「地方創生」成功のコツ ―現状把握と課題の分析
地方創生とはなにか
地方創生という言葉をよく見聞きします。一言で言うと、地方経済を振興し、若者を中心に地方の人が地元で職を得、豊かに暮らせるようにしよう、そして人口減少対策にもしていこう、というものです。昨年度補正予算を含め今年度で1兆円を超える予算が用意されています。今や安倍政権の国内政策の目玉と言えるでしょう。
地方も国に対応して動き始めています。自治体は地方創生を進めるための「総合戦略」作りを国から求められており、それをコンサルティング会社や総研などに委託する自治体が多いため、「コンサル・バブル」という言葉ができているほどです。また、地方創生に先行する事業として全国97%の自治体でプレミアム商品券が売り出されています。今や自治体は地方創生で持ちきりです。ところが、来年度以降も1兆円規模の予算が計画されている長期大型の事業ですが、全体像を知っている人は滅多にいません。そこで以下、この政策の趣旨、実情、課題を整理したいと思います。
まず、政府の地方創生政策について見てみましょう。
1.地方創生がめざすもの
「地方創生」が決められたのは昨年11月に成立した「まち・ひと・しごと創生法」によってです。そして昨年暮れも押し迫った12月27日に「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」と「まち・ひと・しごと創生総合戦略」が閣議決定されました。それによると、ポイントは次の二点です。
(1)人口減少と地域経済縮小の克服
これをブレークダウンすると、
- 「東京一極集中」を是正する
- 若い世代の就労、結婚、子育ての希望を実現する
- 地域の特性に即して地域課題を解決する
ということになります。
(2)まち・ひと・しごとの創生と好循環の確立
閣議決定は地方への新たな人の流れをつくり、「まち」に活力を取り戻し、安心して生活でき、子どもを産み育てられる社会環境を形成する。そのために、
- しごとの創生
- ひとの創生
- まちの創生に同時かつ一体的に取り組む
としています。
そして、以上の趣旨に基づいてビジョン、戦略を次のように示しています。
2.国の「長期ビジョン」、「総合戦略」
(1)長期ビジョン(2060年を展望)
- 人口減少問題の克服:2060年に1億人程度の人口を維持
- 成長力の確保:2050年度に実質GDP成長率1.5~2%程度を維持
(2)総合戦略(2015~2019年)=基本目標
- 地方における安定した雇用を創出する
- 地方への新しい流れをつくる
- 若い世代の結婚、出産、子育ての希望をかなえる
- 時代に合った地域をつくり、安心な暮らしを守るとともに、地域と地域を連携する
また、事業を進めるにあたっての原則、いわば心構えも以下の通り定められています。(平成26年10月22日内閣官房発表)
3.まち・ひと・しごとの創生に向けた政策5原則
- 自立性:一過性の対症療法的なものでなく、構造的な問題に対処。地方自治体、民間事業者、個人等の自立につながるもの。
- 将来性:地方が自主的、主体的に前向きに取り組むことを支援する施策に重点化。
- 地域性:国による画一的な手法や「タテ割り」的な支援でなく、各地域の実態に合った施策を支援。施策の内容・手法を地方が選択・変更できるもの。
- 直接性:ひとの移転、しごとの創出やまちづくりを直接的に支援する施策に集中。住民代表に加え、産官学金労言の連携をの促進し、政策効果を高める。
- 結果重視:バラマキ型の施策でなく、短期・中期の数値目標を設定し、政策効果を検証。
以上のような趣旨、戦略、原則に基づいて具体的にどのような事業が行われるのでしょうか。現時点で国が用意している予算と、その対象となっている事業をみていきましょう。
4.予算と事業
(1)まち・ひと・しごと創生関連の事業費
26年度補正予算 約3,300億円
27年度当初予算 約7,200億円(社会保障関連費除く)
合計 約1兆500億円
(2)事業
ここまで地方創生の概要を見てきました。成長率や人口に関する目標については、いろいろ意見があるかもしれませんが、趣旨や事業の進め方の原則については多くの人がその通りだ、と思うのではないでしょうか。一方、具体的な事業になると国、自治体双方に??と思うことが多いのです。
以下、自治体など現場の声をまじえながら具体的にみていきましょう。
地方創生政策の問題点
1.85%が既存の事業の継続
地方創生関連の事業は「従来の取り組みの延長線上にはない、次元の異なる大胆な政策」を実行すると言われ、先述の5原則にも「地方の自主的、主体的な取り組みを支援」と書かれています。ところが、従来の事業を継続して行い、地方創生の看板をつけただけなのではないか、という事業が多く見られます。
