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8年目突入のシリア紛争!終わらぬ戦いの主軸は「独裁政権+ロシア」vs反体制派。 【代理戦争】ではない

黒井文太郎軍事ジャーナリスト
アサド政権とロシア軍の猛攻撃が続く東グータ。人々は地下壕に避難しているが被害続出

一般住民の死者の85%がアサド政権側による殺戮

 この3月、中東シリアの紛争は8年目に突入しました。この間、どれほどの人が殺害されたかというと、もっとも現地情報を集積している在英NGO「シリア人権監視団」によれば、全部で約51万人と推定されるということです。もともとの人口が約2200万人の国ですから、凄まじい死者数といえます。

 同監視団によると、死者推定51万人のうち、身元・死因が特定された犠牲者は約35万4000人。その他に、アサド政権に捕まって刑務所内で殺害されたと推定される行方不明者が約4万5000人、それ以外の不明者が約1万2000人います。同監視団では、それ以外にも同監視団が把握できていない犠牲者を概算で約10万人規模と見積もっており、それで犠牲者総数を約51万人と推定しています。

 身元・死因が判明している死者約35万4000人のうち、一般住民の犠牲者は10万6390人ですが、そのうちアサド政権側(民兵・外国人傭兵含む)に殺害された人数は約8万3000人に上ります。ロシア軍の空爆で殺害された住民は約7000人なので、アサド政権=ロシア同盟軍が殺害した住民の数は計およそ9万人。つまり、身元が判明している一般住民の犠牲者の約85%が、アサド政権側に殺害されたことになります。

アサド政権とロシア軍の凄まじい戦争犯罪

 なお、この統計は3月12日の発表ですが、それ以降も、シリアでは凄まじい殺戮が続いています。同監視団によれば、一般住民の死者は3月12日が40人、13日が38人、14日が65人、15日が23人、16日が139人、17日が51人、18日が19人となっています。

 とくに被害が大きいのは、首都ダマスカス東部の東グータ地区、シリア北西部のイドリブ県、北西部トルコ国境地域のアフリン地区です。住民被害をもたらしている原因は、東グータ地区とイドリブ県の場合はアサド政権軍とロシア軍の攻撃であり、アフリン地区ではトルコ軍と親トルコ系反体制派による攻撃です。

 いずれも一般住民の巻き添え被害を一顧だにしない苛烈な爆撃ですが、これらはもちろん民間人攻撃を禁じる国際法に違反した「戦争犯罪」です。とくに東グータ地区とイドリブ県では、アサド政権とロシア軍は故意に医療施設や救助団体、あるいは市場などを狙っており、きわめて悪質といえます。

化学兵器や焼夷弾が多用されている「住民もろとも殲滅」作戦

 なかでも悲惨な状況にあるのが、2013年からアサド政権軍に封鎖されている東グータ地区です。反体制派エリアに約40万人が暮らしており、他の地域と同様に、昨年5月にはアサド政権の後ろ盾であるロシアの主導で設定された「緊張緩和地帯」とされましたが、その後もアサド政権とロシア軍による攻撃は一向に収束することはなく、それどころか昨年11月半ばから無差別攻撃が激化しました。これまでの4か月間で1万7500発もの爆撃(うち約6200発が樽爆弾などの空爆)があり、約2000人の住民が殺害されました。

 このうち特に激しくなったのは今年2月中旬からで、2月18日~3月18日の1か月間の住民の死者は1435人。2月24日に国連安保理で30日間の停戦を呼び掛ける決議が採択されてからだけで、900人以上の住民が殺害されています。とくにアサド政権は住民を標的に化学兵器(塩素ガス)や焼夷弾などを多用していますが、これもきわめて悪質な戦争犯罪です。

 東グータ地区の惨状に、国連や国際赤十字などが緊急人道援助物資の搬入を試みようとしていますが、アサド政権はそれを妨害しています。何日も経った後にやっと認めた際にも、物資の中から医療品を没収していますし、さらに物資搬入中に爆撃を強化して作業を中断させたり、援助物資そのものを爆撃で焼き払ったりという暴挙を繰り返しています。

 現在、アサド政権は一部の回廊を開けて、一部の住民の脱出を認めましたが、その脱出の最中にも爆撃を強化しており、多くの住民はいまだに脱出できない状況にあります。脱出できた住民には、カメラの前でアサド政権賛美を強要した後、強制的に移送しています。その際、青壮年層は別に拘束していずこかに連れ去っていることが目撃されています。今回と似たケースだった2016年12月の東アレッポ攻撃の際には、脱出した住民のうちの青壮年層に、そのまま拷問・処刑されたり、強制徴兵されて最前線に送られたりした例が続出しましたが、今回の東グータでも同様のことがおそらく行われるでしょう。

