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なでしこジャパンに敗れた北朝鮮代表は帰国後にどうなる?「負けたら懲罰」があり得ないワケ

金明昱スポーツライター
パリ五輪出場を逃した北朝鮮代表。次もなでしこジャパンの前に立ちはだかる日が来る(写真:ロイター/アフロ)

 なでしこジャパンに敗れ、パリ五輪出場権を逃した朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)代表。サウジアラビア・ジッダでの第1戦は0-0、国立競技場での第2戦は1-2で敗れ、29日には帰国の途についた。

 経由地の北京では日本メディアが北朝鮮のリ・ユイル監督や選手たちの姿をとらえていたが、平壌到着後はそれぞれがまた所属チームに戻ってのサッカー生活が始まる。

 では、帰国後、北朝鮮代表の選手たちはどうなるのか――。日本のネット上には「負けたら懲罰が待っている」という噂が飛び交っているのだが、結論から言えば、これは“都市伝説”である。

南アフリカW杯で大敗の監督が“強制労働”も誤報

 男子も女子も北朝鮮代表は毎回、来日から試合後に必ず「敗戦したら強制労働が待っている」などと日本では一部のメディアが騒ぐ。過去にもこのケースで何度も北朝鮮サッカー協会の関係者に話を聞いて確認を取ったことがあるが、毎回、鼻で笑われる。失笑するほどにくだらない話題というわけだ。

 思い出すのは2010年の南アフリカW杯に44年ぶりに北朝鮮代表が出場した時のこと。当時、代表指揮官はキム・ジョンフン監督だったのだが、グループリーグでブラジル、ポルトガル、コートジボワールの“死の組”に入り、3戦全敗。特に2戦目のクリスティアーノ・ロナウド率いるポルトガルに0-7の歴史的大敗を喫して「帰国後に強制労働させられている」と報じた英タブロイド紙「サン」発のニュースを韓国メディアが引用して、大々的に報じ大騒ぎだった。

 当時、韓国の記者からこの件で何度も連絡が来ていたため、その確認のために現地スタッフとして帯同していた人物に直接問い合わせた。すると「一体、どこからそんな話が湧いて出るのか。そもそもキム・ジョンフン監督は44年ぶりにW杯出場を決めたことだけでも国内で高く評価されているし、帰国後も現地でサッカー指導を続けている」と話していた。

 これを韓国記者に伝えるとこの騒動は一件落着となったわけだが、あまりの騒ぎにFIFA(国際サッカー連盟)が北朝鮮サッカー協会に正式に回答を求めるという異常な事態にまで発展したのを記憶している。実際に“強制労働”している監督や選手は誰一人としていなかったわけだが、こうした話が毎回、日本では“おもしろおかしく”話題になるのが不思議なくらいだ。

3~4年後がもっとも脂の乗ったチームになる?

 そもそも、今回、来日した北朝鮮の女子選手たちは、昨年10月の杭州アジア大会の決勝戦で日本と対戦した時のメンバーとほぼ顔ぶれは同じ。平均年齢は21.8歳と若く、惜しくも今回は五輪出場を逃したものの、むしろ2次予選では“死の組”と韓国や中国を退けて、最終予選までこぎつけた実力は高く評価されてもいいだろう。

 むしろもう一つの山でパリ五輪出場を決めたオーストラリアよりも、北朝鮮代表のほうが強いのではないかとも思ったが、そこは組み合わせで仕方のない部分ではある。

 現役を引退した元なでしこジャパンFWの岩渕真奈さんがパリ五輪最終予選のNHK中継で解説を担当していたが、北朝鮮の平均年齢のあまりの若さに「びっくりです」と驚いていたほど。なでしこジャパンの平均年齢は24.8歳と若いのだが、北朝鮮はそれよりも下。そう考えると数年後にはさらに脂の乗った年齢となり、これからも重要な大会でなでしこジャパンの大きな壁となるというのが自然だろう。

リ・ユイル監督所属クラブの選手の多くが代表入り

 今回、北朝鮮代表指揮官のリ・ユイル監督が涙を流す会見が話題になっていたが、彼もまた39歳と若き指導者。欧州でプレーする選手を輩出した平壌国際サッカー学校で長らくコーチを務めたのち、22年から朝鮮女子1部リーグ「ネゴヒャン女子蹴球団」の監督に就任。同クラブをリーグ優勝に導き、国内スポーツ種目における10大最優秀監督にも選ばれるなど手腕が高く評価されて、代表の指揮官にも抜てきされた。ちなみに1966年イングランドW杯でアジア勢初のベスト8入りした北朝鮮代表チームのGKリ・チャンミョン氏の息子でもある。

 そんなリ・ユイル監督は、強い代表チームを作りあげる上でも選手の選出にも大きく関わっていると思われる。パリ五輪予選を戦った22人の代表メンバーのうち、自身が監督を務める「ネゴヒャン女子蹴球団」の選手を8人も選出。その他は国内強豪クラブの「4.25体育団」所属も8人、「鴨緑江体育団」所属が3人、「平壌体育団」2人、「小白水体育団」が1人となっていた。

 つまり、自分がよく知る選手を代表にも置きたい気持ちの表れでもあるが、実際に優れた選手がそろう。その中でも昨年のアジア大会で12ゴールを決めて得点王にもなったFWキム・キョンヨン(22歳、代表では17番)も「ネゴヒャン女子蹴球団」所属で、リ・ユイル監督が信頼を置く選手の一人だ。

国内組だけでも戦える力を証明

 いま大きく若返りを図っている女子北朝鮮代表は、コロナ禍で国際大会から遠ざかっていたが、国内メンバーだけでこれだけ戦えることを証明した。今回はパリ五輪出場こそ逃したものの、目先の結果だけにとらわれていないだろうし、いつまでも敗戦を引きずっている暇はない。

 北京の空港で帰国の途につくリ・ユイル監督は、取材に来た日本のメディアに対し「もう終わったことですから」と話していたが、また新たな戦いに向けてチーム力を上げていく気持ちでいるだろう。

 北朝鮮の選手たちもなでしこジャパンの選手たちと同じく、国内でまた新たなシーズンが始まり、代表チームに選ばれるための戦いが続く。何度も強調するが“懲罰を受ける”という噂話はそもそもおかしな話である。

 次のサッカー女子ワールドカップ(W杯)は2027年に控えており、開催国は5月に決定する。さらに2028年はロサンゼルス五輪も待ち受けている。北朝鮮代表はさらに力をつけ、次こそなでしこジャパンへの雪辱を誓っているに違いない。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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