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中国はなぜ金正恩訪中を速報で伝えたのか?――米中間をうまく泳ぐ金正恩

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
北朝鮮・金正恩氏が3度目の訪中(写真:ロイター/アフロ)

 これまでは北朝鮮の指導者が帰国した後に訪中を報道するのが中国の慣例だ。なぜ今回は金正恩の入国と同時に速報で伝えたのか?元中国政府高官を取材し、中国の影響力が低下することを懸念していることが分かった。

◆中国政府、金正恩訪中を速報で

 北朝鮮の金正恩委員長の飛行機が北京空港に到着してまもなく、中国政府の通信社である新華社の電子版「新華網」がその事実を短文で伝えた

 内容は「6月19日から20日にかけて、朝鮮労働党委員長で、朝鮮民主主義人民共和国国務委員会委員長金正恩は中国訪問を行なう」と書かれているだけだった。

 それでもこれまで、北朝鮮の指導者が訪中した時には、指導者が帰国の途につき、北朝鮮の領土領空に入ったのを確認してからでないと公開しないという原則を破ったのは注目に値する。

 それも報道は19日10時16分。まだ北京入りしたばかりだ。いったい何が起きたというのだろうか?

 

 金正恩はシンガポールに向かうのに中国の専用機を使わせてもらいながら、そのお礼に行っていない。本来ならシンガポールからの帰路に北京の上空を通るのだから、北京に立ち寄って習近平国家主席にお礼を言うのが本筋だろう。だから、いずれ行くだろうことは、推測はしていた。まさか習近平が訪朝するまで謝辞を言わないということはあるまい。それはあまりに非礼だ。習近平訪朝前に金正恩は訪中しなければならない。したがって金正恩が三度目の訪中をしたこと自体には驚かないが、そのことを中国政府が速報で伝えたことには非常に驚いた。

 よほどの事情がない限り、あり得ないことだ。

◆中国政府元高官を取材

 そこですぐに元中国政府高官と連絡し、取材をした。

 以下、Qは筆者、Aは元中国政府高官である。

 Q:いったい、どうしたというのですか?金正恩が訪中したようですが、なぜすぐに報道してしまったのですか?

 A:そうですね、たしかに異常です。ただ、金正恩はシンガポールでの米朝首脳会談のあとに、すぐさまその足で北京を訪問して習近平にお礼を言うべきところ、「なぜそうしないのか」という疑問に対する回答でしょう。彼は中国の飛行機使用のお礼と、トランプと会って何を話したかという報告を習近平にしなければなりませんから。

 Q:それは金正恩が訪中した理由でしょ?それは私も分かっています。分からないのは、なぜ慣例を破って、入国と同時に金正恩訪中を中国政府が公開してしまったのかということです。

 A:なかなか答えにくい質問ですから、つい遠まわしに……。では、言いましょう。中国は正にその慣例を破ってでも、一刻も早く金正恩訪中を知らせたかったのです。

 Q:国際社会にですか?

 A:その通りです。国際社会に対して、(朝鮮)半島問題の解決には、絶対に中国を欠かすことはできないということを思い知らせなければなりません。

 Q:なるほど!おもしろい!

 A:半島の非核化と平和構築のプロセスにおいて、中国なしに問題を解決することなどできないんです!できますか?

 Q:それはその通りかもしれませんが、しかしそれが慣例を破って、入国と同時に訪中の事実を公開するという理由にはならないのでは?

 A:なります。今こうして、あなた自身、驚いて私に連絡してきたでしょ?世界中がきっと驚いていることでしょう。それだけ彼の訪中にインパクトが増すということになります。

 Q:なるほど!たしかに!それはその通りですね。私は「なぜ金正恩が帰国する前に訪中の事実を報道したのか」ということにしか興味はありませんでしたから。

 A:ほらね。そこですよ!だから、中国には「一刻も早く国際社会に知らせたい」という気持と「3度目になると新鮮味が薄れるが、慣例を破った報道の仕方をすると、国際社会が一層、関心を強く持つだろう」という思惑の両方があるわけです。

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 つまり、この元中国政府高官の回答は中国は、朝鮮半島における中国の影響力が低下していることを懸念しているということを示唆しているわけだ。彼との付き合いはもう何十年にもなるが、今日まで彼の口から、このような「弱気な中国」の言葉を聞いたことは一度もない。どれだけ中国がいま焦っているかを如実に表している。

 それにしても、金正恩は中国を訪問するだけでなく、12日にもシンガポールを訪問したり、今後はアメリカやロシアを訪問する機会も増えていくだろう。中国とは中朝軍事同盟があるから、こういう特別の配慮を北朝鮮に対してこれまではすることができたが、他の国ではそうはいかない。当たり前のように同時進行で報道するから、金正恩もナマ中継に慣れていかなければならないはずだ。