シリア紛争を正しく理解するためのキーポイント

 シリア紛争はなぜかくも悲惨で、それが長きにわたり継続し、一向に終息する気配がないのでしょうか? 日本ではシリア紛争の報道自体が少ないですが、背景が複雑なために、一部で誤解されたメディア解説を散見します。シリア問題を正しく理解するためのキーポイントを、いくつか指摘しておきます。

▽シリア紛争は「代理戦争」ではない

 シリア紛争には多くの外国が介入しています。ロシア、イラン、トルコ、アメリカがメインで、他にもカタール、サウジアラビア、イスラエルなどがあります。国ではないですが、レバノンのシーア派組織「ヒズボラ」、あるいはイラクのシーア派民兵組織、アフガニスタンのハザラ人傭兵なども戦闘に参加しています。これらの3グループはいずれもイランの資金で、イラン特殊部隊の指揮下で動いています。

 これら各国はそれぞれ思惑が違い、それぞれの都合で介入しています。そのため、シリア紛争はシリア人だけの問題ではなく、国際的な紛争の面があります。

 ただし、それを拡大解釈して「シリア紛争は外国勢力の代理戦争と化した」と解釈するのは間違いです。今年1月からは、トルコが本格的にシリア北西部の国境地帯に軍事侵攻しており、そこではトルコ軍VSクルド部隊という新たな戦争が始まっていますが、それはシリア紛争全体でいえば派生的・部分的な戦争であり、シリア紛争の本筋は今でも「アサド独裁政権VS反体制派」です。

主戦場の趨勢を左右するほど大規模介入しているのはロシアだけ

 その主戦場において、戦争の趨勢を左右するほど大規模に介入しているのはロシアだけです。2015年に反体制派の攻勢でアサド政権が劣勢に回り、政権維持も危うくなってきたまさにその時、同年9月からロシアが大規模な軍事介入に踏み切り、猛烈な空爆を住民もろとも反体制派に加えて攻守を逆転させました。このロシアの大規模介入には、同じくアサド政権を支えてきたイランが全面的に協力しましたが、アサド優勢の最大要因はやはり何といってもロシア軍の存在でしょう。

 こうして確かにロシアはアサド政権を手駒に大規模介入しているといっていいですが、代理戦争というと、対する反体制派も外国の駒として使われているイメージになってしまいます。しかし、前述した最近のトルコの侵攻作戦のケース以外では、現実はそうではありません。

 シリアの反体制派は雑多な小グループが林立している状態で、その中にはアメリカ、トルコ、カタール、サウジアラビアなどの支援を受けているグループもありますが、その支援レベルは、アサド政権に対するロシアやイランの支援とは比べものにならないほど微々たるものでしかありません。

 米軍はIS討伐戦では有志連合軍として大規模な空爆作戦を行ない、クルド部隊を強力に支援しました。現在もIS復活やトルコ軍とクルド部隊の戦闘激化の防止、そしてアサド政権のクルド部隊制圧地域への進出を防ぐためにシリア東部に部隊を残していますが、あくまで対IS戦の延長での活動であり、対アサド政権で軍事介入はほとんどしていません。米軍がアサド政権軍を攻撃したのは、昨年4月にアサド政権が化学兵器サリンを使用して住民を殺戮したことに対する報復措置として、アサド軍空軍基地を巡航ミサイルで攻撃したときや、今年2月に米軍と連携するクルド部隊が急襲されてそれに反撃したときなど、ほんの数えるほどしかありません。

 つまり、シリア紛争は代理戦争ではなく、本筋はあくまで独裁政権と、抵抗する反体制派の戦いであり、メインの構図としては「【アサド政権+ロシア軍】VS【反体制派】」の戦いなのです。

▽「アサド政権+ロシア」の攻撃対象はテロリストではなく反体制派

 アサド政権は「イスラム過激派のテロリストと戦う」と一貫して主張していますが、これはアサド政権が独裁体制維持のために考案し、推し進めてきた宣伝工作そのものです。

 実際、アサド政権は、2011年に民主化運動が始まるとまもなく「反体制運動の中心にはイスラム過激派(当時はモスレム同胞団の名前を持ち出していた)がいる」「彼らはスンニ派の過激派であり、アラウィ派やシーア派、キリスト教徒は皆殺しにされる」との宣伝工作を開始しました。それと同時に、収監中だったイスラム過激派を大量に釈放し、イスラム勢力が過激化することを画策しています。「世俗派VSイスラム過激派」という構図を作るためです。

