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年内に振り返りたい「渋沢栄一と資本主義」

安藤光展サステナビリティ・コンサルタント
(提供:イメージマート)

■2024年の“顔”といえばこの人です

2024年も「サステナビリティ」や「SDGs」「ESG(環境・社会・ガバナンス)」というワードを、メディアや通常業務の中で見聞きした方も多いのではないでしょうか。2025年も関連法制の施行が予定されており、引き続きビジネストレンドとして続きそうです。

サステナビリティ経営の専門家として、個人的な2024年のトレンドでいえば間違いなく「渋沢栄一」がトップに入ります。2024年7月3日には紙幣改刷があり新しいデザインの1万円札の“顔”が渋沢栄一に変更になりました。2021年にNHKの大河ドラマの主人公となったのもあり、ここ数年で一般認知も高まったのではないでしょうか。渋沢栄一は「日本資本主義の父」などと呼ばれ、生涯にわたり約500の企業を育てあげ、また約600の社会公共事業にも関わった人物です。ビジネスパーソンには「『論語と算盤』の人」のほうが馴染みがあるかもしれません。

しかしです。実は、渋沢栄一は「日本資本主義の父」と称されるわりには、自身では資本主義という表現はあまり使っていません。近い表現としては「合本主義」という考え方があります。合本主義は「公益を追求するという使命や目的を達成するのに最も適した人材と資本を集め事業を推進させる考え方」と定義されています。2020年前後からの世界的な流れである「ステークホルダー資本主義」なども合本主義に近いです。

このあたりはわりと知られていない(そもそも興味がある人が少ない?)話だと思うので、本稿で「渋沢栄一と資本主義」についても少し解説いたします。

■渋沢栄一と資本主義

少し『論語と算盤』の紹介もさせてください。『論語と算盤』は、論語(道徳・倫理)と算盤(ビジネス)のバランスの重要性を説いた名著の一つで、出版されたのは100年以上前なのですが、今でも発売・増刷されているベストセラーの一つです。

本書は、企業経営の指南書というよりは人にフォーカスした自己啓発本のような側面があります。資本主義等の経済論はほとんどなく、人としてどうあるべきかを問う話がほとんどです。「日本資本主義の父」と言われているのはあくまで形容の話で、むしろ資本主義には課題があるという思想が反映されています。渋沢栄一としては、資本主義の発想を軸にはするけど、もっと商業道徳を考えた方がいいのではないか、という、社会や倫理観のない商慣習に怒りさえ感じている内容です。

で、私が本書を読んで感じるのは、渋沢栄一が目指す資本主義とは、前述した「ステークホルダー資本主義」的な発想ではないか、という点です。ステークホルダーとは利害関係者のことです。企業におけるステークホルダーとは、株主・投資家をはじめとして、顧客・従業員・調達先・地域社会などを指します。日本では「顧客第一主義」のような標語を掲げる企業もありましたが、ステークホルダー資本主義とはまさに、すべてのステークホルダーに利益に資する事業活動および主義主張を指します。この発想は、いわゆる「3方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」の考え方に近いものです。

■中庸と信

では、多くのステークホルダーに配慮した企業経営を行っていくにはどのような考え方が必要なのでしょうか。書籍『論語と算盤』の中から注目すべき考え方をいくつか紹介します。

本書には「中庸(ちゅうよう)」という概念が出てきます。孔子の『論語』由来のものですが、中庸はわりと聞いたことがある人が多いと思われます。中庸とは「(極端にならず物事の)真ん中」を指すように思いますが、中庸の本質は「バランス」であると感じました。中庸とは単なる真ん中ではなく「ベストポジション」が最も近い解釈のようです。極端によらなければいいかというとそうでもなく、仮に真ん中ではなかったとしても、バランスを考慮したベストポジションであるならばそれは中庸と言えるでしょう。

様々なステークホルダーの利益に資する活動をサステナビリティ推進活動とも言いますが、これも極めて簡易に言えば中庸(バランス)の話です。社会性と経済性、現在と未来、などさまざまな矛盾する概念のバランスを見極め対応することこそが、多くのステークホルダーに資する企業経営である、という考え方です。

あともう一つ。「信」も紹介します。本書では「事業において最も重要なのは『信』である。この『信』の一字を守ることこそが実業界の基盤となる。」という話があります。そしてこの「信」とは商業道徳でそのものである、としています。それに続く概念として「義利合一」(義理合一)という考え方ができています。簡単にまとめますと、義(義理/信念)と利(利害/事業)を掛け合わせようとするものです。社会正義のために事業に道徳を組み込みステークホルダーを豊かにする、という方向性を示すものです。こちらの考え方もステークホルダー資本主義に近いスタンスのように思います。

私は経済学者ではないので、資本主義とは何かという話はここでは割愛しますが、様々な社会的要請から改めて渋沢栄一的思想の新しい資本主義が求められているように思います。

■まずは読書から

2024年に渋沢栄一はさらに有名になったというか、その思想が広がった年になったと思います。『論語と算盤』は100年前の書籍ですから、現代の経済理論や企業経営手法には必ずしも合わない部分もありますが、多くのビジネスパーソンに気付きを与える良書だと思います。年末年始の読書にいかがでしょうか。

2024年に渋沢栄一の名前が多くのメディアで取り上げられ、今後の一万円札の顔として何年も日本人(と訪日客)の目に触れるわけですから『論語と算盤』の思想も広がるだろうなと淡い期待を持ちつつ、2024年の学びを2025年に活かしていきたいと思った今日このごろです。

■参考文献

・渋沢栄一(2008)『論語と算盤(角川ソフィア文庫)』KADOKAWA

・守谷淳 訳(2024)『詳解全訳 論語と算盤』筑摩書房

・渋沢健 監訳(2021)『超訳版 論語と算盤』ウェッジ

渋沢栄一記念財団Webサイト

サステナビリティ・コンサルタント

サステナビリティ経営の専門家。一般社団法人サステナビリティコミュニケーション協会/代表理事。法政大学イノベーション・マネジメント研究センター/客員研究員。著書は『未来ビジネス図解 SX&SDGs』『創発型責任経営』ほか多数。国内上場企業を中心に15年以上サステナビリティ経営支援を行い、またテレビ、新聞、週刊誌、ニュースメディア等でも解説を多数担当。

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