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ニコラス・ケイジ「映画はあと3、4本でやめるかも」。借金も完済、惜しまれつつ去りたい

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「シネマを通じて言いたかったことはすべて言った」とニコラス・ケイジ(写真:REX/アフロ)

 この10年間、ニコラス・ケイジは、ほかのどのハリウッド俳優よりも多くの映画に出てきた。

 2023年だけを見ても、出演作は6本。その中には、カメオ出演をしたスーパーヒーロー映画「ザ・フラッシュ」もあれば、賞レースに向けて現在キャンペーンを展開している主演作「Dream Scenario」、ほぼ気づかれないままに公開されては消えてしまった低予算映画などがある。2013年から今日までの出演作品数は40本以上。比較のために挙げると、同じ期間にトム・クルーズが出た映画は9本、レオナルド・ディカプリオが出た映画は6本(ドキュメンタリー、ナレーションは含まない)。ディカプリオが10年間に出たのと同じ数を、ケイジは1年でこなしているのだ。

最新作「Dream Scenario」で再び高い評価を受けている(Zoey Kang/ A24)
最新作「Dream Scenario」で再び高い評価を受けている(Zoey Kang/ A24)

 だが、そんな馬車馬のような生活にいよいよ終わりを告げる時がきたようである。「Vanity Fair」へのインタビューで、彼は、「(将来の)計画が固まってきた。映画はあと3、4本しかやらないかもしれない」と語ったのだ。理由は、「シネマを通じて自分が言いたかったことはすべて言ったと感じている」から。また、映画におけるパフォーマンスについても、自分にできるかぎりのことをやり遂げたと思う」とも述べている。

 来月、還暦を迎えることも関係しているようだ。「僕の父は75歳で亡くなった。運が良ければ、僕にはあと15年ある。もっと長いことを願ってはいるが、その15年をどう過ごしたいのか?僕は家族ともっと時間を過ごしたいと思う」と、ケイジは語る。

ノンストップで働き、借金を返し終えた

 何より大きいのは、借金を払い終えたことだろう。

 かつて、ヨーロッパの城、カリブ海の島をはじめとする多数の高額な不動産や、50台の車、コミックブックの初版や貴重なアートなどに惜しみなく金を使ったケイジは、2009年、アメリカの税務署から多額の未払い分を取り立てられ、経済的ピンチに陥ってしまった。しかも、彼は、母が精神病の施設に入らなくていいように、月に2万ドルを費やしてもいたのである。

 自己破産をする手段もあり、事実、そのように勧めてくる人もいた。しかし、ケイジは自分で働いて返すと決意。以後は住まいもロサンゼルスから州税のないラスベガスに引越し、ノンストップで映画の仕事を受けてきた。ただし、「適当な気持ちで仕事をすることはない。そこは誤解してほしくない」、「これだけたくさん出てきた一方で、断った作品もたくさんあるのだ」と、アーティストとしてのプライドはきちんと保ってきたとも主張している。

 その重荷もようやく消え、そこまでは配信スルーのアクション映画が多かったケイジは、2年前、「PIG/ピッグ」で久々に注目され、放送映画批評家協会賞(Critics Choice Awards)などいくつかの賞にノミネートされた。そして今また「Dream Scenario」でそのチャンスが浮上し、華やかな舞台にカムバックしつつあるのだ。

「Dream Scenario」は、「シック・オブ・マイセルフ」のノルウェー人監督クリストファー・ボルグリが書き下ろしたブラックコメディ。おっとりした性格の大学教授ポール・マシューズは、ある頃から突然、わが子や学生たち、あるいはまるで知らない人たちから、「あなたが私の夢に出てきた」と言われるように。その現象は大きくなるばかりで、メディアで取り上げられるまでになり、彼は有名人になる。しかし、ある日を境に、事態は思わぬほうに転がっていくのだった。

クリストファー・ボルグリ監督と。「この脚本は長いキャリアの中で読んだ最高の5本のひとつ」とケイジはいう(Zoey Kang/ A24)
クリストファー・ボルグリ監督と。「この脚本は長いキャリアの中で読んだ最高の5本のひとつ」とケイジはいう(Zoey Kang/ A24)

 この脚本を読んだ時、「42年のキャリアで読んだ中で最高の5本に入るものだと思った」と、ケイジは、先月行われた記者会見で語っている。ほかの4本は「赤ちゃん泥棒」、「リービング・ラスベガス」、「バンパイア・キッス」、「アダプテーション」とのこと。「リービング・ラスベガス」ではオスカーを受賞、「アダプテーション」でも候補入りを果たし、「バンパイア・キッス」ではインディペンデント・スピリット賞にノミネートされた。彼のキャリアで大事だったそれらの作品と同じ潜在性を、ケイジは最初から見抜いたのだ。

還暦のタイミングで受賞すれば理想的

「Vanity Fair」のインタビューの中で、ケイジは、「惜しまれつつ去っていきたい」とも言っている。ちょうど60歳になったタイミングで意味のある賞を受賞し、あらためてきちんと実力を評価されれば、思い残すところもないだろう。とは言っても、現段階ですでに撮り終えている作品は2本あり、おそらくこれらはケイジのいう「あと3、4本」には入らないと思われる。ほかに動き出している作品には「ロード・オブ・ウォー」(2005)の続編プロジェクトがあるが、これを含めてあと3、4本ということではないか。だとすれば、まだ数年は彼の姿をビッグスクリーンで見られそうである。

 それに、彼は、演技の仕事自体から足を洗おうとは思っていない。彼が去ろうとしているのは、あくまで映画。これまでずっと映画俳優として通してきたケイジは、テレビや配信のドラマに目を向けているようだ。長い時間をかけてひとりのキャラクターを演じられることに魅力を感じるとのことである。近年はテレビと配信から優れたドラマが多数出てきているし、かつてのように映画はテレビより断然上というハリウッド内の境界線は薄まってきた。1年に4、5本映画を作ってきたケイジにしたら、5話から7話程度の配信ミニシリーズや、1シーズン10話程度のドラマに出るのは、ロケ場所も安定するし、とくにきついということはないのではないか。

 長いキャリアの中で、彼は頂点もどん底も経験してきた。しかし彼はいつも働いてきたし、私生活でも現在は4番目の妻と幸せな家庭を築いている。家族との時間を大切にしていきたいという彼は、これからどんな仕事を選んでいくのか。また、どれくらい仕事をしていくつもりなのか。まずは幸せな60歳の誕生日と、アワードシーズンでの健闘を祈りたい。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「週刊SPA!」「Movie ぴあ」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイ、ニューズウィーク日本版などのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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