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誤射事件のアレック・ボールドウィン「自分が金を払ういわれはない」。責任逃れに非難集中

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

 主演映画「Rust」のロケ現場で死亡事故を起こしたアレック・ボールドウィンが、自己弁護の姿勢をますます強めている。プロデューサーでもあるボールドウィンは、彼が構える銃で打たれて死亡した撮影監督ハリナ・ハッチンスの夫マット・ハッチンスや、現場にいたクルーから複数の訴訟を起こされているが、今度は彼が「責任はすべて映画のプロダクション会社にある」と、裁判所に仲裁を申し立てた。

 その文書の中で、ボールドウィンは、自分には賠償金はおろか弁護士代を払ういわれもないと、それらをプロダクション会社ラスト・ムービー・プロダクションズが払うよう要求しているほか、事故直後は良い関係にあったのに最近になって自分に対する態度を変えたマット・ハッチンスのことも批判。また、事故が起きたのには、ハリナ・ハッチンスのせいもあるかのようにも述べている。

 ボールドウィンは、つい先週も、ボルダー映画祭に出席した折りに、「Rust」をめぐる訴訟は「責任はあるが金はない人に対してではなく、責任はないが金はある人に対して起こされている」などと語って論議を呼んだばかりだ。そこへきての新たな責任逃れの主張とあり、ソーシャルメディアには、彼に対する批判コメントが多数投稿されている。

「咎められるべきは自分ではない」と主張

 ここでもう一度、事故の様子を振り返ってみよう。その悲劇が起きたのは、昨年10月21日、ニューメキシコ州サンタフェ郊外。低予算のこの映画に武器責任者として雇われたのは、経験が非常に浅いハンナ・グテレス・リードという名の24歳の女性だ。ボールドウィンが使う銃の管理をするのは彼女の役割だったが、この日の現場である教会のセットは狭いため、リードは中に入れず、彼女が用意した銃をデイヴ・ホールズという助監督が受け取り、彼がボールドウィンに渡した。渡す際、ホールズは「コールドガンです」と言っている。「コールドガン」とは、空の銃のことだ。

 これから撮ろうとしているのは、ボールドウィンが銃を引き抜いて構えるシーン。ハリナ・ハッチンスと監督のジョエル・ソウザは、ボールドウィンに実際に動きをやってもらいながら、どうカメラでとらえるべきかを決めようとしていた。そんな中で、突然、ボールドウィンが手に持っていた銃が発射され、ハリナ・ハッチンスを直撃、続けてソウザにも当たったのである。ハリナ・ハッチンスは運ばれた病院で死亡。ソウザも肩を負傷したが、すぐに退院した。

 後にわかったのは、「コールドガン」であるはずの銃には実弾が入っていたということ。撮影現場に実弾があること自体ありえない。それに、たとえ何らかの理由で紛れ込んだとしても、安全のためのプロトコルが守られていれば、こんなことが起きるはずはなかったのである。

 ボールドウィンは、裁判所に提出した文書の中で、「明確なことはふたつある。ひとつは、咎められるべきはボールドウィンではなく、実弾を入れた人であること。ボールドウィンは俳優である。実弾が入っている銃について『コールドガンです』と言ったのは、彼ではない。銃に弾を入れたのも、彼ではない。弾を購入したのも、彼ではない。現場の安全に責任を持つのも、彼ではない。弾を提供する人や銃をチェックする人を雇ったのも、彼ではない。彼は映画の小道具に一切かかわっていない。それらの仕事はすべて別の責任者のものだった」などと、この一連の出来事に責任がないと主張している。また、彼はプロデューサーのひとりではあるものの、あくまでクリエイティブ面におけるプロデューサーであるとも強調。予算や資金面は彼が関係するところではないが、少しでも予算が増えるよう、わざわざ自分のギャラを削ったりもしたと、「良い人」アピールもしている。

 さらに、「10月21日はアレック・ボールドウィンの人生においても最悪の日だったのだ。この日の出来事を彼は一生忘れられないだろう」「世の中にはあらゆるセルフヘルプ本があるが、事故で誰かを殺してしまった人のための本はない」と、自分の苦しみについても述べた。その中では、「もし自分がその立場だったらと考えることをしない」と、世の中の人々のことも責めている。

