Yahoo!ニュース

記者として要人に近づくのがこれほど大変なのになぜいとも簡単に銃撃事件が起きたのか【護衛隊トップ辞任】

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
護衛隊のチートル長官。22日、トランプ氏銃撃事件の警備体制を検証する公聴会で。(写真:ロイター/アフロ)

護衛隊トップが引責辞任

「しゃがみこんだ私のところに彼らは飛んで来てくれた」

「素晴らしい人たちだ。(まだ銃弾が飛んでくるかもわからない中)リスクを取って私を守ってくれた」

今月13日に発生した銃撃事件から5日後、トランプ氏は大統領候補の指名受諾演説の冒頭で、シークレットサービスへ感謝と労いの気持ちを伝えた。

アメリカの要人中の要人であるトランプ氏は、数インチの僅差と体のちょっとした角度の違いから致命傷を免れたものの、右耳上部を銃弾がかすり負傷した。そして三人の一般人が巻き込まれ、うち一人が死亡した。

この銃撃死傷事件から10日後の23日、アメリカのシークレットサービス(大統領クラスの要人専門の護衛隊、以下SS)のキンバリー・チートル長官が辞任した。前日に出席した連邦議会下院の公聴会で警備上の失敗があったと認めたチートル長官は辞任を迫られても拒否していたが、翌日に引責した。

筆者はこれまで何度も大統領・副大統領クラスの要人がいる場をアメリカやヨーロッパで取材しSS、警察、州兵などが総動員されたプロ中のプロの警護を幾度となく目の当たりにしてきた。よってトランプ氏暗殺未遂事件の発生当初から、SSが現場で何をしていたのか甚だ疑問だった。そしてSSのトップが責任を追及されるのは時間の問題だろうと思っていたので、チートル長官の引責辞職という展開は予想通りだった。

13日の銃撃後、トランプ氏を守るシークレットサービスの隊員。
13日の銃撃後、トランプ氏を守るシークレットサービスの隊員。写真:ロイター/アフロ

要人警護がどれほど厳重に行われているかと言うと...

筆者はつい先週も大統領選の党大会に赴き、トランプ氏の7、8メートル手前で取材する機会があったが、この時も要人に近づく大変さを改めて体験した。要人が現れる現場の周囲は広範囲で一般人の出入りが禁止されるし、記者である我々でさえ凶器(および凶器になりうるもの)を持っていないか、現場周辺に「入る前」に徹底的に調べられる。

どれほど厳重にチェックされるかを説明すると、まず事前にシークレットサービスに書類を提出しバックグラウンドを徹底的に調べられる。それにパスした者だけが会場に行くことができるわけだが、書類をパスしたからといって簡単に会場内に入れるわけではない。

まず会場周辺は広範囲で一般車両の通行を禁止し、2メートル以上の金属製の柵で囲われる。

イベント期間中は公共交通機関も迂回ルートを走ることになる。一般の市民生活を制限してまで、要人の安全は守られる。この党大会期間中も、戦場で使われるような殺傷能力の高い“ライフル”を身に付けた警察などがたくさんおり、警護にあたっていた。彼らの南部の訛りなどから他州から派遣されていることがわかった。FOX6ミルウォーキーによると、期間中は数百人のセキュリティー隊に加え、全米中か4000人の警察が党大会の応援で派遣されたそうだ。

イベント期間中は関係者だけが行き来できる敷地内(柵の中)の様子。奥の建物が党大会の会場。(c) Kasumi Abe
イベント期間中は関係者だけが行き来できる敷地内(柵の中)の様子。奥の建物が党大会の会場。(c) Kasumi Abe

各州から集まった有権者や我々記者は「柵内の敷地」に入るために近隣にある会場とは別の施設をまず通過させられる。そこには少なくとも2箇所のチェックポイントがあり、それぞれのチェックポイントで空港のような金属探知機による持ち物検査と身体検査を受ける。それでようやく「敷地内」を通過できるのだが、「イベント会場」に入る際はまた別の検査がある。その後も関所は続き、細かくチェックされる。

何が言いたいかというと、とにかく大統領クラスの要人が現れる場所、そしてその周辺エリアはびっくりするほど数えきれないくらいの検査があるものなのだ。もちろん「会場内」には武器を持った人はいないはずだが、それでも不審なリュックがあると警察が動き出し、要人の演説中はステージ脇にも複数のSSが立ち、会場中に目を光らせる。

そこで思う。要人に近づくのにもこんなに大変なのに、なぜあのような暗殺未遂事件が起きたのだろうと。

建物の屋根の上で挙動不審な動きをしていた容疑者を目撃した人が複数いたのに、当日のSSの初動は遅かった。そして容疑者に複数の発砲を許した。またSNSではSS隊員のプロらしからぬ行動の動画が拡散され、非難された。

あの日SSは一体何をしていたのだろうか。

アメリカの要人警護、傍から見て思うこと

私はこれまでの経験を振り返り、思い当たるふしが一つだけあった。それはSSというプロ中のプロの警護集団でも抜けや手落ちがあるということだ。

2021年の議事堂襲撃事件や今回のような暗殺未遂事件が起こった直後は、やりすぎと思うくらい警護体制が引き締まる。この緊張感が継続し一貫性があれば申し分ないのだろうが、彼らのようなプロ組織でも完璧ではなく、たまに気が抜けたりするようだ。

例えば筆者が2020年9月、ニューヨークで同時多発テロの慰霊イベントを取材した時のこと。当時のペンス副大統領が現れた現場に筆者もいたが、あの時筆者は持ち物検査を受けていない。記者としての身分証明書を近くの警察に見せただけで、会場内に入ることができた。あれはたまたまだろうか。4年前の出来事であり、その後のSSのポリシーがどう変わっているかわからないが、こういうこともあるのだ。

1963年のケネディ大統領暗殺事件の時はSSで飲み会が常習化し、隊員は寝不足だったという情報もある。今回のトランプ氏暗殺未遂事件についてはFBIが調べを進めており、これからさまざまなことが明るみに出るだろう。

チートル長官の辞任後、副長官だったロナルド・ロウ氏が最高責任者に任命されたと米メディアは報じた。組織というのは時として、淀んだ水を入れ替えるために新たな指導者を必要とするものだ。再編成した新たなSSが今後要人とイベントの安全を守り続けてくれるだろうか。見守っていきたい。

(Text and some photo by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

安部かすみの最近の記事