハラ

―― 冒頭の宣言がなくなったのは、なにかきっかけがあったのですか。

 たぶん、副校長が病休にはいったことがきっかけだとおもいます。校長の当たりは、副校長に対してがいちばん強かった。

 パワハラだとおもいます。それで副校長がメンタル的にまいってしまって、病休にはいりました。

 そのパワハラについて、教職員組合として大学側に申し入れをしたし、産業医からも大学側に話があったはずです。組合に、大学からは正式な回答はありませんでした。

―― 校長が強硬な姿勢を示すほど、学校の運営には問題があったのでしょうか。

 3年前までは、校長は大学の教員が兼任していました。校長であっても、大学で授業したり研究したりしていますから、実質的には不在の状態です。

 そういうなかで、附属小では教員が話し合いながら運営をしていく体制になっていました。そういう実態を知らないのか、無視してやろうとしたのが小谷校長です。

 学校教育法施行規則で職員会議は校長の補助機関とされていることは私たちも知っていますが、実際問題として附属小は校長不在の状態だったので、教員たちの話し合いで多くのことを決めて、学校は運営されていました。その実態を無視して、いきなり「校長が決める」と言ってみても、学校は動いていきません。

―― そのあたりは、教員側から校長に説明はしなかったのですか。

 なんども説明しました。たしかに決めるのは校長だけど、それまでに教員の意見も聞かないと決められないのではないか、とずっと言っていました。

 私たちがそう言うと、その場では、校長はわかったようなわからないような曖昧な言い方をしていましたが、納得はしていませんでした。

|学習指導要領を基準にした教育をやってきた

―― 学習指導要領に違反していたような言い方をされているわけですが、そこは、どのようにとらえていますか。

 私たち教員は、学習指導要領を基準にした教育をしているつもりです。足りないと指摘されれば、改善する姿勢をとってきてもいます。

 報告書でも指摘されている毛筆の件にしても、昨年の5月くらいから毛筆のはいった書道セットの導入を検討していました。いきなり全員が購入するとなると保護者の負担が大きくなるので、最初は1クラスか2クラス分をそろえて共同で使っていくことを考えていました。

 しかし、調査が始まるということだったので、その結果がでるのを待って導入を考えていました。そこに、いきなり「違反」と決めつけられてしまったわけです。

 道徳の授業にしても、まったく実施していないかのように報道されましたが、そんなことはありません。全校集会などで年間32時間の指導を行っています。それが最終的な報告書では全校集会での実施は「特別の教科である道徳」としての実施とはいえないとして、32時間がまったく認められなくて、「やっていない」とされてしまいました。

―― 教員としては学習指導要領を基準にしながら、子どもたちの状況にあわせて対応していたにもかかわらず、報告書では無視されてしまったということですね。

 教員にすれば、まったく心外です。

|ガラリと変わったのは文科省に報告してから

―― なぜ、教員にしてみれば「心外」と言うしかない状況になってしまったと考えていますか。

 昨年5月に県教委から附属小の教育課程に問題があるとの話があって、そこで県教委が調査すると言い出しました。国立大の附属小は県教委の管轄ではないので、6月から大学が独自の調査を始めます。調査委員会を起ち上げて、9月に「調査報告書(中間まとめ)」ができあがります。

 このときは、3年生で学習すべきものを5年生で学習させていたなど「年次違い」もあるけれど、学習指導要領の内容は指導できているといった評価でした。

 それが、最終的な報告書ではガラリと変わってしまいます。学習指導要領で3年生の学習とされているものは3年生でやっていなくてはダメだ、となります。

―― なぜガラリと変わってしまったとおもいますか。

 大学の学長、副学長、附属小の校長らが、「中間まとめ」を持って昨年10月10日に文科省に報告に行っています。ここで、ガラリと変わりました。

 そのあとに私たち教員が言われたのは、「グレーがないところがないように、黒か白かはっきりさせろ」ということでした。教員へのヒアリングもぐっと増えて、私たちの超過勤務も増えました。

―― 大学側からは「文科省から指示があった」とかの説明はあったのでしょうか。

 それも、ありましたね。しかし、「指示された」とは言いませんでした。指示や命令ではなくて、指示や命令はしないけれど質問するような言い方をしていたと説明されました。

―― 「質問」を学長や校長が忖度して、最終的な報告書は厳しい内容になったということですか。

 そうですね。文科省の「質問」を忖度しないと来年度の大学運営費交付金が減らされる、下手したら自分が学長に任命されないかもしれない、と学長は考えていたようでした。

 ただ教員としては、調査に抵抗するとかではなく、自分たちの教育実践には意味があるということを言いつづけました。それが認められなかった。

|出向は処分、文科省への忖度か

―― 今回の件で、附属小の教育実践を主導的に行ってきた、大学雇用の正規教員の出向を大学側は打ち出し。新年度に一部が実行されています。

 私たちは、処分だと受けとめています。学長は表向きには人事交流のためとか言っていますけど、明らかな処分です。

 学長が職員会議にきたときに、「処分ですよね?」という質問をしたのですが、「私の処分も検討されています」とか言っていました。教員への説明のなかでは、「文科省に『まさか来年度も同じメンバーでやっていくなんてことはないですよね?』と言われた」とも言っていました。

 主体的にやっている教員全員を処分したら附属小の教育実践が保てませんよ、と教員から何度も学長に話しました。それに対しても、「来年度の運営交付金が削減されるのが怖い」という返答ばかりでした。

―― そこまで学長は文科省の顔色をうかがっているということですね。

 そうです。今回の件だけでなく、それは国立大学が法人化されたころから、ずっと続いている姿勢のような気がします。「文科省にうける教育研究をしろ!」と、ずっと私たちは言われつづけてきています。

 大学としては、教育実習生をたくさん受け入れています。そこでは、学習指導要領どおりに、教科書を使った授業をする教員を育てていくことが求められています。公立学校で即戦力になるような教員養成ですね。それが、文科省の求めていることでもあります。

 附属小でやっているような、独自のカリキュラムを組んで、自主的な子どもを育てるような教育実践は、あまり歓迎されていないような雰囲気はありました。そういう意味では、文科省や大学からの「うけ」はよくなかったかもしれません。

―― ありがとうございました。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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