池江璃花子選手への五輪出場辞退要請は誰が行っているのか
5月7日に,池江選手がSNS上で様々な声を受けていることをツイッター上で表明しました.
以前ツイッター上ではあまり批判の声はなかったという記事を書きましたが,直接心無い声が寄せられていた事実を見逃していた点を反省しています.
そこで,今度は直接池江選手のツイッターアカウントに向けて送られたリプライを分析してみました.4月1日から5月9日10時までの池江選手に向けたリプライが含まれていて,かつ公開状態になっていて誰にでも確認可能な10,738ツイートを収集しました.なお,こちらにはダイレクトメッセージは含まれていませんし,既に削除済みのツイートも含まれておらず,Twitter社の規約により使用可能となっているツイートとなります.
リプライ数の変化
まず,池江選手に向けて送られたリプライ数を一日ごとに集計してみました.その結果がこちらです.
まず,4月上旬には池江選手がオリンピック代表内定となった時期にリプライが多くそのほとんどは応援や感動のメッセージでした.
その後,しばらくはあまりリプライは送られていなかったようですが,基本的に応援メッセージが多かったようです.それが大きく変わったのが4月20日ごろです.このころからオリンピック辞退を求める声や批判の声が増加していたようです.4月20日から5月6日までで50回のリプライがあり,そのうち32件が五輪反対系のツイートでした.
同じアカウントが何度も同じような内容でツイートをしてはいますが,応援メッセージよりも多い辞退を求めるメッセージがあったのは事実のようです.
これにDMでの批判があったとすると,池江選手が心を痛めるのも無理はないように思います.
リプライの内容分析
その後,池江選手が一連のツイートを行ったことで多くのリプライが寄せられたようです.そこで,どのくらいが批判でどのくらいが応援メッセージなのかを5月7日~5月9日10時までに寄せられた7,676のツイートを対象に分析してみました.
個人あての細かいメッセージを詳細に分析すべきかどうかは悩ましいところでしたので,おおざっぱに,辞退を要請しているのか,応援しているのか,どちらでもないのかの3種類に分類しました.また7000ツイート以上すべてを確認するのは困難だったため,2回以上リプライを送った461アカウントのみを対象としました.
なお,分析手法としては根性マイニング(著者が頑張って目で見て分類する手法)を用いました.
集計結果は以下の通りです.
この結果から,辞退を要請している内容よりも応援する内容の方が多いことが分かりました.全体の58.3%程度が応援,23.7%程度が辞退の要請でした.また,分析対象とした461アカウント中6.5%のアカウントが誹謗中傷に近いのではないかと思われるツイートを行っていました.これらはいずれも辞退要請を行っていたアカウントの一部です.これらのリプライの中には「辞退しろ」以外にも「アスリート失格」「辞退しなかったら罪は重い」「利己的」「バカ」「自分のことしか考えていない」「電通に使われている」など強い批判がありました.
なお,著者の根性の問題でリプライを1回だけ送っている約7,000アカウントについて詳細には調べられませんでしたが,それらのツイートに「応援」という単語は3402回登場し,「辞退」という言葉は624回登場したことから,全体的な傾向としては応援系が多く複数回ツイートしたアカウントと同じような傾向だったと判断してよいのではないかと思います.
リプライを送ったアカウントの分析
次に,各アカウントについてもう少し詳細を分析してみます.まず,辞退を要請するツイートについては,1アカウント当たり3.4回のツイートを行っており,応援系の2.3回を大幅に上回っていました.辞退を求めるツイートを行う人はより多くのリプライを送っていたことが分かります.
また,もう少し興味深い点としては,辞退を求めるツイートを行っているアカウントの33%がフォロワー数が10以下であり,33%のアカウントのプロフィールが空白であることが分かりました.一方,応援系では22%がフォロワー数10以下であり,18%がプロフィールが空白でした.
さらに,誹謗中傷を行っていたアカウントの43.3%がフォロワー数10以下であり,36.7%のアカウントのプロフィールが空白でした.
参考までに,新型コロナについてツイートしたアカウントのうちフォロワー数が10以下のアカウントの割合は5.5%,プロフィールが空白の割合は11.1%でした.
これに比べると,フォロワー数,プロフィールの空白率どちらも大きいことから,個人的には池江選手へのリプライをしているアカウントはサブアカウントが多いのではないかと疑っています.とくに,誹謗中傷を行ったアカウントにその傾向が顕著です.
リプライのクラスタ分析
最後に,引用リツイートも含めた池江選手に関連するツイートのクラスタ分析を行いました.リツイートされたツイートを抽出して類似アカウントによって拡散されたツイートをクラスタとして分類しました.得られたクラスタのネットワーク図は以下の通りです.
拡散されたツイートは全体の一部ではありますが,そこには複数のクラスタが存在することが分かります.基本的には下の塊には池江選手を応援したり,誹謗中傷に抗議する内容のツイート群であるクラスタが二つ抽出されており,上の塊が辞退を要請するクラスタでした.
アカウント数としては,応援系である下の二つのクラスタが圧倒的に多く20,000を超えるアカウントが拡散を行っています.一方,上の辞退を求めるクラスタは1500弱のアカウントによる拡散でした.この点からも,応援をする人たちの方が圧倒的に多いということが分かります.
ところで,この分析をしていて気になったのが,辞退を求めるツイートを拡散しているアカウントの80%近くが過去のツイートから「リベラル系」とラベリングされていたアカウントだった点です.そして,その拡散されたツイートの中には誹謗中傷に近いのではないか?と思えるようなツイートも含まれていた点を非常に残念に思います.もちろんリベラル系のすべてのアカウントが参加していたわけではなく,ラベリングされたアカウントの中では0.35%と極一部のアカウントではありましたが,保守系のアカウントでは0.05%だったことを考えても党派性の強さが気になりました.
オリンピックに反対するという意見そのものを否定するものではありませんが,社会的に適切に見えないやり方は,共感を得るためには得策とは言えない気がします.
追記:
一部誤解があったようですが,オリンピック出場辞退を要請しているアカウントにリベラル系が多いですが,それはリベラル系アカウント群全体の中のごく一部(0.35%)ですので,その点はご注意ください.
まとめ
以上,池江選手のアカウントに向けてなされたリプライについて分析を行いました.今回はいわゆる「巻き込みメンション」は省いて分析をしましたが,実際には池江選手のタイムラインには巻き込みメンション,DMなどさらに多くの意見が寄せられていたのではないかと思います.
「ネット上でならどんなことを書いてもいい」ということはないはずです.辞退要請や応援を行うことを止めるものではありませんが,誹謗中傷は控えるようにしたいものです.
本来であれば,個人あてのリプライを分析すること自体に議論があるところではあると思い公開するかどうか悩みましたが,木村花さんの悲劇からまだ1年もたっていない今,同じように著名人とはいえ一個人に向けた誹謗中傷が多数寄せられるという状況でのこのような分析は公共性が高いと判断し,公開することとしました.
なお,今回の分析の一部にリプライユーザ可視化システムを用いました.これは,GLOCOMの山口真一先生が明らかにした誹謗中傷をしている人は全体の1.5%程度しかいないことを可視化するためのシステムです.