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500人のオーディションを勝ち抜いて話題作の主演を獲得した28歳ニューフェイスの凄さ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ハンガー・ゲーム0」の主演に抜擢されたトム・ブライス(写真:REX/アフロ)

「ハンガー・ゲーム0」が、北米公開から1ヶ月経つ今もヒットを続けている。デビューから2週連続で首位を獲得した今作の現在までの北米興収は、1億5,000万ドル。全世界では3億1,500万ドルを売り上げている。北米で初週末に観客の感想を調査したPostTrakの結果は5つ星満点の4つ星半で、満足度はかなり高いようだ。

 ジェニファー・ローレンスが主演した「ハンガー・ゲーム」シリーズの64年前を舞台にした前日譚。主人公コリオレーナス・スノーは、オリジナルの映画でドナルド・サザーランドが演じたスノー大統領と同一人物。この役に無名の俳優を求めていたフランシス・ローレンス監督は、大勢の若手俳優をオーディションに呼んだ。その中のひとりが、トム・ブライスだ。

「僕が会っただけでも、100人以上。キャスティング・ディレクターは、500人は見たのではないかと思う。トムは、後のほうになってオーディションに現れた。原作でコリオレーナスはブロンドと書かれているが、彼はもとのままの黒髪でやってきたよ。そして、すばらしい演技で僕らを驚かせてくれたんだ。大きな青い目、顔の作りはドナルド・サザーランドの若い頃と言っても不自然ではないと思ったし、知性、洗練を感じさせる。それまで僕は彼の名前も知らず、出演作も見ていなかっただけに、本当に素敵なサプライズだった」と、ローレンス監督は振り返る。

 ブライスはイギリス生まれの28歳。ニューヨークの名門ジュリアード音楽院で演技を学び、2020年に卒業した後、HBOのドラマ「ギルテッド・エイジ-ニューヨーク黄金時代-」やMGM+のシリーズ「Billy the Kid(原題)」に出演。「Billy the Kid」では主演を務めたが、劇場用映画で主役を演じるのは、これが初めてだ。しかも、ブライスは以前から「ハンガー・ゲーム」シリーズのファンで、映画が公開されると毎回すぐに劇場に駆けつけていたのである。「まさに夢のようだった」と、ブライス。

「オリジナルの映画を見た時、僕はまだティーンエイジャーだったけれど、ドナルド・サザーランドの演技には強く魅了されたものだ。彼が演じるスノー大統領は、ミステリアスで、独特の雰囲気を醸し出していた。でも、この役に挑むにあたっては、あえて彼の演技を忘れるようにしたよ。これは64年前が舞台なのに、すぐにあそこに到達してしまったら、わざわざ映画にする意味がない。ローレンス監督も、コリオレーナスは観客に愛されるキャラクターでなければいけないと言っていたしね。この映画の彼には、この後どんな人間になっていくのか、いろんな可能性がある。だけど、彼のモラルは微妙に変化していき、最後にはあの人物に少し近づいたと感じさせるんだ」(ブライス)。

映画の中のブライスは髪の色も髪型も変え、雰囲気がかなり違う
映画の中のブライスは髪の色も髪型も変え、雰囲気がかなり違う

 そんなコリオレーナスの心をつかむのが、ハンガー・ゲームに出場させられることになったルーシー・グレイだ。ローレンス監督は、歌唱力を要求されるこの役に、「ウエスト・サイド・ストーリー」のレイチェル・ゼグラーを最初から希望していた。だが、「ウエスト・サイド・ストーリー」で大ブレイクを果たしたばかりで次をじっくり選びたかったのか、ゼグラーはこのオファーにすぐ飛びつかなかった。ゼグラーが迷っている間、先に決まっていたブライスは、ほかの女優たちのオーディションに付き合ったのだが、そこでも彼は監督とプロデューサーを感心させている。

「同じシーンでも、相手が誰かによってトムの演技は変わるのよ。『僕はこのシーンをこうやるんだ、せりふももう完璧にマスターしている、それをやってみせる』と決まったことをやる若い俳優は多いけれど、トムはシーンの相手に耳を傾けて、柔軟に対応するの。そこがすごい。レイチェルがついにイエスと言ってくれて、トムとの相性をテストした時も、トムはまたレイチェルを相手に、それまでの女優に対してやったのとは違う演技をやってみせてくれた。そして、ふたりの間には、とても自然な相性があったの」と、プロデューサーのニーナ・ジェイコブソンは語る。

コリオレーナス(ブライス)は、ハンガー・ゲームの出場者で美しい声を持つルーシー・グレイ(ゼグラー)に惹かれていく
コリオレーナス(ブライス)は、ハンガー・ゲームの出場者で美しい声を持つルーシー・グレイ(ゼグラー)に惹かれていく

 そんなブライスがこの映画でスターの仲間入りをすることは必至だ。だが、ローレンス監督も、ジェイコブソンも、それが悪い影響を与えることになるとは心配してはいない。

「ジェニファー・ローレンスは、『ハンガー・ゲーム』のカットニスそのままのルックスだった。でも、トムは髪の色や髪型からしてコリオレーナスとは違う。だから、この後も普通の日常生活を送ることはできると思うわ。それに、最初の『ハンガー・ゲーム』に出た時、ジェニファーは21歳だったけれど、トムはもう28歳。もっと自分自身を知っているはず。そういう意味で、彼はラッキーなの。もともと地に足がついた人だし、この映画がもたらすことを、彼は素直に楽しむでしょう。そうであることを願うわ」(ジェイコブソン)。

 この期待の新星は、次の作品でどんな顔を見せてくれるのだろうか。

場面写真/(c) 2023 Lions Gate Films Inc. All Rights Reserved.

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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