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ピアソラの足跡とそれを踏み越える2つのオマージュ(後編)

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

歿後25年を迎えたアストル・ピアソラ。その音楽の“再生”を担うに足るキーパーソンが2人いることを、前稿で予告した。

前稿はこちら→https://news.yahoo.co.jp/byline/tomizawaeichi/20170602-00071640/

まずはその1人、日本のジャズ・ヴァイオリン界の先駆にして革命児であるこの人の作品を取り上げたい。

♪ 寺井尚子『ピアソラモール』

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近年のジャズ・ヴァイオリニスト輩出の功労はこの人の開拓と活躍にあると言っても過言ではない。この人とは、寺井尚子。

ジャズとヴァイオリンの相性は、ステファン・グラッペリのようなレジェンドが存在することからもわかるように、新奇ではない。

しかし、そんな巨匠でさえも、越えていない“壁”がある。それは“ビバップ”だ。

ジャズだったらスウィングだろうがビバップだろうがイイヤンケ、ということにならないのが難しいところ。イディオムが異なるという、越えられない“壁”があるということだ。

スウィングはクラシック(後期ロマン派)を流用した部分が多いので、ヴァイオリンを普通に習ううえで身につけるクラシック的なイディオムとの親和性が高くても不思議ではない。

それに対してビバップは、スウィングのアンチテーゼというコンセプションなのだから、親和性が高くないのも当然と言える。簡潔に言ってしまえば、スウィングに聞こえないようにしたのがビバップなのだから……。

実は、それに関連した話を、寺井尚子を取材した際に聞いたことがある。

具体的な方法はナイショということだったが、ジャズすなわちビバップ由来の、彼女が身を投じようとしていた20世紀末のポピュラー・アートの世界にヴァイオリンの旋律を違和感なく載せるには、ヴァイオリンのメソッドそのままではダメだったこと、楽器の調整とタッチを変えたこと、などなど。

そうした“水面下の水かき”があって、寺井尚子は“ジャズ・ヴァイオリンの女王”としてその名を轟かすまでに上り詰めた、というわけだ。

そして彼女はそのヒントを、タンゴという因習から自らの音楽を解き放つために身を捧げたと言ってもいいピアソラからももらっていた。それは、彼女がオリジナル・アルバム2作目の『ピュア・モーメント』(1999年)冒頭に「アディオス・ノニーノ」を掲げて以来、たびたびピアソラの曲を取り上げていることからもうかがい知れる。

2017年、寺井尚子は真正面からピアソラと対峙することを決意する。この3月にリリースされた『ピアソラモール』は、20作目という節目であるにもかかわらず、これまでのヴァリエーション指向なアルバムづくりとは異なる、ひとつのテーマに絞り込んだ構成になっている。

寺井尚子がピアソラをフォーカスしたアルバムを出すのは、これが初めてではない。2011年の東京JAZZのステージを収録した『リベルタンゴ・イン・トーキョー』(2011年)では、ピアソラから後継者指名を受けたバンドネオン&アコーディオン奏者のリシャール・ガリアーノを迎え、ガリアーノが再現するピアソラの世界へ飛び込んでいった。

しかし今回は、“ピアソラ仕立て”をした舞台へ“出向く”のではなく、自らのバンドへ“ピアソラを迎える”というアプローチのアルバム内容になっていることで、彼女の“ピアソラに対するオマージュ”として完成されていると言えるものになっている。

圧倒的に音の艶やかさとしたたかさがピアソラの曲を凌駕しているところで、このアルバムの完成度は評価されるべきだろう。

例えばクラシックのヴァイオリニストでは、ギドン・クレーメルがピアソラの歿後まもなくからその作品を取り上げ、高く評価されている。1996年から始まる“ピアソラへのオマージュ”シリーズは、端正さと狂気を併せもったクレーメルというヴァイオリニストへの評価を180度変える力作だったと思う。

ただしそれは、クラシックからのアプローチで、寺井尚子とはベクトルが異なることも指摘しておかなければならない。彼女は、ピアソラが表現しようとしてきたフランス系の現代音楽性との融合を視野に入れながらも、さらにビバップという異質な側面におけるエッジを研ぎ澄ませるために、ピアソラの言葉を借りようとしているかのように見える。

♪ 寺井尚子にピアソラという“禁断の筺”を開けさせた人物

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実は、この『ピアソラモール』にも、そのきっかけとなった“出逢い”があった。2016年に開催された東京JAZZのステージだ。

そのステージの相手を務めたのは、パブロ・シーグレル。1978年にピアソラ五重奏団への参加を請われ、1989年にピアソラが引退状態となるまで、ピアニストとしてピアソラの音楽を最も近距離で見守り続けた人物だ。

パブロ・シーグレルをボクは、2012年と2015年の来日ステージで観ることができた。

ライヴらり7月号前編:ジャンルの枠を超えて吹いた大編成の熱風|音楽ジャーナリスト&ライターの眼→http://www.yamaha.co.jp/ongakukiji/news.php?no=14062

南米からニューヨーク経由で日本に届いたタンゴの新風(タンゴ・ジャズ・コネクション)|音楽ジャーナリスト&ライターの眼→http://www.yamaha.co.jp/ongakukiji/news.php?no=15209

その彼が、歿後25年特別企画として、ジャパン・ツアーを行なう。

Pablo Ziegler Japan Tour 2017→https://www.ziegleracademy.com/japan-tour

東京以外では比較的ゆったり目のホールでのゴージャスなピアソラ直伝サウンドを楽しめるが、注目したいのは東京公演だ。

丸の内コットン・クラブという距離感でこのメンバーでのピアソラ・サウンドを体験できる機会は貴重だ。

日本を巻き込んでさらに発展し続けているネオ・タンゴの潮流、その最前線に触れる絶好の機会を見逃さないようにしたい。

<了>

PABLO ZIEGLER NUEVO TANGO ENSAMBLE

パブロ・シーグレル・ヌエヴォ・タンゴ・アンサンブル

〜アストル・ピアソラ没後25年メモリアルコンサート〜

2017. 6.24.sat@丸の内コットン・クラブ

[1st.show]open 4:00pm / start 5:00pm

[2nd.show]open 6:30pm / start 8:00pm

MEMBER

Pablo Ziegler (p,comp,arrg)

Walter Castro (bandoneon)

鬼怒無月 (g)

西嶋徹 (b)

ヤヒロトモヒロ (per)

http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/pablo-ziegler/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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