 元中国政府高官も、そのような回答を準備しておけば良かったのに、突然だったので思わず本心を言ってしまったのだろう。気の毒にも思うが、半島情勢が中国抜きで大きく動き始めたことを内心懸念している中国の本音を垣間見ることができたのは、大きな収穫だった。

◆実際の映像は少しずらして放映

 それでも中央テレビ局CCTVは、実際の映像を少しずらして放映した。

 たとえば夕方のニュースだが、金正恩が儀仗隊の歓迎を受ける様子を放映しただけで、すぐにボリビアのモラレス大統領の歓迎式典に移り、その後長々と習近平とモラレスの対談を流したので、違和感を覚えていた。すると「ただ今、新しいニュースが入りました」とアナウンサーがモラレスの映像を打ち切り、突然、習近平と金正恩の対談の様子に画面が切り替わったのである。

 CCTVは、どんなニュースでも厳しい編集作業を通してからでないと放映しないことで有名だが、金正恩との対談の後に行なったモラレスとの対談は大して問題ではないので先に放映し、それで時間稼ぎをした上で、その前に行われた金正恩との対談の編集作業が終えたので、ようやく放映したという順番になったのであろう。

 北朝鮮でも、かなりの編集時間を割いてからでないと報道しないが、今回はその時間を縮小し、金正恩がまだ中国にいる間に報道した。中国の支持、特に「支援」を得ることができたということを大きくアピールしているところを見ると、こちらは北朝鮮国内での国民の不満や軍部のクーデターを抑えることに焦りを覚えていることが浮かび上がってくる。

◆米中をうまく使い分ける金正恩

 それにしても金正恩の外交能力には驚かされる。

 昨日19日のコラム「トランプの米朝蜜月戦略は対中牽制――金正恩は最強のカード」に書いた「中朝友好の虚構」は揺るぎない事実だ。しかし、それを覆い隠して、中国の支援を求めるために習近平訪朝の前に、中国の専用機借用のお礼を言う形を取って訪中するやり方は、「敵ながらあっぱれ」と言わざるを得ない。

 たしかにトランプは北朝鮮の「非核化」を条件として「体制の保証」はしてくれた。しかし、非核化プロセスが実行されているということが確認できるまでは、制裁の解除はしないし経済支援もないという付帯条件が付いている。このままでは北朝鮮には一円もお金が入らない。

 そこで「段階的非核化が確認されれば、制裁は緩めるべきではないか」と言ってくれている習近平に泣きついた。

 次の米韓合同軍事演習は中止すると米韓は言ってくれたので、この時点で米韓を抑えることはできた。次は経済的支援だ。

 事態が米朝韓の間で進めば、中国は必ずチャイナ・マネーを何らかの理由を付けて出してくれるにちがいない。

 それを取りつけた上で、次はトランプの嫉妬心を刺激すればいい。そして米朝蜜月を演じる。

 米中の間をうまく泳ぎ回る金正恩の姿が浮かび上がってくる。

◆会談内容

 会談内容に関しては、多くのメディアが報道しているので、ここでは詳細には触れない。

 習近平の発言で、美辞麗句の行間に見えてくる気になった発言だけを、いくつかご紹介しよう。

 習近平は金正恩に、「中国は今後も中朝関係を重視し、(北)朝鮮への支援を今後も続けていくことに変わりはない」とした上で、「特に朝鮮の民生の発展を支援したい」と告げた。

 つまり、国連の制裁を回避する形で、人道的支援である「民生」という項目の形を取って、北朝鮮に現状でも経済支援をする意思があることを表明したことになる。

 金正恩にしてみれば、これさえ言ってくれれば、北京詣でをした甲斐があるというもの。欲しいのは、このチャイナ・マネーだ。その証拠に北朝鮮の報道では、中国の支持・支援を得ることができたということをアピールしたと解釈することができる。

 一方、二人の表情に注目していたのだが、金正恩の笑顔は、トランプと会った時のような高揚感はなく、かなりビジネスライクな対応のように見えた。それに比べて習近平の方が、ややへつらうような表情を時折見せたのが印象的だった。

 それもそのはず、習近平は最後に断固たる表情でダメ押しをするかのように「中国は半島問題に関して引き続き重要で積極的な役割を果たしていく」と言ったのである。

 つまり、「朝鮮半島問題解決には、中国は不可欠だ」、それを忘れて平和体制構築に当たって米韓朝「三者協議」などということを考えるなよ、とクギを刺したのであり、「朝鮮半島問題に関して中国が果たしてきた役割を忘れるな」と実質的には迫ったということになる。

 それに対する金正恩の笑顔はなかった。

 軽くうなずきはしたものの、CCTVのカメラは、金正恩の、一瞬左右に動いた目つきを捉えていた。いずれはそこから抜け出す戦略を描いていることを、ふと反射的に思ったのかもしれない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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