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ポスト「キッシンジャー秩序」を狙った習近平の対外戦略

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 習近平はキッシンジャーが作ってくれた親中路線の世界的影響が高齢により薄れるのを防ぐために、中央外事工作領導小組を委員会に格上げして対外プロパガンダを強化。日本に関しては自公幹部を狙えと指示している。 

◆「一つの中国」論を広めてくれたキッシンジャー

 毛沢東は1970年12月18日、「中華人民共和国」が(蒋介石が率いる)「中華民国」に代わって国連に加盟すべく、『中国の赤い星』などの著書がある親中派ジャーナリストのエドガー・スノーを使って、「ニクソンを歓迎する」と伝言した。それを受けて当時のアメリカ大統領ニクソンは1971年4月16日、「米中・国交樹立が長期目標となる」と発言して訪中意向を表明した。ニクソン政権のキッシンジャー(当時は国家安全保障問題担当大統領補佐官。1973年9月~77年1月:国務長官)は1971年7月9日に、いわゆる「忍者外交」で極秘訪中。周恩来と機密会談を行なっている。ここで約束されたのが「一つの中国」だ。

 この足がかりを得て、1971年10月25日、中華人民共和国が「中国」を代表する唯一の国家として国連に加盟し、「中華民国」が国連を脱退した。キッシンジャーの忍者外交に驚いた日本の田中角栄(元首相)が慌てて訪中し日中国交正常化を果たしたことは、今さら言うまでもないだろう。

 日米が「一つの中国」を認めたことにより、「一つの中国」論は、まるで「この世の原則」であるかのように全世界を席巻し、中国に都合のいい国際秩序が形成されていった。

 ここで注目すべきは、毛沢東と仲が良く、完全に中国共産党に洗脳されたエドガー・スノーにしても、どっぷり中国共産党に取り込まれてしまったキッシンジャーにしても、中国は常に「特定の人物」を選んで、まるでその人物を「武器」のように使って国際秩序さえ変えていくという点だ。

 ただし1923年5月生まれのキッシンジャーは、さすがに95歳を超えて、その影響力は薄まりつつある。特にトランプは大統領当選後、政権誕生前夜から「一つの中国」原則に疑義を挟むような発言をしているので中国は警戒し、キッシンジャーに代わる新しい、中国にとって最も好ましい方向に国際秩序を誘導していく必要に迫られた。

 そこで習近平は第19回党大会以降、新たな対外誘導戦略を指示した。

◆中央外事工作領導小組を「中央外事工作委員会」に格上げ

 今年2月26日から28日まで開催された第19回党大会三中全会(第三回中共中央委員会)で審議され、3月に発布された「党と国家機構改革を深める方案」(以後、方案)により、従来の「中央外事工作領導小組」を「中央外事工作委員会」(以下、委員会)に格上げした。

 この方案は10月11日付のコラム「芸能界に続いてインターポール、中国でいま何が起きているのか」に書いた方案と同じである。

 外事に関しては、それまであった「中央維護(保護)海洋権益工作領導小組」も撤廃して全て委員会に組み込み、委員会で「統一的に計画し」、「部署を統一する」と方案は決定している。

 委員会の性格を考察するために、その構成メンバーをご紹介しよう。

   主任:習近平(国家主席、中共中央総書記、中央軍事委員会主席)

   副主任:李克強(国務院総理)

   委員: 王岐山(国家副主席)、楊潔チ(中共中央政治局委員)、王毅(国務委員兼外交部部長)、宋濤(中共中央対外聯絡部部長)、黄坤(こん)明(中共中央政治局委員、中共中央宣伝部部長)、魏鳳和(中央軍事委員会委員、国務委員兼国防部部長)趙克志(国務委員兼公安部部長)、陳文清(国家安全部部長)、鐘山(商務部部長)、劉結一(国務院台湾弁公室主任)、張暁明(国務院香港澳門事務弁公室主任)、徐麟(中共中央対外宣伝弁公室主任兼国務院新聞弁公室主任)、許又声(国務院僑務弁公室主任)

   中央外事工作委員会弁公室主任:楊潔チ(兼務)

   中央外事工作委員会弁公室副主任:楽玉成(外交部常務副部長)

 

 習近平は、このような多方面からアメリカや日本を含めた諸外国を取り込もうとしているが、日米に関して言うならば、いまアメリカの対中強硬姿勢は著しいので、外事工作の標的を「日本」に絞っている。それも毛沢東に倣(なら)って、「特定の個人」を取り込むという基本路線を外していない。

◆日本の自公幹部と日本経済界代表を「一帯一路」に誘導せよ

 習近平政権は各国の政権与党幹部にターゲットを絞っているが、その現象はまず第19回党大会後の昨年11月末に開催された「中国共産党と世界政党ハイレベル対話会」に現れている。主宰したのは中共中央対外聯絡部だ。委員会メンバーを公表したときの順番も「○○部」レベルでは「対外聯絡部」が先に来ている。

