Yahoo!ニュース

ICBM? 潜水艦発射ミサイル?核実験? 北朝鮮が「核」戦力強化の「新しい方針」を打ち出す

黒井文太郎軍事ジャーナリスト
5月24日、朝鮮中央通信が党中央軍事委員会拡大会議を報じる。金正恩委員長も出席

「核戦争抑止力をよりいっそう強化し、戦略武力を高度の臨戦状態で運営するための新しい方針が提示」

 5月24日、朝鮮中央通信は「朝鮮労働党中央軍事委員会第7期第4回拡大会議、金正恩党委員長が同拡大会議を指導」との記事を報じました。

 金正恩委員長が国防分野での方針を訓示したとの内容ですが、出席者は、党中央軍事委員会委員、軍委員会執行委員会委員、軍種および軍団級単位の指揮官と政治委員、国家保衛省、人民保安省、護衛司令部をはじめとする各級武力機関の指揮メンバー、党中央委員会主要部署の副部長ということで、まさに北朝鮮で武力を持つ中枢のメンバーたちということになります。

 さて、その内容ですが、同通信によると、まずは以下のように軍事力強化の方針が強調されました。

「自衛的国防力を急速に発展させ、新しい部隊を組織、編成して威嚇的な外部勢力に対する軍事的抑止能力をさらに完備するための中核的な問題が討議された」

「国家武力の建設と発展の総体的要請に従って、国の核戦争抑止力をよりいっそう強化し、戦略武力を高度の臨戦状態で運営するための新しい方針が提示された」

「朝鮮人民軍砲兵の火力打撃能力を画期的に高める重大な措置が取られた」

 北朝鮮のこうした会合で軍事力強化が打ち出されるのはいつものことですが、注目されるのは、「核戦争抑止力をよりいっそう強化し、戦略武力を高度な凜線条体で運営するための新しい方針」という文言です。この「新しい方針」の内容は不明ですが、やはりICBMと核実験の再開の可能性があります。

 また、軍事的抑止力のために「新しい部隊」を編成するとのことですが、この新しい部隊も不明です。砲兵部隊の火力打撃能力を画期的に高めるともありますので、北朝鮮が実験を重ねているKN-23滑空型単距離弾道ミサイルやKN-25超大型多連装ロケット砲(単距離弾道ミサイル)の実戦配備ということかもしれません。

「安全機関の使命と任務にふさわしく軍事指揮体系を改編」

 また、党による軍の統制も強調されました。以下のような文言があります。

「敵対勢力の持続的な大小の軍事的威嚇を頼もしくけん制できるように全般的朝鮮武装力を政治的・思想的に、軍事・技術的にいっそう飛躍させるための重要な軍事的対策と組織政治的対策が研究、討議され、組織問題が取り扱われた」

「人民軍内の各級党組織と政治機関を打ち固め、その機能と役割を強めて人民軍に対する党の唯一的指導を徹底的に実現し、軍事、政治、後方、保衛をはじめとする全ての活動を徹頭徹尾、党の思想と意図に即して策定して行っていくための党的指導を強化することについて重要に強調し、朝鮮武装力が軍事政治活動において恒久的に堅持すべき重要問題と課題と方途について具体的に明らかにした」

「組織問題」ともあるので、何か新たな措置が検討されている可能性があります。

 7つの命令書が発出されたとのことですが、うち2つは以下になります。

「重要軍事教育機関の責任と役割を強めるための機構改編案に関する命令書」

「安全機関の使命と任務にふさわしく軍事指揮体系を改編することに関する命令書」

 内容はまだ不明ですが、軍内部に対する監視を強化する可能性があります。

ミサイル開発・試射の責任者と、秘密警察のトップが昇任

 さらに、軍高官の昇格もありました。

 まず、李炳哲(リ・ビョンチョル)党副委員長党中央軍事委員会副委員長になりました。空軍司令官出身の軍人で、党軍需工業部第1副部長、同部長としてミサイル開発を主導してきた人物です。

 また、階級の昇任も行われ、たとえば朴正天(パク・ジョンチョン)次帥に、鄭京擇(チョン・キョンテク)大将になっています。

 朴正天は総参謀部火力指揮局長として、ミサイル試射を主導。2019年9月に総参謀長に任命されていた人物。鄭京擇は2017年からいわば秘密警察長官である国家保衛相を務めている人物です。金正恩委員長は今回、ミサイル開発・試射の責任者と、秘密警察のトップを昇任させたことになります。

警戒すべき北朝鮮軍の「新しい方針」とは

 以上が今回の報道の注目点ですが、日本として注目すべきは、やはり前述した「核戦争抑止力」を強化する「新しい方針」です。弾道ミサイルは短距離弾道ミサイルの開発・発射実験はすでに繰り返していますが、ICBMの発射実験は2017年11月の「火星15」発射を最後に行っていません。当然ながら、発射実験は停止していても新規の開発は進めているでしょうから、そろそろ発射実験を行いたい頃合いでしょう。

 また、潜水艦発射型ミサイル(SLBM)については、2019年10月に新型ミサイル「北極星3」の発射実験を行っていますが、こちらもさらに実験を行いたいはずです。

 それになにより北朝鮮としては、核実験も行いたいはずです。最後の実験は2017年9月ですから、もう2年半以上が経過しています。それ以前は2016年1月、同9月、2017年9月と、1年くらいの間隔で核実験を実施してきました。この2年半の間に、弾道ミサイルの射程を伸ばすことに直結する弾頭の小型軽量化をかなり進めているはずで、その起爆装置の実証実験はきわめて重要です。

 ただ、新規の核実験は、ミサイル実験以上に国際社会から厳しく断罪されることは確実です。それを強行するとなれば、おそらく事前にかなり綿密な自己正当化の政治的宣伝工作を行うはずで、今のところはそこまでの緊迫した動きは見られません。

 ちなみに、衛星写真を解析した2020年4月10日の38ノースのレポートによれば、豊渓里核実験場では閉鎖された施設周辺で新たな要員の動きが観測されていますが、新規の実験に向けた活動はとくに見当たらないようです。

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

黒井文太郎の最近の記事