成長のための資本は起業のための資本と全く異なる
成長資本とは、起業が成功した後、次の成長段階に必要な経営資源を得るために投下される資本ですが、どのように調達されるべきか、また、企業価値担保融資は使えるのか。
階段状の成長軌道
事業の成長軌道は階段状になっていて、ある一つの踊り場から次の踊り場に上がるには、その踊り場に固有の経営資源の配置が求められます。例えば、起業は、平地から最初の踊り場に上がることで、それに固有の最適な経営資源の配置を必要としますが、多くの場合、その同じ経営資源の配置によっては、もう一つ上の踊り場に上がることはできないのです。
経営者の備えるべき要件にしても、起業に抜群の能力を発揮する人は、次の更なる成長段階の担い手としては、必ずしも最適とはいえないわけで、起業家にして、自己評価に冷静であるのならば、起業終了後は、別の最適な人材に事業の次の成長を委ねるはずです。
ベストオーナー論
真に優れた経営者は、自分の野心の視点ではなく、事業のステークホルダー、即ち、顧客、取引業者、従業員などの利害関係者の視点において経営判断をします。そもそも、事業の成長はステークホルダー全体の経済厚生の増大の結果にすぎないのですから、ステークホルダーの視点に立脚することは事業経営の基本なのです。ベストオーナー論とは、こうした意味における事業の成長について、成長の各段階に最適な事業の所有者がいるはずだというものです。
起業家は、事業の所有者として起業し、起業が成功する限りにおいて、起業段階における事業のベストオーナーであったことを立証するのですが、成長の次の段階に至るとき、冷静な自己評価に従い、もはや自分がベストオーナーではないと判断するときは、別のベストオーナーである企業等に事業を譲渡します。こうして事業譲渡代金を得た起業家は、その資金をもとに、次の起業を行うか、あるいは投資家としての別の人生を歩むわけです。
成長資本
優秀な起業家ならば、起業成功後の次の成長段階における新たな経営資源の必要性について、明瞭な展望をもち、それらを調達して有効に稼働させるための事業戦略も、それを実行する能力も備えているでしょう。また、次の成長段階を達成すれば、事業価値が飛躍的に高くなって、事業譲渡額が大きくなるという利益誘因も働くはずです。そこで、次の成長段階に挑戦するとき、最初に直面する問題は、新たなる資金調達です。
起業段階においては、事業の将来に関する不確実性が著しく大きいので、その大きな不確実性を吸収できるだけの資本を充実させるために、株式の発行によって資金調達されます。起業が成功し、次の成長段階に必要な経営資源を調達するために、新たな資金調達がなされるとき、その調達資金は、成長資本、片仮名ではグロースキャピタル(growth capital)と呼ばれます。
資本と負債の最適な組み合わせ
成長資本は、資本とはいいますが、事業の不確実性は起業段階よりも低下しているので、必ずしも株式の発行によって調達される必要はなく、多くの場合、事業は黒字化しているので、負債によっても調達され得ます。しかし、負債調達とはいっても、依然として事業の不確実性は高く、また、担保に供し得る資産もないのが普通ですから、金融技法上の高度な工夫が求められるわけです。
成長資本の問題に限らず、一般論として、高度な工夫をすれば負債調達も可能な状況において、安易に株式を使った資金調達をすれば、利益の希薄化によって、株主の利益に反することになり得ます。また、逆に、高度な工夫の名のもとで、負債の設計を誤れば、経営破綻の可能性を生じさせて、やはり、株主の利益に反することになり得ます。故に、この相反を解くことこそ、金融の技法の本質的論点になるのです。
債権者と株主の共通利益
金融に限らず、全ての商取引において、取引当事者間の共通利益の創造は必須の要件であって、そもそも、当事者間の共通利益がなければ、取引は成立しません。企業が負債調達を行うときも、債務者の企業は資金調達の必要性を充足させ、債権者は金利収入を得るのですから、そこには共通利益があり、同時に、企業の利益と損失は、そのまま株主の利益と損失なので、債権者と株主の共通利益があるわけです。
ただし、常態においては、自然に共通利益が成立しても、債務不履行の可能性等の常態を逸れた事態においては、債務の設計に適切な工夫をしておかないと、共通利益に反した事態が生じ得ます。金融の技法とは、事業の業況が良い方向に、あるいは悪い方向に逸脱するときに、債権者と株主の共通利益を確保できるように、債務の設計を適切に行うことに帰着するのです。
成長資本の設計
例えば、ローン債権の設計において、弁済の優先順位を二階層に区分し、上層は通常のローン債権とし、下層は上層に劣後したローン債権とすることが考えられます。債務不履行等の事象が生じたとき、発生し得る損失は先に劣後ローンに充当されるので、劣後ローンの金利は、その危険を反映して、高く設定されるわけです。
債務者にとって、金利の高いことは不利益のようですが、業況を改善することで、早期に弁済して通常のローンへの借換えを行う方向へ動機付けられる点が重要なのです。実際に劣後ローンを弁済できれば、債権者にはローン債権の質の向上によって、債務者には業況の改善によって、双方に共通利益が創造されるわけです。
不幸にして業況が悪化して、債務不履行等の事象が生じてしまったときは、劣後ローンを株式に転換できる約定になっていれば、債権者は株主と同じ立場になりますから、必然的に、最大の株主である起業家の経営者と協働して共通利益を創造することになります。しかし、そもそも、ローンの株式転換は、大株主の経営者にとっては利益の希薄化として、債権者にとっては債権の劣化として、共通不利益なので、そうした事態を回避すべく、両者は常に協働するはずなのです。
メザニン
メザニン(mezzanine)という用語は、建築では、建物の中二階のことですが、金融では、株式を一階、通常の債権を二階に見立てたうえで、その中間にある劣後ローン等の総称として使われています。メザニンには、劣後ローンのほか、優先株式、転換社債など、様々に異なるものがあって、状況に応じて最適な設計がなされます。メザニンは、資本性を有することから、多くの場合、事業構造改革や事業再生などに関連した資本増強に使われますが、成長資本にも利用され得ます。
企業価値担保権
現在、国会で審議中のものに、「事業性融資の推進等に関する法律案」があります。事業性とは、企業が現金を創出する基盤のことで、動産、不動産、知的財産等の無形資産、人的資本などの不可分な統合体です。法案では、この統合体を企業価値と定義し、新たに企業価値担保権を創出するとしています。
法案の仕組みでは、債務者は、設定者として、企業価値を特別の信託会社に信託し、債権者が受益者になります。企業価値担保権が行使されるとき、信託会社は、事業を第三者に譲渡し、その譲渡代金から債権者に弁済し、債権額を上回る残余があれば、債務者に還付するわけです。
成長資本としての企業価値担保融資
企業価値担保権は、行使され得る状況では、債務不履行等が生じていて、企業価値は崩壊寸前ですから、行使されない前提で設定されるのであって、その用途は、担保ではなく、事業譲渡の円滑化にあると考えられます。当然のことながら、事業譲渡は、担保権の行使によってではなく、債務者の判断により、経営状況の最もよいときに、最も有利な条件でなされるはずです。
起業家が成長資本を調達するとき、将来の事業譲渡が視野に入っているので、企業価値担保融資は、非常に便利な道具になる可能性があります。もちろん、事業譲渡価額が融資額の数倍にならなくては、成長資本としての意味はないわけです。