新型コロナが国民に課した義務と制裁
■はじめに
日本では、令和2年1月に新型コロナウイルス感染症(以下、「新型コロナ」)にり患した患者が発見されてから1年になります。その間、いくつかの法改正によって、新型コロナに関する新たな法的義務が作られましたが、全体としてかなり複雑になっていますので、現時点における新型コロナに関する国民の義務という観点からそれらを整理しておきたいと思います。
1.新型コロナに関する国民の義務に関しては次の3本の法律が重要です。
1. 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下、「感染症法」)
2. 新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、「特措法」)
3. 検疫法(検疫法は、海外からの航空機や船舶などの乗員、乗客、動植物によって病原体が国内に侵入することを防ぐことが目的ですので、本稿では対象外とします)。
感染症は、当然のことながらその感染力や致死率などに違いがありますが、既知の感染症についてはある程度対応可能な手段や対応策を類型化して示すことが可能です。ただし、事前に万全のマニュアルを示すことには限界があり、臨機応変な対策を取らざるをえない面がありますので、感染症法は感染症を5類に分類し、新たな感染症については「指定感染症」あるいは「新感染症」のいずれかに組み込んで対応することになっています(末尾の図)。
他方、感染症法には緊急事態に関する規定が存在しないことから、広範囲にわたって実効性ある対応を行う必要がある場合には「特別措置法」を制定して対応することになります。
したがって、感染症法と特措法の関係ですが、感染症法は患者の強制入院や建物などの消毒、交通制限など、いわば局地的な感染源対策を規定し、特措法は、伝染性の強い病原体や未知の感染症に対して、広域的な国家の危機管理としてそのまん延速度を遅らせるための措置を体系化するということになります。
2.政府は、令和2年1月28日に「新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令(政令第11号)」を公布し、今回の新型コロナを「指定感染症」に指定し、これによって新型コロナが感染症法における二類相当以上の感染症と位置づけられました。
- 指定感染症とは、既に知られている感染性の疾病(一類感染症、二類感染症、三類感染症及び新型インフルエンザ等感染症を除く。)であって、感染症法第3章から第7章までの規定の全部又は一部を準用しなければ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあるものです。上記の政令は新型コロナを新たにこれに組み入れるためのものでした。
また、特措法は平成24年に公布された法律であり、新型インフルエンザ等が全国的にまん延した場合を想定して、対策の実施に関する計画、発生時の措置、緊急事態措置などについて特別の規定を設けた法律です(第1条)。そして、令和2年3月13日に一部改正され、新型コロナがこの法律の「新型インフルエンザ」とみなされ、特措法が新型コロナに対しても適用可能となりました。
以下では、(1)感染症法が課す義務と(2)特措法が課す義務に分けて整理したいと思います。
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■新型コロナが国民に課した義務と制裁
1.感染症法による義務
(1) 医師の義務
a. 感染症についての医師の一般的義務(感染症法第5条および第5条の2)
- 医師その他の医療関係者(獣医師、獣医療関係者も同様)は、感染症の予防に関し国及び地方公共団体が講ずる施策に協力し、患者等が置かれている状況を深く認識し、良質かつ適切な医療を行い、適切な説明を行い、患者等の理解を得るよう努めなければなりません。
b. 情報収集協力義務(感染症法第12条1項)
- 医師は、新型コロナの患者を診断したときは、直ちにその者の氏名、年齢性別等その他厚生労働省令で定める事項を最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に届け出なければなりません。新型コロナに感染した死体(およびその疑いのある死体)を検案した場合も同じです(罰則は、50万円以下の罰金)。
- この場合は、その届出の内容等が書面により患者等に通知されることもありますが、その内容は、(a)感染症の名称、(b)患者の症状、(c)診断方法、(d)初診年月日、(e)診断年月日、そして後述の(f)就業制限に関する事項などです。
c .守秘義務(感染症法第73条1項)
- 新型コロナ患者であるかどうかについて、正当な理由なく他に漏らした場合は、(刑法第134条の守秘義務違反の罪よりも重く)1年以下の懲役か100万円以下の罰金に処せられます(感染症法第73条1項)。
(2) 患者の義務
a. 質問および調査協力義務(感染症法第15条6項)
- 知事は、必要があると認めた場合は、新型コロナの患者または感染症を人に感染させるおそれがある動物やその死体の所有者などに質問し、必要な調査を行うことができます(ただし、罰則なし)。
b. 検体の採取および提出義務(感染症法第16条の3第1項)
- 新型コロナ患者等に対し、知事は検体の採取や提出に応じるように勧告することができます。罰則はありませんが、勧告に応じない者については、強制力を用いて検体を採取することができます(感染症法第16条の3第3項)。
