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徴兵制は人権思想・民主主義が生み出した

田上嘉一弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)
(写真:ロイター/アフロ)

欧州で続々復活する徴兵制

 フランスが徴兵制を復活させるという報道がありました。

徴兵制復活へ 仏大統領表明 18~21歳の男女対象

 フランスは2002年に徴兵制を廃止していますが、移民の相次ぐテロの脅威に備えるためなどとして18歳から21歳の男女に対し、1か月間の兵役という形で導入を目指すということです。マクロン大統領は、大統領選の際にすでに公約として兵役義務の復活を掲げていたんですね。

 一方でスウェーデンも、2010年に徴兵制を廃止していたのですが、バルト海で活動を活発化するロシアの脅威に対抗するため、昨年徴兵制を復活させています。

スウェーデン徴兵制復活 ロシアの脅威に対応、女性も対象

「リベラル=平和主義」なのに徴兵制?

 国民戦線のルペンを破って大統領に就任したマクロンは、極右化が進むヨーロッパにおける極右化の流れを断ち切ったとして、日本ではリベラルの拠り所として賞賛されていました。同じように、スウェーデンは社会保障の手厚いことで知られる北欧の国として、リベラルの模範的な国家という印象を持っている人が多いでしょう。

 なぜ人権意識やリベラル思想の先進国であるはずのこれらの国で、真っ向から対立する(ように思われる)徴兵制が復活するというようなことが起きているのか、戸惑っている人もいるかと思われます。

 どうしても日本では、これまでの経緯として、進歩派、リベラル派、左翼といわれる人たちが、平和憲法を護ろうと主張していることから、「リベラル=ハト派」という印象がありますが、それはあくまで日本における話であって、国が違えば事情が異なるのは当然です。

 政治思想における「右翼・左翼」や、「保守・リベラル」とは、あくまで人権や自由、平等といった理念を推し進めていくか、歴史の叡智によってそれらに歯止めをかけるかというものであって、本来的にはそれ以上の意味はありません。したがって、「左翼思想=平和主義」ということもありませんし、「右翼思想=軍国主義」ということでもありません。左翼的な軍国主義もあれば、右翼的な平和主義も十分にありえるわけです。したがってリベラルの旗手であるマクロンや、福祉国家であるスウェーデンが、徴兵制の復活を唱えることはまったくおかしなことではないのです。

 他方で、我々はこれまで学校で、日本国憲法の三原則を強調して教えられているため、「民主主義」というとそれ自体が平和主義であるかのように勘違いしてしまいますが、これも大きな間違いです。民主主義(正しくは「民主制」)はあくまで政治体制のことを意味するのであって、民主主義=平和主義ということでもありませんし、むしろ近代の大戦争は民主主義の発展に伴って発生したといえるのです。

国民国家で生まれた徴兵制

 民主主義の元祖ともいえる思想家、ルソーは『社会契約論』のなかでこう述べています。

「すべての人は必要とあれば、祖国のために戦わなければならない。」

「そして統治者が市民に向って『お前の死ぬことが国家に役立つのだ』というとき、市民は死なねばならぬ。なぜなら、この条件によってのみ彼は今日まで安全に生きて来たのであり、また彼の生命はたんに自然の恵みだけはもはやなく、国家からの条件つきの贈物なのだから。」

(ルソー(桑原武夫・前川貞次郎訳)『社会契約論』(岩波文庫)より引用)

 市民革命を経て国民主権による国民国家となる前の欧州各国の多くは絶対王政によって支配されていました。絶対王政下における軍隊とは、王族や貴族といった支配者階級、そして金で雇われた傭兵たちによって主に構成されていたわけです。これらは、あくまで国王のための軍隊であって、国民のための軍隊ではなく、一般の労働者や農民とは隔絶された存在でした。

