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なぜ映画【推しの子】は苦戦しているのか。日本における動画配信サービスの影響力の現在地

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:【推しの子】ドラマ&映画公式SNS)

昨年の年末に公開された映画の中で、事前の予想を大きく裏切る結果になっている作品の一つとしてあげられるのが映画【推しの子】-The Final Act- でしょう。

映画【推しの子】は、配信ドラマと映画を連動させたAmazonと東映の共同実写化プロジェクトとして、発表のタイミングから大きな話題となりました。

「推しの子」といえば、マンガもアニメも大ヒットし、アニメの主題歌であるYOASOBIの「アイドル」は各種音楽チャートを席巻したほどで、当然実写版への注目度もかなり高く、興行収入への期待も大きかったはずです。

ただ、昨年末の12月20日に映画【推しの子】が公開された初週の週末興行収入は1億3500万円で7位に留まる結果になり、その後も残念ながらランキングを下げ続ける結果になってしまっているのです。

実はこの結果に、現在の日本における動画配信サービスと地上波ドラマの力関係が垣間見えると言えます。

評価が非常に高かったドラマ【推しの子】

実写版【推しの子】については、制作が発表されたタイミングでは一部のファンからも実写化に対して批判の声が上がっていることでメディアで報道されたため、評判が悪いと誤解されている方も少なくないようです。

ただ、実は実際にAmazon Prime Videoで配信されたドラマ【推しの子】は、視聴したファンからは高い評価を受けており、間違いなくマンガやアニメの実写化プロジェクトの成功事例の一つとして記憶されることになる作品と言えます。

特に一度オファーを断ったものの、スタッフの熱意に動かされアイ役を引き受けることになったと報道されている齋藤飛鳥さんを筆頭に、俳優陣は見事にそれぞれの役を演じきっており、アニメより高い評価をしているファンも少なくないのです。

参考:Amazon歴代一位も納得?実写版『【推しの子】』原作勢を驚かせた“改変”に注目 アニメの神回どう描いた

その証拠に、ドラマ【推しの子】は日本のAmazonオリジナル作品における配信後30日間の国内視聴数の歴代1位の記録を更新。

(出典:【推しの子】ドラマ&映画公式SNS)
(出典:【推しの子】ドラマ&映画公式SNS)

Amazonオリジナルの日本における最大のヒット作品として、名前を残すことになっているわけです。

さらに、ドラマ【推しの子】の劇中に登場するアイドルグループB小町が、ミュージックステーションでパフォーマンスを行うなど、話題作りも様々に実施できていたと言えます。

 

映画を見る前に、20日間で配信ドラマの視聴が必要?

では、そのドラマ【推しの子】の高い評価と勢いにもかかわらず、なぜ映画【推しの子】は高い興行収入を収めることができなかったのか。

これはシンプルに日本における配信サービスの普及率の低さが影響していると考えられます。

今回の実写版「推しの子」は、ドラマ版を11月28日から配信開始し、映画版を1ヶ月も経たない12月20日に公開するというかなり挑戦的なスケジュールを組んでいました。

映画自体はドラマ版を視聴していなくても楽しめる形にはなっていますが、やはりドラマ版を視聴してからの方が楽しめますし、その必要があると思い込んだ方も少なくなかったように思います。

そうすると、映画【推しの子】は自然とドラマ版を視聴した人だけがターゲットになってしまうわけです。

ドラマ【推しの子】は全8話ですので、それほど視聴するのに長い時間が必要というわけではありませんが、一般的なテレビドラマが週1回の放送で3ヶ月程度かけて1シーズンを視聴することが多いことを考えると、20日ほどで全8話を視聴してから映画を観に行くというのは、そもそもハードルが高かったというのが一つのポイントでしょう。

動画配信サービスの普及率が世界的に低い日本

しかも、日本はまだそれほど動画配信サービスの普及率が高くありません。

昨年はNetflixが日本でも1000万契約を突破していることを発表し、大きな話題になりましたが、1000万契約といっても、世帯普及率でいえばまだ20%程度の数値になります。
一方、アメリカの普及率は60%にも達すると言われており、まだまだ大きな差があるのです。

参考:Netflix「日本会員1000万」突破で、あらためて注目される「Netflixエフェクト」の影響力

日本ではNetflixよりもAmazon Prime Videoの方が契約者数は多いと言われていますが、GEM Partnersが発表している昨年の配信ドラマのリーチランキングをみると、Amazonのトップドラマの「沈黙の艦隊」が、Netflixの「地面師たち」に倍近く差をつけられていることが分かります。

定額制動画配信サービス 年間ランキング(出典:GEM Partners)
定額制動画配信サービス 年間ランキング(出典:GEM Partners)

