罹災証明書の申請に写真や見積書は要らない―自治体窓口の運用改善と脱・申請主義へ
災害後に一歩を踏み出すための最初の希望である「罹災証明書」。少なくない自治体でその申請手続の運用を誤り、法の趣旨に添わないマニュアルを準備していることがわかりました。いまのうちに運用の是正をしておかなければ、将来の災害で更なる混乱を呼びかねません。
罹災証明書(り災証明書)とは何か?
罹災証明書(りさいしょうめいしょ)とは、災害による住宅等の被害の程度を証明する書面です。災害後に被災した住民から申請があった場合、市区町村は、遅滞なく住宅被害等を調査して、罹災証明書を発行する義務があります(災害対策基本法90条の2)。罹災証明書があれば、住宅被害の程度が一目瞭然となり、様々な被災者支援の際の基準として便利に活用できます。義援金、公共料金の減免、公的な支援金、住宅の修理、授業料減免などの手続きにも、この罹災証明書の添付が求められることがほとんどです。ですから、災害にあったときには、まずこの罹災証明書のことを思い浮かべ、自治体の窓口対応を注視してください。それが、被災後に一歩を踏み出す原動力となるかもしれないのです。
ちなみに、現在の住家被害認定は、全壊(損壊割合50%以上)、大規模半壊(同40%以上)、中規模半壊(同30%以上)、半壊(同20%以上)、準半壊(同10%以上)、一部損壊(同10%未満)に区分されてます。
相次ぐ豪雨災害の被災自治体で
今年も風水害が相次いでいます。山口県や福岡県を中心とした6月から7月にかけての梅雨前線による大雨、秋田県を中心とした7月の梅雨前線による大雨、沖縄で猛威をふるった台風第6号、福島県・茨城県・千葉県を中心に被害をもたらした台風第13号…。そのほか各地で被害が尽きません。これにともなって、被災地自治体では、罹災証明書の申請と住家被害認定が順次進められてきました。
ところが、被災者が罹災証明書を申請する際に、住家被害の写真や修繕の見積書を必要書類として添付することを要求したり、自治会長による証明書の添付を要求したりする自治体が、相当数存在することがわかりました。ほかにもウェブサイトを検索すると、罹災証明書の申請に、写真が必須書類であるようにしか読めないような罹災証明書交付要綱を公表している自治体も相当数見つかっています。
罹災証明書の申請に写真や見積書は必要ない
罹災証明書制度を定めている災害対策基本法は、被災者の申請を受けた自治体側に、被害調査と証明書の発行を義務付けています(災害対策基本法90条の2第1項)。被災者側に住家被害を証明させるべく被害写真を添付させることは、本末転倒と言わざるを得ません。逆に、写真添付を必須とすれば、危険箇所への立ち入りを被災者が余儀なくされることになりかねません。
罹災証明書の申請に写真などの添付書類が不要なことは、国の作成したマニュアルからも明らかです。内閣府が令和2年7月豪雨のときに発出した事務連絡「令和2年7月豪雨における住家の被害認定調査業務の効率化・迅速化に係る留意事項について」には、次の記載があります。
同様の記述は、内閣府が作成した最新の「災害に係る住家被害認定業務実施体制の手引き」にもあります。
なぜ住宅の被害状況の撮影が呼びかけられているのか
確かに国は、住家の被害状況の写真撮影を呼びかけています。そのためのパンフレットも作られています。しかし、その意図は、被害住宅を取り壊してしまってから起きるかもしれない被害認定を巡るトラブルを予防することや、写真があることで幾分か被害認定がスムーズになる場合もあることを意図してのことです。罹災証明書の申請段階で添付するためではありません。当然ながら、身の危険を冒してまで無理に住宅の被害状況を撮影することは、絶対にしてはいけません。
自治体はいまのうちに罹災証明書に関する手続の総点検を
事態を重く見た日本弁護士連合会災害復興支援委員会は、2023年9月15日付で、「罹災証明書交付申請において、被害住家の写真の提出を求める等の取扱いの是正を求める意見書」を公表しました。自己判定方式ではない場合の罹災証明書の交付申請では写真の添付を必要としない運用を行うべきこと、そのことを国や都道府県が改めて市区町村へ周知して運用の是正を勧告すること等を求めるものです。実際に被災地の現場で、罹災証明書申請に際して被災者の負担が増しているという声を聴いてきた広島弁護士会の友清一郎弁護士は、
と述べています。また、いまのうちに全国的な調査を行って、ひとつひとつ丁寧に自治体の罹災証明書の申請書式、罹災証明書交付要綱、各自治体の運用マニュアル等を是正しておかないと、将来の災害でまた同じような混乱を引き起こし、申請にかかわる自治体職員や被災者の負担を増加させ疲弊させてしまうことが懸念されます。
さらに進めて脱・申請主義へ
現在の運用では、罹災証明書を入手するには、被災者が自治体窓口に交付を申請しなければなりません。多くの行政手続がそうであるように、罹災証明書も申請主義によって運用されています。ところが災害対策基本法は、罹災証明書を自治体側の裁量で(職権で)自発的に発行することを禁止しているわけではありません。たとえば、大規模な浸水被害・土砂災害などで、一帯が明らかに全壊住宅ばかりとなれば、申請を待たずとも罹災証明書を発行して被災者の避難先へ届けるなど、行政側が職権でアウトリーチ支援をする余地はあるのです。ただでさえ困難な状況に陥っている被災者の負担を軽減するためにも、申請主義にとらわれない自治体の積極的な対応が必要です。2023年8月8日の国会(衆議院災害対策特別委員会)では、内閣府政策統括官が「罹災証明書を申請によらず交付することを禁ずる法律上の規定はないというふうに認識しております」と明確に答弁していることも注目したいところです。
(参考資料)
日本弁護士連合会「罹災証明書交付申請において、被害住家の写真の提出を求める等の取扱いの是正を求める意見書」(2023年9月15日)
内閣府事務連絡「令和2年7月豪雨における住家の被害認定調査業務の効率化・迅速化に係る留意事項について」(2020年7月8日)
NHK「水害から命を守る 被災に備える豆知識(1)り災証明書」
岡本正『被災したあなたを助けるお金とくらしの話 増補版』(弘文堂)
岡本正『災害復興法学Ⅲ』(慶應義塾大学出版会)