水面下で遺族に和解のオファーをしていた

 銃が発射された時の状況について、ボールドウィンは、自分はハッチンスが求めることをやってみせていたにすぎないと述べる。「これだと低すぎますか?」「これなら見えますか?」「銃をコックしてみましょうか?」などと彼女に聞き、その通りにやっていただけだというのだ。ハリナ・ハッチンスに銃を向けたのは、彼女がそう言ったからだとボールドウィンは述べる。しかし、ふたりが空だと信じていたその銃には、実弾が入っていたのだ。ここでもボールドウィンは、スクリプト・スーパーバイザーから「あなたには何の責任もありませんよ。わかっていますよね?」と言われたことに触れ、現場にいた人ならわかるのだと示唆している(そのスクリプト・スーパーバイザーは、それからまもなく、ボールドウィンを含むプロデューサーやプロダクション会社を訴訟した。文書は、そのことについても皮肉なニュアンスを込めて触れている)。

 文書はさらに、ボールドウィンがいかに遺族を思いやっていたのかを、テキストメッセージをいくつも貼り付けつつ、強調している。マット・ハッチンスの弁護士がボールドウィンに「直接連絡を取らないでください」と言ってきても、ふたりはコミュニケーションを取り続けたほどだった。

 そんな中で、ボールドウィンは、彼に和解の条件をオファーしていたという。本来これはクリエイティブ面のプロデューサーである自分ではなく、別のプロデューサーがやるべきことなのだが、ほかが動かないので自分がやったとのことだ。またボールドウィンは、収益を息子さんに差し上げるためにも「Rust」を完成させようと、出演者たちに現場への復帰を呼びかけていたと明かす。やるなら早くやらないと、子役が育ってしまって無理になるため、マット・ハッチンスからできるだけ早く合意をもらおうと、ボールドウィンは1月に2度、直接電話をかけた。だが、最初の答は「詳細を見た上で検討したい」。2回目は、もっと歯切れが悪かった。

 と思っていたら、先月、マット・ハッチンスと息子の連名で、ボールドウィンに対する訴訟が起こされたのだ。彼らによる訴状には「嘘の供述がたくさんある」と、ボールドウィンは文書で述べているが、具体的にどこが嘘なのかの記述はない。マット・ハッチンスがその後、テレビに出演してボールドウィンへの怒りをあらわにしたことについても、「それまでの彼は礼儀正しく、優しい人だった。あの番組に出たマット・ハッチンスは、一度も見たことがない人のようだった」とボールドウィンは違和感を述べる。さらに彼は、マット・ハッチンスがそのような敵意のある行動に出たせいで、ハリナの人生を讃えるためにも「Rust」を完成させようという自分の努力は砕かれてしまったのだと批判した。

ソーシャルメディアには「恥知らず」など厳しいコメントが

 この文書を読んだマット・ハッチンスの弁護士は、「恥を知らないのか」とボールドウィンを非難している。それには世間の多くの人々も同感だ。ソーシャルメディアには、「ハリナが死んだのは彼女自身のせいで、自分のトラウマに対しては誰も思いやりを見せてくれないって?恥知らずじゃ済まないね」「今度は被害者を責めるの?最初は小道具の銃で、次は自分が殺した女性?この人、早く刑務所に入れて」「アレック・ボールドウィン、あなたは撮影現場で人を殺したの。夫と子供がいる若い女性を。彼女はその前にも現場の安全に不安を感じていた。自分の行動に責任を持って。ナルシシストはやめて」など、厳しいコメントが多数見られる。

 ボールドウィンは大のトランプ嫌いで、「Saturday Night Live」でトランプを演じてはバカにしたことから、トランプや共和党支持者がこの時とばかりに彼を叩いていることも、もちろんあるだろう。しかし、事件の直後はボールドウィンに同情していたのに、その後の彼の行動を見て、少しずつ考えが変わっていった人もいるのはたしかだ。ツイッターには「私はアレック・ボールドウィンが好きだったのに、がっかり」というようなコメントも見られる。また、ある人は、「少しでも品位があれば、アレック・ボールドウィンは、あの事件の後、沈黙を守って人前に出ないようにしたことだろう。でも、彼はそうしなかった」とツイートしている。

 そのように自ら騒ぎを大きくしているボールドウィンとは対照的に、サンタフェ警察は黙々と事件の捜査を進めている。ボールドウィンは、「刑事事件として自分が起訴されることはない」とインタビューで自信を見せていたが、警察から携帯電話の提出を求められても、長いこと渋っていた。捜査には全面的に協力すると言っていた彼は、なぜそのことに抵抗を示したのだろうか。

 捜査の結果が明かされた時、そこには誰も知らなかった新事実があるのかもしれない。そこから事件はどんな方に向かうのか。そしてその時、ボールドウィンは、果たしてどんな反応をするのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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