c. 健康診断に応じる義務(感染症法第17条1項)
- 知事は、新型コロナ感染症にかかっていると疑われる者等に対し、健康診断を受けることを勧告することができます。従わない場合は、強制的に健康診断を受けさせることが可能です(同条2項)。
d. 就業制限受忍義務(感染症法第18条1項および2項)
- 病原体を保有しなくなるまでの期間、あるいはその症状が消失するまでの期間、就業制限が課せられ、これに従わないときは50万円以下の罰金に処せられます(同法第77条4号)。
e. 入院受忍義務(感染症法第19条1項)
- 知事は、患者に対して感染症指定医療機関への入院を勧告でき、この勧告に従わない場合は強制的に入院させることができます(同条3項)。入院は原則72時間ですが、必要に応じて10日ごとに延長が可能です(同法第20条)。ただし、治療費などは免除されます(同法第37条)。
f. 汚染場所消毒義務(感染症法第27条1項)
- 患者に対しては、病原体に汚染された場所等の消毒が命ぜられることがあり、違反した場合には50万円以下の罰金に処せられます(感染症法第77条5号)。
g. 汚染物件の消毒および廃棄義務(感染症法第29条1項)
- 知事は、病原体に汚染された飲食物等の物件について、その「所持者」である患者やその関係者等に対して、消毒や廃棄等の措置を命ずることができ、所持者が違反した場合には50万円以下の罰金に処せられます(感染症法第77条5号)。
(3) 一般国民の義務
a. 感染症に対する国民の一般的義務
- 国民は、感染症に関する正しい知識を持ち、その予防に必要な注意を払うよう努めるとともに、感染症患者等に対し、誹謗中傷、差別等による人権侵害を起こさないように配慮する義務があります(感染症法第4条)。
b. 死体を移動させてはならない義務(感染症法第30条1項)
- 知事は、新型コロナ感染症で死亡した疑いのある死体については、患者の遺族等は勝手に移動させないよう制限することができます。その死体は原則として24時間以内に火葬しなければなりません。これらに違反した場合は、50万円以下の罰金に処せられます(同法第77条5号)。
c. 建物への立ち入り制限受忍義務(感染症法第32条1項)
- 知事は、新型コロナ感染症に汚染された建物等への立入りを制限することができます。
d. 交通の制限や遮断の受忍義務(感染症法第33条1項)
- 知事は、新型コロナ感染症のまん延を防止するため緊急の必要があると認める場合であって、消毒が難しいときは、72時間以内、当該感染症の患者がいる場所その他当該感染症の病原体に汚染され、または汚染された疑いがある場所の交通を制限し、遮断することができます。
e. 都道府県による質問や調査の受忍義務(感染症法第35条1項)
- 知事は、新型コロナ感染症の患者がいた場所等への立入りや、その場所の管理者等に対して質問や調査をすることができ、管理者等はそれに応じて回答をするなどの受忍義務があります。違反した場合は、50万円以下の罰金に処せられます(感染症法第77条7号)。
2. 特措法による義務(緊急事態宣言)
(1) 特措法とは
- この法律は、(1)新型コロナ感染症対策の実施に関する行動計画、(2)新型コロナ感染症が発生した時の措置、(3)新型コロナ感染症緊急事態措置(宣言)、(4)財政上の措置の4つの要素からなっています。国民の義務という観点からは、とくに緊急事態宣言が重要な意味をもっています。
- 政府に総理大臣を長とする対策本部が設置された場合(第15条)は、直ちに知事を長とする都道府県対策本部が設置され(第22条)、中央と地方が緊密に連携して対策に当たります。
(2) 緊急事態宣言とは
- 政府の対策本部長(総理大臣)は、疾病が全国的に急速にまん延し、国民生活および国民経済に重大な影響を及ぼすおそれがある緊急事態が発生したと認めるときは、「緊急事態宣言」を行うことができます(特措法第32条1項)。期間は2年以内で、1年に限り延長可能です(同条2および4項)。
- 対象区域についての明文規定はありませんが、都道府県が単位と解され、都道府県ごとに要否が判断されます。
- 緊急事態宣言が発出されると、都道府県知事は、住民の外出自粛や、休校や休業、イベントの開催制限などを要請、指示することができるようになります。指示になると法的な義務が生じますが罰則はありません。
- なお、緊急事態宣言とロックダウン(都市封鎖)は異なります。ロックダウンとは、(明確な定義はありませんが)欧米で行われたように、一定期間、都市の封鎖や強制的な外出禁止、店舗の閉鎖を命じる(法的制裁を背景にした)強硬措置のことです。緊急事態宣言に欧米のような法的制裁を背景にした強制力を求める意見もありますが、日本人の特性(国民性)を考えると、このような非常事態では自発的に協力に向かう心理的な効果が働くことは事実だと思います。
- 〈論点〉宣言の発令や解除について知事は関与できませんので、それをできるようにするかどうか。
(3) 緊急事態宣言下での義務ーまん延防止措置ー
- 知事は、不要不急の外出自粛といった感染防止の協力要請を行うことが可能です(特措法第45条1項)。ただ、これは法的強制力のない行政指導であって、従わない場合の罰則はありません。
- 〈論点〉これを罰則付きの強力な義務にするかどうか。罰則を設けるとしても、どのような種類の、どのような程度のものとすべきか。
