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突然の「氷川きよしさん活動停止発表」に、ある女性医師が思うこと

鎮目博道テレビプロデューサー・演出・ライター。
「ヒメクリニック」武藤ひめ院長(本人提供 マツバラミチヒサさん撮影)

歌手の氷川きよしさんが、1月21日に、今年いっぱいで活動を停止すると突然発表した。

「なぜ今突然」と驚きの声が各方面から上がっている。

そんな中、「紅白歌合戦で氷川さんは過度に演出されてしまったのではないか」と指摘する女性の医師がいる。愛知県名古屋市の繁華街・錦で「ヒメクリニック」の院長をしている武藤ひめさんだ。

武藤さんは2年前に、「紅白歌合戦でMISIAさんがレインボーフラッグを掲げる演出をしたこと」に異議を唱える文章を寄せてくださり、記事として紹介させてもらったことがある。関心のある方は読んでほしい。(「紅白・MISIAのレインボーフラッグ」に、ある女性医師が怒りを感じる理由)

そして今回武藤さんは、社会的性別を変えても過去の名前を名乗らなければならないご自身の状況や、医師として様々な方から相談を受けている立場から新たに「ジェンダーについて」の考えを新たに寄せてくれた。

その文章を、そのままこちらでご紹介したいと思う。メディアにおけるジェンダーの取り上げ方について、大切な問題提起になっていると思うからだ。

以下、武藤さんの文章である。

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ジェンダー平等ってなんだろう…

歌手の氷川さんの活動停止が報道された。

私は、2年前の紅白での「ジェンダーの問題を異様に演出した光景」に異議を唱えた。女性として生きたい人を、女性はしないような、いかにも男性が女性の格好をしていますとわかるように描いた紅白歌合戦の演出に、疑問しか持たなかった。

あれ以来、あたかも社会的性別を変えた方々を揶揄するような表現は、メディアからは消えていたと思う。

それでも、社会的性別を変えて生きようとした時、「以前の名前」という十字架を負わされたようになる。私も職業上では、医師として過去の名前を名乗らなければいけない。過去の名前で揶揄されることも多い、氷川さんの気持ちは、私など比べようもないくらい辛いものかも知れない。

今、日本もSDGsを宣言して、再生可能性の目標を掲げるようになった。ニュースやメディアでは、食品ロスや自然エネルギー、リサイクル問題ばかりがSDGsのように報じられている。

だけどSDGsは、社会全体の再生可能性のことで、目標5は、ジェンダーの平等だ。

日本では、女性の社会進出の低さばかりがクローズアップされる。国会議員の男女比や会社役員の男女比など、その女性比率が低いから日本は性的格差が大きいと説明される。

でも、このSDGsのジェンダーは、生まれ持った性別ではなくて、社会的にどのように生きているか?の社会的性別のことを示している。

なぜ?根底の性別の定義に触れないのか?

「ヒメクリニック」武藤ひめ院長(本人提供 マツバラミチヒサさん撮影)
「ヒメクリニック」武藤ひめ院長(本人提供 マツバラミチヒサさん撮影)

私は2年前、レインボーカラーに違和感を感じた。男性が好きな男性、女性が好きな女性、男性として生きる人、女性として生きる人、どこにも当てはまらない人、いろんな人がいるけど、なぜ?それが色分けされて、まるで特殊な性別や人格のように扱われる…色分けなんて必要がない。区別する必要もない。同じ社会生活を支える人間として、そこに差は何もない。男性も女性も関係ない…各個人の特徴や、良いところ悪いところ全て含めて、社会の一員として生活して、社会をより良い方向に向かうように貢献していくこと、それが本当のジェンダー平等ではないか?と思う。結局、男性と女性の比率で比べようとしている時点で、ジェンダー平等とは程遠いと感じる。

医師でもある私のところに、困り果てた方々から、相談がくる。

多種多様…自分の子供に「私のようになりたい」と言われたお母さんからの相談や、2年前の記事を見て、ご自身の気持ちをうやむやなままにしたくないと感じて社会的性別を変えた方々からの相談…

子供は何となく自分の違和感を感じていても、具体的にうまく表現することができなくて、「私のようになりたい」という言葉を選んだのかも知れない。だけど、それを親に打ち明ける時の葛藤は、その子の心に大きく刻まれるものになったかも知れない。

社会的性別を変更している子供達も私のところにきているけど、医療機関にきたとは感じさせたくない…私と少しお喋りしにきたくらいに感じて欲しいと思って接している。生まれ持った性別と社会的性別が異なることは病気ではないし、その子たちが、病気を抱えて生きているなんて気持ちは絶対に持たせたくない。まだ性別がよくわからないお子様たちには、お父さんお母さんにしっかり守ってもらえる間に思ったようにしてみたらどう?もし、違ってもお父さんとお母さんが守ってくれるから…そう伝えている。

このことには、社会人になった後に社会的性別を変更した方々からの相談をフィードバックさせている。いくら、会社がLGBTQフレンドリーとか、SDGsを掲げて、女性役員比率が高いとか公表しても、実際の社員同士の対個人の価値観や感覚まではコントロールすることはできない。多くの方が自主退職を選択して、その後の生き方に困窮する。どうやって自分なりの幸せを見つけたら良いか?そんな相談が多い。

子供たちからの相談に戻って考えると、その子たちが社会に出た時、社会は、その子達をそのままの社会的性別として受け止めるのか?そこには、まだまだ大きな壁があることになるんじゃないか?そんな心配を感じてしまう。センシティブな問題だから、みんな口にはしないけど、視線や行動、そんなちょっとしたことが、敏感にならざるを得ない当事者にとって打撃になる。

人ひとりひとりの価値観まで強制することはできないけど、社会への貢献度として、ジェンダーなんて意識せずに、その人そのものを誰もが評価していくようになれば、社会としてのジェンダーの平等にはなるんじゃないか?そんな風に感じます。

そこが不安定だから、社会的性別を変えた後の将来が想像出来なくなる…それが当事者にも、当事者のご家族にも大きな不安になるのではないでしょうか?

それは、仕事だけじゃなくて、恋愛や私生活の全てにおいてだと思います。

誰もみんな自分の将来が何も想像できなければ、不安に呑み込まれるでしょう…

社会的性別を変えると決めても、将来が想像出来ることがもっとも大事なことだと思います。

社会的ジェンダーを変えても、次の生活の夢が想像できることが、ジェンダー平等に必要なことだと思います。

「ヒメクリニック」武藤ひめ院長(本人提供 マツバラミチヒサさん撮影)
「ヒメクリニック」武藤ひめ院長(本人提供 マツバラミチヒサさん撮影)

テレビプロデューサー・演出・ライター。

92年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教を取材した後、スーパーJチャンネル、スーパーモーニング、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサーに。中国・朝鮮半島やアメリカ同時多発テロなどを取材。またABEMAのサービス立ち上げに参画。「AbemaPrime」「Wの悲喜劇」などの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、テレビ・動画制作のみならず、多メディアで活動。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルをライフワークとして研究。近著に『腐ったテレビに誰がした? 「中の人」による検証と考察』(光文社)

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