 これに関しては今年1月17日のコラム<「チャイナ・イニシアチブ」に巻き込まれている日本>に書いたように、自民党や公明党などの政権与党幹部に焦点を当て、親中に傾くように特定の人物を選んでいる。それは毛沢東がエドガー・スノーやキッシンジャーを「武器」として使ったのと類似の構図だ。親中に誘導していくときのプロセスも実に巧妙である。「必ずその罠にはまるという手段」を、中国共産党は1921年の建党以来、鍛え上げてきた。

 今年5月15日に、中央外事工作委員会の第一回会議が開催された。「習近平:党中央の外事工作に対する集中的な統一指導を強化し、中国の特色ある大国外交の新局面を切り開くべく努力せよ」という見出しで中国共産党新聞網(中国共産党新聞の電子版)が伝えた。

 会議の内容を見れば、習近平がいかに「一帯一路」にできるだけ多くの国を誘い込むことに力点を置いているかが一目瞭然である。

 これら一連の流れの中で、日本に関しては自民党と公明党の幹部そして何よりも経済界を代表する「特定の人物」にターゲットを絞り込み、「“一帯一路”に協力することが、どれだけ日本にとっていいことか」を説得していくのが中共中央の方針であることが見て取れる。事実、事態は、その方向にひたすら動いている。

 経済界代表は、そこにビジネスチャンスさえあれば(日本企業の利益を考えて)飛び付く。その心理も中国はしっかり把握している。

 また安倍首相が、安倍政権下における日本の経済成長を国内政治の業績として欲しているという心理も中国側は十分に計算した上で誘導戦略を動かしている。

 そのためには安倍首相に最も影響力をもたらす首相周辺の人物を、あらゆるルートを通して周到に考察して選定し、そこにターゲットを絞って勧誘していくのである。

 こういった周到な考察と特定の人物へのターゲットの絞り込みと誘導を、全世界に対して遂行していけば、キッシンジャーの影響が薄まっていったとしても、その損失は十分に補うことができる。こうしてキッシンジャーに代わる、中国にとって有利な新しい国際秩序を形成していこうというのが習近平政権の狙いだ。

 日本は、まんまと、まさに「きれいに」その罠にはまっている。

 習近平が思い描くままに、動いているのである。習近平にとって、こんなに痛快なことはないだろう。

◆中共中央対外聯絡部・宋濤部長の来日と目的

 10月10日に北海道の洞爺湖で開催された日本の自民、公明両党と中国共産党による定期対話会である「日中与党交流協議会」に参加するため、中共中央聯絡部の宋濤部長が来日した。その基調講演で宋濤は「新しい時代の中日関係発展のために両国の与党が政治的リーダーシップを果たしていく必要がある」「与党は各国の政策の源だ。民意と世論をリードする役割を持っている」など述べ、日本においてもメディア規制を働き掛けるべきであるという中共の意図をむき出しにした発言をした。 

 これに対して菅官房長官は10日の記者会見で、「報道の自由は国際社会において普遍的価値であって、いかなる国にあっても保障されるべきだ」と述べ、否定的な考えを示した。中国の「魔の手」が官房長官にまでは及んでいないことに、いくらか安堵する。

 しかし11日に安倍首相と会った宋濤は、日中与党交流協議会に関して「中日関係に対して政党間交流の持つ政治的先導の役割をさらに発揮し、両国関係発展の政治的基礎をしっかりと維持し、意見の相違を建設的に管理・コントロールし、“一帯一路”の枠組での双方の実務協力を共同で促進するものだ」と述べている。つまり「一帯一路」に日本を誘い込むことが中国の大がかりな戦略であり、その戦略通りに日本の政界と経済界を動かしていることになる。

◆ポスト「キッシンジャー秩序」

 この「誘導の構図」を全世界に及ぼせば、キッシンジャーの影響が薄れていっても、それに代わる「中国のための国際世論形成」は十分にできるわけで、安倍内閣も経済界も、完全にその罠にはまっているというのは何とも残念でならない。

 安倍内閣は、「それを分かった上で、逆に中国を利用する」と言っているようだが、百戦錬磨の中国共産党の長期的戦略の罠から、日本が抜け出せるとは到底思えない。

 トランプ政権が、台湾旅行法制定などにより事実上「一つの中国」原則さえ崩してキッシンジャーが創りあげていった国際秩序に挑戦しようとして対中強硬策を断行している今、そして中国のGDPが日本の3倍にまで成長してしまった今、日本が踏み始めた道は、1992年の天皇訪中がもたらした災禍以上に悲惨な未来を招くだろうことが懸念される。

(なお、孔子学院などの民意に対する世論誘導戦略に関しては、字数の関係上、ここでは触れていない。)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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