 ルソーが社会契約論の中で展開した、祖国防衛という神聖な義務を負う市民というものは、大革命を経て、現実のものとなります。

 三部会開催、球戯場の誓い、バスティーユ牢獄襲撃を経て誕生したフランス革命政府は、オーストリア・プロイセンに宣戦布告をするものの、両軍は、1792年8月19日にフランス領内に侵攻し、9月3日にはヴェルダンを陥落させ、パリへと近づきます。これ対して、ジャコバン派の呼びかけによって集まった国民軍が危機を救うのです。9月20日ヴァルミーの戦いでオーストリア・プロイセン連合軍を撃破します。文豪ゲーテは、「この日から世界史の新しい時代が始まる」 と日記に綴っています。

 ここに近代国民国家が形成され、祖国を防衛するための国民による軍隊が始まりました。支配者階級だけではなく、一般の市民が国民となって祖国の大地を守るために結成されたのが、国民国家における軍隊となるわけです。

 17世紀の思想家ホッブズは、『リヴァイアサン』において、人々は、生命の安全確保のために、主権者に絶対的な権力を委ねるかたちで、至高かつ絶対的な権力である主権を生み出したとしています。ここでいう主権者の最大の義務とは、国民の生命・財産を守ることにあります。主権者が国王であるならば、国王が国民の生命・財産を守る義務を負うわけです。しかし、フランスにおいては、市民が王権を打倒し、自らが主権者の地位を奪い取りました。そうなれば、主権者である国民自身が、武装して自らの生命・財産を守らなければならないのは当然の摂理です。主権者は国王ではなく、自分たち自身だからです。絶対王政を打倒し、国民が主権者となり、その一般意志が議会を通じて法となって国を統治する国民国家においては、主権者たる国民こそが祖国を防衛する権利と義務を有するわけです。こうして、フランスに続いて次々とできあがった国民国家である共和国においては、国民皆兵による市民武装が当たり前のことでした。

行こう 祖国の子らよ

栄光の日が来た!

我らに向かって 暴君の

血まみれの旗が 掲げられた

血まみれの旗が 掲げられた

聞こえるか 戦場の

残忍な敵兵の咆哮が?

奴らは我らの元に来て

我らの子と妻の 喉を掻き切る!

武器を取れ 市民らよ

隊列を組め

進もう 進もう!

汚れた血が

我らの畑の畝を満たすまで!

 「ラ・マルセイエーズ」は、フランス革命の際にマルセイユからパリに駆けつけた義勇軍が口ずさんだことから一気に広まり、フランスの国歌となりました。

 日本において近代国民国家が形成されたのは、もちろん明治維新によってですが、それまでの軍隊は、各藩主に帰属している武士階級によってのみ構成されていました。それが近代的兵制改革を経て、農民や商人、職人であっても、みな一律平等に兵役につくことになります。そのために国家による教育が施され、大きな戦争を経るたびに、社会保障制度が整っていきます。日本においても、まさに兵役こそが近代国家の国民を作り上げたわけです。

 このように、徴兵制とは、これまでの身分制を破壊して、均質な平等な国民が、自らを守るために自ら武装したことを発端として誕生したものです。ここには、自由・平等という人権思想と、国防が主権者である国民自身の権利義務であるという民主的要素が存在しています。このような思想的土壌があって初めて国民皆兵による徴兵制という制度が成り立つのです。

ヨーロッパ各国における徴兵制の現在

フランスやスウェーデンは21世紀に入って徴兵制を廃止していますが、それ以外の欧州の国々はどうでしょうか。ドイツやイタリアも現在徴兵制は廃止されています。しかし、この2カ国の憲法には、未だに徴兵の条項が残されています。

ドイツ憲法12(a)条

  1. 男子に対しては、満18歳から軍隊、連邦国境警備隊または民間防衛団における役務に従事する義務を課すことができる。
  2. 良心上の理由から武器をもってする軍務を拒否する者に対しては、代役に従事する義務を課すことができる。この代役の期間は兵役の期間を超えるものであってはならない。詳細は法律で規定するが、この法律は良心の決定の自由を侵害してはならず、かつ、軍隊および連邦国境警備隊に何ら関わりのない代役の可能性をも規定するものでなければならない。

(以下略)

