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「ロング・ショット〜」の美女と野獣カップルが“ありえる”ワケ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
次期大統領候補(C・セロン)と彼女の演説ライター(S・ローゲン)の恋はいかに?

 今の時代にしっくり来る恋愛映画が、やっと生まれた。3日(金)に日本公開となった「ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋」が、それだ。

 この映画で恋に堕ちるのは、絶世の美女シャーリーズ・セロンと、下品なジョークがお得意のセス・ローゲン。その不釣り合いぶりを強調するように、役柄の設定も、セロン演じるシャーロットは次期大統領を狙う国務長官、ローゲン演じるフレッドは失業中のジャーナリストとなっている。

 まったく違う世界に住むふたりをつなぐのは、学生時代、シャーロットがフレッドのベビーシッターをしていたことがあるという過去だ。そんなことはどちらもすっかり忘れていたのだが、あるパーティで偶然に再会、ユーモアの欠如が悩みだったシャーロットは、フレッドをキャンペーン演説のライターに雇うと決める。やがてふたりが恋愛関係になると、周囲は、フレッドのようなパートナーは選挙において大きなイメージダウンになると猛反対するのだった。

 言ってみれば、これは男女をひっくり返した「プリティウーマン」。実際、映画の中にもあの映画のタイトルは出てくるのだが、ジョナサン・レヴィン監督は、「カットしてしまったけれども、『プリティウーマン』がらみの会話は、もっとあったんだよ」と明かす。

「とは言っても、最初からあの映画を意識していたわけではなく、脚本の書き直し作業が3分の2ほど進んだ頃に共通点に気付いて、それを受け入れることにしたんだよね。シェイクスピアにしてもそうだが、古典的ストーリーというのは、どうしても基盤になりがち。だが、リチャード・ギアが若い売春婦を見初めた頃に比べて、男女間における政治は、すごく進化した。僕らは、そんな状況を描いているんだよ」(レヴィン)。

フレッド(セス・ローゲン)は、勤める会社が買収されたことに反発して突然退職。そんな時、昔あこがれていたシャーロットに再会する
フレッド(セス・ローゲン)は、勤める会社が買収されたことに反発して突然退職。そんな時、昔あこがれていたシャーロットに再会する

 レヴィンより先にこのプロジェクトにかかわるようになったセロンとローゲンにとっても、今の時代を反映することは、非常に大事だった。そのために、ふたりは5年もかけて脚本を練り直しているのである。ここまで時間をかかったのは、主に売れっ子のふたりのスケジュール調整が難しかったからなのだが、その間に、このような男女の関係を描く恋愛映画がほかに出てこなかったのは、セロンに言わせれば、「ハリウッドが現実より遅れている」ことの証拠だ。

「今の世の中には、女性のほうが成功しているカップルがいくらでもいる。この映画を作る中で、私とセスが『実際にはありえないけれど』なんて言ったことは、一度もなかったわ。ロマンチックコメディというジャンルは、その時代の人間関係を語るのに、とても適したジャンル。なのに、映画は20年ほど前の状態ばかり見せるから、観客がピンとこないと感じるのよ」(セロン)。

 成功者を陰で支える側にも焦点を当てられるのも、今作のユニークなところだ。「そういう人たちの存在も、認められるべき。往々にして、それは女性の役割だったが、この映画では男がやるのさ」とレヴィン。裏に回ることは、男にとってそう簡単ではなく、「彼女を素直に支えてあげられるようになるために、フレッドは男のエゴを捨てなければいけないんだ」と、ローゲンは、そこにもリアリティがあることを強調する。

若い頃には高い理想を掲げていたシャーロット(シャーリーズ・セロン)は、選挙に勝つために妥協を強いられていく。そんな政治の現実もまた描かれる
若い頃には高い理想を掲げていたシャーロット(シャーリーズ・セロン)は、選挙に勝つために妥協を強いられていく。そんな政治の現実もまた描かれる

 しかし、表に立つ女性には、もっと大きな障害がある。恋も仕事もと息巻いても、キャリアゴールを高く掲げるほどそれは達成しづらくなっていくというのが、女性にとっての現実なのだ。

「『この男性のために、自分の中にまだ潜むかもしれない可能性を活かせなくなってもいいの?そちらを選んだら、自分の人生はどうなるのかしら?』と葛藤したことは、私自身にも経験があるわ。そんな人生の分かれ目を、私も乗り越えてきたの。この映画で、シャーロットは、まさに同じことに直面するのよ」(セロン)。

 シャーロットは、男のためにキャリアをあきらめることはしない。そういう映画にしたことを、プロデューサーでもあるセロンは、心から誇りに思っているという。

「恋愛物語では、『本当にその人を愛しているなら、女性はすべてを捨てられるはず』というのがつきものだった。でも、それは真実ではない。そういうメッセージは、世の中にとってヘルシーでもないわ」。

 このカップルは、「ありえる」だけでなく、もっとあってもいいのだ。

場面写真提供:Lionsgate

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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