仮に地面師たちが日本のNetflix契約者の8割ぐらいに視聴されていたとしても800万人程度、沈黙の艦隊の視聴者数は年間で400万人程度という計算になります。

いくらドラマ【推しの子】が30日間での視聴数の歴代1位を更新したとしても、多く見積もっても視聴者数は200〜300万人ぐらいと想像されるわけです。

地上波ファンに配信を組み合わせた「グランメゾン・パリ」

一方地上波の人気ドラマであれば、1000万人規模の視聴者が視聴することは珍しくありません。

例えば、映画【推しの子】の後に公開された映画「グランメゾン・パリ」は公開7日間で興行収入13億9000万円と興収30億円を見込める大ヒットスタートを切っています。

映画「グランメゾン・パリ」の場合、2019年に放送されたテレビドラマ版の「グランメゾン東京」の平均世帯視聴率は12.9%と言われており、800〜1000万人以上が視聴していた可能性があります。

さらに「グランメゾン東京」は映画公開に備えて昨年の9月からNetflixで再配信を実施しており、直近でも日本のドラマランキング3位に入るなど、配信経由で新たな視聴者も獲得しています。

(出典:Top 10 Shows in Japan TUDUM by Netflix )
(出典:Top 10 Shows in Japan TUDUM by Netflix )

当然それだけ多くの既存ファンがいれば、新作の映画「グランメゾン・パリ」を観に映画館に足を運ぶ人も多くなるはずです。

現時点では、少なくとも日本においては、配信独占のドラマと映画を連動させるよりは、地上波ドラマをベースに映画を連動させる方が、視聴者の母数的にヒットの可能性が高いと言えるわけです。

失敗から学び成功の方程式を確立したディズニー

ただ、今回のAmazonと東映の挑戦を「失敗」と一言で片付けるのは、それはそれで間違っていると言えます。

実は、2024年はディズニーが自社の配信サービスであるDisney+と映画の組み合わせを確立し、アニメーション映画史上歴代No1大ヒットとなった「インサイド・ヘッド2」や「モアナと伝説の海2」などで過去の興行収入記録を更新する大成功を収め、年間興行収入のトップ4作品のうち3作品を独占するという快挙を成し遂げた年になりました。

参考:モアナ2も新記録。ディズニーは「動画配信×映画館」の成功の方程式を見つけたのか

そのディズニーも、実は2023年はマーベル作品において、Disney+でスピンオフ作品を作りすぎ、そうしたスピンオフ作品と映画を連動させた関係で、映画「マーベルズ」で史上最低のオープニング興行になってしまうなど、大失敗をしてしまった歴史があります。
参考:MCU史上最低のオープニング...「マーベルズ」興行不振の真因とは?

ある意味では、ディズニーにおいても、2年前のそうした大失敗の学びから、昨年の大成功が生まれているわけです。

昨年は日本では映画「ラストマイル」が「シェアード・ユニバース」というテレビドラマと映画、そして配信サービスを組み合わせた新しいアプローチに挑戦し、大成功を収めました。

参考:「ラストマイル」の大ヒットが切り開く、「シェアード・ユニバース」という映画とドラマの新しいカタチ


日本でもそうした新しい挑戦が必要なタイミングが来ていることは間違いありません。

Amazonや東映が今回の苦戦から学んだことを今後どう活かしていくかが、真に重要なポイントであると言えるはずです。

実写版【推しの子】は作品が失敗したわけではない

実は今日の時点でもドラマ【推しの子】は、Amazon Prime Videoの日本のランキングでトップ10に入り続けていますし、実は香港や台湾などでもトップ10に入っています。海外でもそのドラマの質の高さは高く評価されており、今も実写版【推しの子】のファンは増え続けている状態と言えます。

日本はマンガやアニメの実写化に抵抗感がある人がまだ多いのに対し、Netflixにおける実写版「ONE PIECE」や実写版「幽☆遊☆白書」が世界で大ヒットしたことを踏まえると、実写版【推しの子】も海外の視聴者の方がより幅広く受け入れられる可能性があるとも言えるのかもしれません。

また、【推しの子】の中でのB小町のYouTubeにアップされているパフォーマンス動画は440万回以上も視聴されており、ファンの間でのパフォーマンスや楽曲の評価も非常に高いことが分かります。

俳優陣の演技も素晴らしく、マンガやアニメの実写化に対して抵抗感がある原作ファンにとっても、実写化の可能性を証明する作品になっています。

公開後に興行収入が振るわない映画は、映画館での上映館数が減ってしまうことを考えると、映画【推しの子】の興行収入自体をここから大きく挽回することは難しいかもしれませんが、Amazonと東映が素晴らしい実写化に成功したという実績自体は消えません。

最終的に映画【推しの子】はAmazon Prime Videoで配信されて、また多くの視聴者に視聴されることになると思いますし、少なくとも実写版【推しの子】が多くのファンの記憶に残る結果になることは間違いないでしょう。

Amazonと東映が、今回の苦戦を学びに変えて、また素晴らしい作品を生み出してくれることを楽しみにしたいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

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