イタリア憲法52条

  1. 祖国の防衛は、市民の神聖な義務である
  2. 兵役は、法律が定める制限と方法において、義務である。市民は、兵役義務の履行によって、その職務上の地位および政治的諸権利の行使を脅かされない。
  3. 軍隊の秩序は、共和国の民主的精神に従う。

(それぞれ、初宿正典・辻村みよ子『新解説世界憲法集 第4版』(三省堂)より抜粋)

 イタリアは2004年、ドイツは2011年にそれぞれ徴兵制を廃止していますが、あくまで法律レベルで現在徴兵を行っていないということであって、いつでも法改正をして徴兵を復活できるよう、憲法上は条項が残っているというわけです。

 この他、EU加盟27カ国のうち、オーストリア、スイス、キプロス、ポーランド、オランダ、チェコ、スペイン、ハンガリーなど、実に20カ国が憲法上に徴兵制の根拠条文をおいています。もっともこれらの国々のすべてにおいて現在も徴兵が実施されているというわけではなく、ドイツやイタリアのように憲法上に規定はあるものの、徴兵制が廃止されている国も含まれています。もっとも、フランス、イタリア、ドイツなどをみてもわかるとおり、ヨーロッパの国々で徴兵制を廃止したのは主に冷戦終結後のことで、つい最近のことなのです。

 さらに、EU加盟国以外でも、北アフリカ諸国の他、ベトナム、イスラエル、ウクライナ、韓国、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ロシアなどでは徴兵制が続いています。

日本において徴兵制は認められるか ー憲法18条の解釈ー

 日本国憲法18条は「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」と規定しており、政府見解は、この「意に反する苦役」に該当するため、徴兵制は認められないとしています。

 しかし、国際人権B規約(自由権規約)第8条は、次のように規定して、軍事的性質の役務、および良心的兵役拒否者が法律によって要求される国民的役務については、強制労働に含まれないことを謳っています。

第8条

  1. 何人も、奴隷の状態に置かれない。あらゆる形態の奴隷制度及び奴隷取引は、禁止する。
  2. 何人も、隷属状態に置かれない。

(a) 何人も、強制労働に服することを要求されない。

(b) (a)の規定は、犯罪に対する刑罰として強制労働を伴う拘禁刑を科することができる国において、権限のある裁判所による刑罰の言渡しにより強制労働をさせることを禁止するものと解してはならない。

(c) この三の適用上、「強制労働」には、次のものを含まない。

(i) 作業又は役務であって、(b)の規定において言及されておらず、かつ、裁判所の合法的な命令によって抑留されている者又はその抑留を条件付きで免除されている者に通常要求されるもの

(ii) 軍事的性質の役務及び、良心的兵役拒否が認められている国においては、良心的兵役拒否者が法律によって要求される国民的役務

(iii) 社会の存立又は福祉を脅かす緊急事態又は災害の場合に要求される役務

(iv) 市民としての通常の義務とされる作業又は役務

 また、スペイン憲法30条1項をはじめとして、ベトナム、インドネシア、トルコ、モザンビーク、ルーマニアなどの憲法においては、国防は国民の義務ではなく権利であると規定されています。さらに、連邦憲法裁判所は、1960年12月、ドイツ憲法12(a)条兵役規定との関係において、兵役の義務は人間の尊厳に反しないのみならず、相互の義務として認められると述べており、このような兵役を課すことは憲法違反ではないと判断しています。

 このような各国の法律における意識や、民主共和国の歴史的成り立ちを考えた場合、政府による18条の解釈は再検討の余地があるものと言えるでしょう。日本が将来、徴兵制を復活させる可能性や合理性は決して高くはないと思いますが、徴兵制が「意に反する苦役」に該当し、徴兵制そのものが憲法に違反するかどうかというのは、また別の話です。

弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)

弁護士。早稲田大学法学部卒、ロンドン大学クィーン・メアリー校修士課程修了。陸上自衛隊三等陸佐(予備自衛官)。日本安全保障戦略研究所研究員。防衛法学会、戦略法研究会所属。TOKYO MX「モーニングCROSS」、JFN 「Day by Day」などメディア出演多数。近著に『国民を守れない日本の法律』(扶桑社新書)。

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