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野田元首相の安倍氏追悼演説、なぜ共感呼んだのか? ポイントは「言い回し」と「距離感」

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:つのだよしお/アフロ)

 立憲民主党の衆議院議員である野田佳彦元首相(以下、野田氏)が10月25日、衆院本会議の議場で安倍晋三元首相(以下、安倍氏)の追悼演説を行いました。国葬での菅義偉元首相の弔辞も賛辞が寄せられましたが、菅氏は友人代表であり、長年一緒に政権を担った人ですから温かく心がこもるのはある意味当然と感じていました。一方、今回の野田氏は選挙敗北後に政権を引き渡した政敵の立場。温かさだけではなく、羨望、悔しさ、無念さ、と感情がより複雑でした。功績礼賛といった一面ではなく、「光と影」「あなたは何者か、問い続けたい」と両面、かつ未来志向であったことが格調を高め、安倍氏と距離のある人にも共感される内容になったように感じます。また、原稿読みつつも抑揚があるため読んでいるようには聞こえず、声もよく通っていました。しかし、残念だったのはマスク。歴史に残る演説はマスクなしでやっていただきたかった。

共感せずにいられない言い回し「何者」「問い」「光と影」

 野田氏の言い回しでもっとも舌を巻いたのは、この3つの言葉

「安倍晋三とはいったい、何者であったのか」

「問い続けなければならない」

「あなたが放った強烈な光も、その先に伸びた影も」

 追悼ではネガティブな言葉を避ける必要があります。しかし、「影」とは旧統一教会によって家庭崩壊した方々のことも配慮した言葉のように思えます。ネガティブな印象を与えてしまう「闇」ではなく「影」という言葉選びも絶妙です。「何者」「問い」も冷静、中立、客観性があります。実によく考え抜かれた表現だと思います。距離があればこそ思いついた言葉なのかもしれません。この言葉に至るまで相当苦悶したのではないでしょうか。

3つの主要な対象者へのメッセージで構成

 全体を振り返ると、追悼演説は、3つの主要な対象者へのメッセージで構成されていたように見えます。昭恵夫人には寄り添いの言葉、若者へは安倍氏の失敗を恐れない生きざまを語り、二人の真剣勝負を振り返ることで政治家としてあるべき姿を議員達に呼びかけていたからです。

冒頭は無念と憤りでした。

「政治家としてやり残した仕事。次の世代へと伝えたかったおもい。そして、いつか引退後に昭恵夫人と共に過ごすはずだった穏やかな日々。すべては一瞬にして奪われました。・・・マイクを握り日本の未来について前を向いて訴えている時に、後ろから襲われた無念さはいかばかりであったか。改めて、この暴挙に対して激しい憤りを禁じ得ません。」

 ご遺族と言わず、「昭恵夫人」といった名前を出されれば遺族への寄り添いの気持ちは深まります。「昭恵夫人」はもう一度登場します。安倍氏が持病を悪化させ、第一次安倍内閣が1年で退陣した際、「最愛の昭恵夫人に支えられて体調の回復に努め、思いを寄せる雨天の友たちや地元の皆様の温かいご支援にも助けられながら・・・」。「最愛の昭恵夫人」といった表現は遺族である昭恵夫人を慰める温かさがあります。

 安倍氏の生きざまを語った部分は、若い人たちへのメッセージとなっていました。そこには引き継いでほしいといった気持ちが込められているようです。

「反省点を日々ノートに書きとめ、捲土重来を期します。挫折から学ぶ力とどん底からはい上がっていく執念で、あなたは、人間として、政治家として、より大きく成長を遂げていくのであります。・・・たとえ失敗しても何度でもやり直せる社会を提唱したあなたは、その言葉を自ら実践してみせました。ここに、あなたの政治家としての真骨頂があったのではないでしょうか。・・・若い人たちに伝えたいことがいっぱいあったはずです。その機会が奪われたことは誠に残念でなりません。」

 安倍氏の政治家としての歩みを振り返る言葉には、羨望、悔しさを隠さず表現していました。野田氏は2011年9月から2012年まで当時政権を握っていた民主党党首として第95代内閣総理大臣を務め、その座を安倍氏に明け渡しました。

「私は、議員定数と議員歳費の削減を条件に、衆院の解散期日を明言しました。あなたの少し驚いたような表情。その後の丁々発止。それら一瞬一瞬を決して忘れることができません。それは、与党と野党第1党の党首同士が、互いの持てるすべてをかけた、火花散らす真剣勝負であったからです。」

 このやり取りは歴史に残る名場面でもありました。野田氏は正々堂々と戦って安倍氏に敗北したのです。

「再びこの議場で、あなたと、言葉と言葉、魂と魂をぶつけ合い、火花散るような真剣勝負を戦いたかった。勝ちっ放しはないでしょう、安倍さん。」

 野田氏の哀しみが最高潮に達した瞬間です。この言葉には野党も共感せずにはいられない無念さに溢れています。

最後は議員各位へのメッセージです。

「政治家の握るマイクには、人々の暮らしや命がかかっています。暴力にひるまず、臆さず、街頭に立つ勇気を持ち続けようではありませんか。真摯な言葉で、建設的な議論を尽くし、民主主義をより健全で強靱なものへと育てあげていこうではありませんか。」

 「真摯」「建設的」「健全」は、議員らに届いたでしょうか。拍手だけで終わらず、実行していただきたい。建設的な真剣勝負の議論はいくらあってもいいのですから。

関連動画解説

この座談会で菅元首相の弔辞を取り上げる相談をしたときには、「やりましょう」とならず。一方、野田元首相の追悼は一致して取り上げましょう、となったことからしても、距離感に関係なく共感を得られたのだと感じました。

参考

野田佳彦元首相による安倍晋三元首相の追悼演説

全文(日経新聞)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA251X80V21C22A0000000/

動画(立憲民主党チャンネル)

https://www.youtube.com/watch?v=ArXojkN2iKc

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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