 その後、2014年にISが台頭した後も、対IS戦は実際にはほとんど行わず(首都へのアクセスルートにあるパルミラや、油田地帯に近い東部のデルゾール県などを除く)、反体制派攻撃に専念。ISと反体制派が戦った際には、ISを側面支援までしています。

 2015年に軍事介入したロシアも、イスラム過激派への攻撃を口実にしていましたが、実際にはISへの攻撃はアリバイ程度にほんの少し実施しただけで、ほとんどは反体制派エリアへの無差別空爆に終始しました。アサド政権もロシア軍も、実際には一貫して反体制派を攻撃してきました。彼らの方便では、反体制派=テロリストという理屈ですが、実際には彼らは反体制派どころか、反体制派エリアに居住する住民までも「テロリスト」だと言って攻撃しています。

 ロシアはシリア国内では、アサド政権とともに戦争犯罪を続けている共犯者に相当します。今回の国連安保理の30日間停戦要請にロシアが同意したことで、アサド政権だけの暴走とみる向きもあるようですが、すでにアサド政権はロシアに命綱を握られた状態であり、自らの権力が危うくなるような局面にでもならなければ、ロシアの命令に逆らえません。

 現に、東グータではロシア軍による攻撃もたびたび目撃されています。ロシア自体、最初から人道的理由で停戦する気などないのは明らかです。

 実際のところ、アサド政権とロシアは、自分たちが悪辣な戦争犯罪をしていることは自覚しているようです。したがって、自分たちの戦争犯罪が追及されるのを避けるため、かねてイスラム過激派との戦いに見せかけることで独裁維持を正当化しようとしたり、アメリカなど外国の介入を誇張して代理戦争に見せかけたりするなど、プロパガンダ工作を盛んに行ってきています。

 そのような虚構の構図は、実際にアサド政権やロシアがどういう行動をしているかを見れば、虚構であることが一目瞭然です。

▽シリア紛争は「人道危機」

 シリア問題は、大国ロシア復活の野望の最前線であることや、中東地域の安定の問題、イスラム過激派テロの震源地となった問題、難民問題、化学兵器禁止の担保性の危機などさまざまな問題を含んでいますが、最大の問題点は、これが21世紀最大の現在進行形の大虐殺=人道危機だということです。

 現代の戦争には国際人道法があり、一般住民の被害を防ぐ基準があります。国連安保理には戦争犯罪を防ぐ役割も期待されています。しかし、実際にはシリアでは、一般住民が無差別攻撃で殺害され続けています。

 その元凶は間違いなく、国民を弾圧しないと維持できない独裁システムであるアサド政権です。反体制派の一部には、たしかに教条的なイスラム過激派もいますし、半ば犯罪集団のようなグループもいますが、一般住民を無差別に殺戮し続けているのは圧倒的にアサド政権です。対立する両陣営が前線で攻防戦を戦うという戦争ではなく、一方が持てる兵器を全投入して住民を虐殺し続けているわけです。

 反体制派の主力は、アサド独裁政権からの無差別攻撃に抵抗する地元有志ですから、反体制派エリアで家族や仲間と居住しています。アサド政権とロシア軍は、彼らを殲滅しようとする場合には、東アレッポや東グータのように、住民ごと殲滅する作戦をとることになります。

 戦局は、2015年にロシアが軍事介入した時点で、はっきりと流れが変わりました。ロシア軍が展開している戦場には、たとえ米軍でも攻め入ることはできません。「攻撃している対象はテロリストだけ。住民など一切攻撃していない」「化学兵器など使っていない。持ってもいない」「樽爆弾など使っていない」と平然と嘘をつき、シラを切りとおすアサド政権=ロシア同盟軍に、誰も手を出すことはできません。戦争犯罪の共犯であるロシアが常任理事国の国連安保理にも、何もできません。

 本来、国連などが仲介し、反体制派の降伏・退去(反体制派が徹底抗戦を選ぶ場合には、住民の安全な退去)などの交渉が必要な局面ですが、軍事的に優勢に立ったアサド政権とロシア軍は、外部の介入を遠ざけ、さらに笠に来て徹底的な殲滅戦を続けるでしょう。国連事務総長が「この世の地獄」と形容した悲惨な状況に、残念ながら出口は見えません。

※参考【シリア人権監視団/2018年3月12日報告】During 7 consecutive years… about 511 thousand people killed since the start of the Syrian revolution in 2011

www.syriahr.com/en/?p=86573

(Photo/White Helmets)

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

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