全米オープン現地リポ1日目:クルム伊達、元女王相手にセンターコート沸かせる熱闘
'''8月25日に開幕した全米オープン。その初日に登場したクルム伊達にとり今大会は、グランドスラム通算50回の区切りの大会だった。
彼女が初戦で対戦したのは、過去グランドスラム7度の優勝を誇り、「パワーテニスの旗手」と呼ばれるビーナス・ウィリアムズ。
元女王相手にクルム伊達は、ニューヨークのセンターコートでいかなる死闘を演じたのか――?'''
ビーナス・ウィリアムズとクルム伊達の対戦は、今回で実に4度目。しかも過去3度の対戦のうち、2度はフルセットの大熱戦です。両者の脳裏には互いのプレースタイルが焼きつき、頭の中では様々なシミュレーションが繰り返されたことでしょう。しかも2人は今大会の最年長選手と、2番目の年長者。経験や老獪さという意味でも、ツアーの中で頭一つ抜けた存在です。
そのような勝負師どうしの戦いで、先に主導権を握ったのは、クルム伊達。第1セット第2ゲームで0-40と追い込まれますが、3度のデュースの末にここを凌ぐと、次のゲームでは好リターンを連発してブレーク。風が舞うように吹くセンターコートで、7度のグランドスラムタイトルを誇るビーナスは、ボールをネットに掛けては顔をしかめます。クルム伊達の低い弾道のショット、そして早い展開力が、明らかに元女王を苛立たせていました。そうして一度手にした流れを、クルム伊達は手放しません。第1セットは6-2。センターコートで沸き上がった大声援の成分は、地元のビーナスへの後押しと、驚異の43歳に向けられた敬意が半々だったように感じました。
クルム伊達が、全てを支配したように見えた第1セット。しかし当人の皮膚感覚は、周囲の目線とは少々異なっていたようです。
「相手のショットと自分の波長が合わない部分があった。そこまで良いリズムで取りきった第1セットではなかった」
その理由は、ビーナスがあえて緩い球を打ち、ペースダウンしてきたためでした。過去の対戦経験から、早いタイミングでの打ち合いでは、クルム伊達に分があるとビーナスは踏んでいたのでしょう。第2セット以降でその傾向は一層顕著になります。攻撃テニスが身上の元女王が、山なりの緩い球を多用し、クルム伊達に打たせるように仕向けます。このビーナスの戦略に、今度はクルム伊達がリズムを崩しました。第2セットはビーナスが出だしから4ゲーム連取。追い上げるクルム伊達を振り切り第2セットを取ると、第3セットも5-0と一気に走ります。
それでもクルム伊達は、パニックになることも、試合を諦めることもありません。
「一方的な展開になることも想定し、受け入れられる準備はしていた。0-5になっても驚かず、その状況で何ができるかだけを考えていた」
その時の心境を、彼女はそう振り返ります。やや勝ち急ぐ相手の心理を見透かしたように、ミスを減らして、まずは一つブレークバック。その後はネットに出る攻撃テニスで、3-5まで追い上げます。
結果的には次のゲームを奪われ、追い付くには一歩及ばず、三度目の惜敗……。温かい拍手を背に、クルム伊達は足早にコートを後にしました。
この日クルム伊達とビーナスの試合が組まれたのは、約2万4千人を収容するアーサーアッシュスタジアム。このコートにクルム伊達が立ったのは、今回が初めてのことでした。なぜならスタジアムが設立されたのは、クルム伊達が“最初のキャリア”を終えた翌年のことだからです。
「これで、全てのグランドスラムのセンターコートを経験したことになります。いつか、そのことを良い思い出として振り返ることができるかもしれませんね」
柔らかな笑みを浮かべ、試合後にクルム伊達は、そう述懐します。しかし勝負の世界に身を置いている間は、感傷に浸るヒマもないでしょう。今回の経験を思い出として振り返る日は、まだまだ先になるだろう……そう思わせてくれる、大会初日の名勝負でした。
※テニス専門誌『スマッシュ』facebookより転載。
この他にも、奈良くるみ、ダニエル太郎のレポートを掲載。大会期間中は連日レポートを掲載しています