例えば、文部科学省の「文化芸術による地域活性化・国際発信推進事業」です。
文化庁は、平成24年度から26年度まで「地域発・文化芸術創造発信イニシアチブ」事業を実施(平成24年度:32億円、平成25年度29億円、平成26年度25億円)してきましたが、平成26年度の政府の行政事業レビュー(※)において、「廃止」という結論が出されました。
(※)行政事業レビューは、5,000を超える国の全ての事業について、事業内容や目的、成果、資金の流れ、点検結果などを書いた各府省共通のレビューシートを公表し、各府省自らが前年度の事業(支出先や使途)の点検を行うもの。
「地域発・文化芸術創造発信イニシアチブ」は、優れた文化芸術の創造発信事業を支援し、地域文化の再生やコミュニティの再構築を通して、地域活性化を進めようという事業でした。
趣旨は大変良いのですが、内容が伴っていないということで廃止することになったのです。
ところが、リンク先の行政事業レビューシートをご覧いただければすぐにわかりますが、平成27年度予算案において地方創生の予算として計上された「文化芸術による地域活性化・国際発信推進事業(概算要求時点名称:文化芸術グローカル化推進事業)」は、この「地域発・文化芸術創造発信イニシアチブ」と補助対象事業や補助事業者、補助率などがほとんど同じなのです。文化庁が出している募集案内でも、平成26年度と平成27年度で事業名が変わっている(「地域発・文化芸術創造発信イニシアチブ」⇒「文化芸術グローカル化推進事業」)程度でほとんど同一です。平成27年度の募集案内に掲載されている「Q&A」は、20項目のうち11項目は平成26年度と同じ内容です。
まさに看板架け替え事業ですし、地方から主体的に出てきたものでもありません。
27年度総予算7,200億円のうち約85%の事業がこのような前年度からの継続事業だという指摘もあります(平成27年2月19日 衆議院予算委員会)。
2.従来から効果を疑問視されている事業が継続
継続事業でも効果が高いのであれば結構なのですが、効果が疑問視されている事業も多いのです。「プレミアム付き商品券」は地方創生とは別事業とされていますが、26年度補正予算で事業化されたものです。自治体では地方創生と一体のものと考えられています。
プレミアム付き商品券は構想日本が全国の自治体と実施している事業仕分けでも度々問題になる事業です。仕分けでの議論をご紹介します。
千葉県銚子市で2013年に実施した事業仕分けで、プレミアム付き商品券が対象となりました。内容は銚子市民(および市内商業者)が1万1,000円分の買い物をすることができる商品券を1万円で購入できるというものです。1,000円のプレミアム分は税金で負担します。
議論のポイントは以下のとおりです。
(1)不公平
商品券の発行は1万冊でした。銚子市は人口約6万9000人、世帯数2万7000世帯ですから、商品券を入手できたのは市民の一部(3世帯に1冊の見当)です。商品券のプレミアム分は銚子市民の税金で負担していますから、商品券を持っていない市民が、税金で商品券で買い物をする人の補助をしているという構図になります。議論に参加した市民からは「商品券を使ったことがないが、自分が税金として負担していたのかと思うと不公平感が残ります」という意見が出ました。
(2)おそらく効果なし
銚子市では、発行した商品券の冊数、実際に使われた冊数は把握していましたが、目的である「地域経済の活性化」は、それでは測れません。商品券を発行したことによって消費が増え、小売店の売上が増えるなど、通常よりもお金が回ったのであれば効果があったと言えますが、その測定は全くされていません。
議論の中で明らかになったのは、商品券の約30%が4つのスーパーマーケットで使われており、日常的な食品などで使用されているケースが多いということでした。日々の買い物が現金から商品券に置き換わっただけなら、消費の総額は増えません。商品券で買い物をした人が1割得しただけです。
これらの議論を経て、銚子市の事業仕分けでは、プレミアム付き商品券は「不要・凍結」と市民から判断されました。その判断を受け、銚子市は翌年度この事業を廃止しました。この状況はどこの自治体でも同じでしょう。
今回97%の自治体でプレミアム商品券が発行されたと言います。この中には廃止する予定だったけれど、地方創生で国からお金が出るとなった途端に復活した自治体もあると聞きます。
3.いくつかの基本的な疑問点
(1)町の「総合戦略」を他人が作る!?