- また、百貨店や映画館など、催し物の開催制限・停止等(自粛・休業)を要請(同条2項)することができ、これに従わない場合にはさらに指示を行います(同条3項)。従わない場合には、要請(指示)の対象施設名、所在地、要請(指示)の内容、要請(指示)の理由を公表することになります。ただし、これには懲罰的な性格はなく、通常の行政指導の一環であって、あくまでも市民に対する情報提供という位置づけであり、社会的混乱に対処するための措置とされていますが、事実上の影響力は罰則以上に大きなものがあります。
- 〈論点〉立入り検査を可能とし、さらに罰則付きの強力な受忍義務とするかどうか。かりに罰則を設けるとしても、どのような内容で、どのような程度のものとすべきか。
- 他方、(1)医療品やマスク、食料品などの売り渡しを業者に要請することができ(特措法第55条1項)、(2)これに従わない場合には収用(取り上げること)ができ(同条2項)、(3)業者らにそれらの保管を命じることができます(同条3項)。違反した場合には、6ヶ月以下の懲役か30万円以下の罰金が科されます(特措法第76条)。
- さらに、(4)土地や建物の所有者の同意がなくても、病院の外にテントやプレハブなどの「臨時の医療施設」を作ることができます(特措法第49条)。
- これらの措置の実効性を担保するために、立入検査も可能です(特措法第72条1項、2項)。この立入検査を拒否した場合は、30万円以下の罰金に処せられます(特措法第77条)。
(4) 緊急事態宣言期間外における一般的義務
a. 休校要請(特措法第36条6項)
- 市町村対策本部長は、当該市町村の教育委員会に対して学校の休校要請を行うことができます。教育委員会は従う義務はありませんが、事実上命令的であり、当然のことながら児童や生徒に対する行動要請の性格をもっています。
b. 外出自粛や休業要請(特措法第24条9項)
- 緊急事態宣言が出されていない状況下でも、知事は飲食店や学習塾の営業の停止・延期を要請したり、外出自粛や施設の使用制限などの協力を要請することができます。個人に対する個別的な要請も可能だと解されます。
- この場合は、上記の緊急事態宣言下での「外出・休業要請」(第45条)と異なり、施設名や所在地等の公表はありません。
- 〈論点〉これは一般的な要請だとされていますが、実効性を高めるために、氏名等の公表もできるようにすべきかどうか。
■コメント
1. 緊急事態宣言下であっても、外出自粛は「要請」である。
基本的に日本の場合は欧米に比べて緩やかな規制にとどまっています(感染症法第22条の2、特措法第5条)。特措法では交通機関が止められることはなく、企業活動一般も制限されることはありません。また、イベントの自粛や施設などの使用制限も基本的には要請であって、違反があっても処罰されることはありません。論点としては、これらについても何らかの制裁を予定すべきではないのかという点が議論されています。
制裁といっても、罰金・科料などの刑罰に限らず、行政罰である過料、交通違反のような反則金、免許剥奪や営業停止などの行政処分、氏名などの公表といったように段階がありますので、どれが妥当かについて、制裁によって得られる公的な利益と制裁が加えられる個人や団体などの不利益を比較検討する慎重な議論を行う必要があります。
2. 特措法第24条9項の自粛要請と第45条1項および2項の自粛要請の関係、緊急事態宣言と制裁
上記のように、外出の自粛および営業等の自粛については、緊急事態宣言下にない場合であっても可能です(特措法第24条9項)。すると、緊急事態宣言下における外出の自粛や営業等の自粛(第45条1項および2項)との関係はどうなるのかということが問題になります。
都道府県対策本部長である知事は、緊急事態宣言が発出されていなくとも、特措法第24条9項を根拠に都道府県内の住民に対して自粛要請および時短や休業などの営業自粛を要請できます。これは制裁をともなわない要請(お願い)です。
そして、政府によって緊急事態宣言が発出された場合には、緊急事態宣言実施区域の都道府県知事は、さらに特措法第45条1項の外出自粛および同条2項の営業等の自粛を要請できることになります。外出自粛要請には制裁はありませんが、営業自粛要請の場合は、施設名や所在地の公表がなされます。要請や指示を行った事実は(行政の濫用を牽制する意味で)公表されます(第45条4項)が、具体的な施設名や所在地などを懲罰的に公表することが認められるわけではなく、公表はあくまでも行政指導の一環として行われるにすぎません。
たとえば、知事がまず第24条9項にもとづいて、「酒類を提供する飲食店」に対する営業自粛を行ったところ、さらに通常どおり営業を続けている「居酒屋A」があった場合は、その経営者に対して第45条2項に基づいた営業自粛を要請し、さらに第45条3項に基づく営業自粛の指示を行うということになります。これらに従わない場合に、施設名や所在などが公表されるという仕組みです。
営業等の自粛についてはこのようになっているのですが、外出の自粛については、緊急事態宣言の発出に関係なく、知事は住民に要請するだけで宣言の前後では変わりはありません。
最後に、不安からデマやフェイクニュースなどに振り回され、反射的に拡散したり、また過剰な同調圧力が働いたりすることがありますので、何よりも国による正確な情報提供こそが必要だと思います。(了)
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