「まち・ひと・しごと創生法」では自治体が「総合戦略」を作ることを努力義務としています。そして、その作成費用補助として都道府県等には一律2千万円、市町村に対しては1千万円の予算がつけられています。現在、約1,700の自治体が作成中ですが、多くの自治体が民間のコンサルティング会社に委託しています。冒頭の「コンサル・バブル」はこの状態についての指摘です。
国の統計を使って自前で作れる人口ビジョンをコンサルに丸投げするのは、いずれにせよ補助金が出るからでしょうか。
さらに根本的なこととしては、自分たちの町をどうするか、住民や自治体職員自ら考えることが、地方創生の趣旨のはずで、そのために前述したような戦略や原則が定められているのです。それを他人に任せるのでは自分の町に合ったアイデアも出てきませんし、知恵が身につくこともありません。
コンサルなど外部の人材に求められるのは、課題を発見し、論点をわかりやすく整理して住民の意見を引き出すことです。日本中が画一化して、結局、地方の衰退と呼ばれる状況になったのも、過去何十年も国や業者に丸投げしてきたためなのです。
(2)なぜ東京に「人口減少プラン」を作らせない?!
法律や長期ビジョンでは、地方から東京への人口流出、東京一極集中の弊害が度々指摘されています。ところが、過疎化が進む地方の町と同じように東京の特別区、各市にも同じ総合戦略を作らせ、国が用意した同じメニューから事業予算を出すというのです。本気で東京一極集中に歯止めをかけようというのなら、東京の特別区、市には人口を減少させるプランと事業を考えろとでも言うべきなのではないでしょうか。
東京には、人口が急増して、教育、福祉、インフラ整備などの事業が追いつかない町が現にあるわけですし、そのような所も遠くない将来、高齢化と財源不足に悩むことになるのは目に見えているわけですから。今のうちに先を見越したプランを作ることこそが「地方創生」において国にも東京にも求められていると思います。
同じようなことは地方間についても言えます。人口も産業も自治体間での「とりあい」が起こるのではないでしょうか。企業の競争と同じで、それは努力次第と割り切る考え方もあるかもしれませんが、やはり基礎体力が強い所が吸引力が強いのも企業と同じです。
東京と地方、地方の中心都市、それらに対するコントロールこそが、国の大きい役割ではないのでしょうか。
4.ある自治体職員の声
従来と代わり映えしない国のメニュー、にも関わらずそれに乗るだけ、さらに、国に言われたことを他人に丸投げする自治体。
冒頭の地方創生の趣旨や原則とかけ離れていることは明らかです。どうしてこのような状況になるのでしょうか。
ある自治体の職員の声を紹介します。
これは、日本の行政の根本的な問題です。補助金や指導助言などによる国の自治体への「関与」と、それに対する自治体の「依存」。これこそが変えなければならない日本の構造的な問題です。今回の地方創生では、趣旨と原則だけを掲げ、大臣はじめ本部の人は自治体がそれを実行するかどうかのチェックだけをするようにしたほうが良いのではないでしょうか。
5.では、どうすれば良いか
この先数十年間は、日本全体の人口減少は避けられないでしょう。仮に出生率がある程度上ったとしても、子どもを産む世代の人の絶対数が当分は減るわけですから。
しかし、そのことを悲観的に考える必要はないのではないでしょうか。国連の幸福度ランキングでも、上位は北欧など人口数百万人の国が多いのです。また、独、英、仏など日本の半分強の人口の国が世界の中で大きい発言力、存在感を示しています。
日本はすでに社会資本も人的資本も個人の資産も十分蓄積しています。これを使いこなせば今よりもずっと豊かで幸せで存在感のある国になれるのです。潜在的な能力は十分持っています。
しかし、そのコースに入るためにはしないといけないことがいくつかあります。
まず、過剰な社会資本(ここではいわゆるインフラという意味)の整理です。日本の社会資本の密度は、公共施設、民間ともに世界最高レベルでしょう。しかし、これは維持、更新に大きいコストがかかります。だから人口減少に先んじて縮小しないといけません。ハコモノはそこにあることが大事なのではなく、道具としてどう使うかが大事です。ハコモノを整理しつつ、今以上に上手に利用することは難しいことではありません。民間企業なら常にやっていることです。これをすれば、公共施設などを整理、統合しても住民の満足度はむしろ上げられます。
これからの地方、そしてその集合体である日本を良い方向へもっていくには、社会資本を人口に合わせて整理し、過剰な費用の発生を防ぎ、人的資本や各地の地場産業、伝統、自然などの特色を掘り起こして活性化することが求められます。それこそが地方創生の趣旨です。
それを実現するうえで最も大切なことは、そのための「総合戦略」を住民と自治体が自分で考え、地方創生を「自分事」として進めることです。
地方創生はまだ始まったばかりです。せっかく良い趣旨、原則が示されているのですから、
- 国(各省)は口出しをしないこと
- 自治体は住民とともに自分で考え、動く
という二つのあたり前のことを実行して、本来の目的を実現してほしいと思います。