Yahoo!ニュース

イチローとの再契約、「勝利の追求」を標榜するジーターCEOの下ではまだ先か?

豊浦彰太郎Baseball Writer
この2人、ヤンキースでは同僚だった。(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

昨季は閉幕するや否や、マーリンズはイチローとの契約延長を発表した。しかし、このオフはそうは行きそうもない。2017年レギュラーシーズンが終了するとともに、マーリンズは新しいオーナーシップを迎えた。ブルース・シャーマン率いる投資家グループで、その中にはあのデレク・ジーターも名を連ねている。

ジーターは、自身が設立したサイト「プレーヤーズ・トリビューン」でファンに対するメッセージを発表している。現役時代の彼は、口さがないニューヨークのメディアに終始囲まれながら決して失言をしない賢明さ持ち合わせていたが、その反面そのコメントはいつも危なげない紋切り型で「つまらない」と言われていた。しかし、今回のメッセージは派手さはないがなかなか本質を突いたものだった。

ジーターは、2003年を最後にポストシーズンから遠ざかり、2010年以降負け越しが続いているマーリンズの行く末について、「安易に何勝するとかお約束はできない」としつつも、「勝利を追求する風土(Winning culture)を浸透させたい」と述べている。なかなか含蓄のあるフレーズだと思う。もちろん、これは彼の抱える優秀なスタッフたちが草稿を起こしたものだろうが、最終的にGOサインを出したのは彼自身だ。

ご存知の通り、マーリンズの歴史はファンに対する裏切りの積み重ねだ。1993年の球団拡張で誕生し四半世紀の歴史しか有していないが、ワールドチャンピオン2度という実績はなかなかのものだ。しかし、その2シーズン以外では、スター選手のファイヤーセールを幾度となく繰り返してきた。特に2002年から今季までオーナーの座にあったジェフリー・ロリアの治世においては、選手の切り売りだけでなく、新球場建設に莫大な公費を引き出させ球団の企業価値を高めておいてその5年後には売却を模索するという狡猾さも発揮した。その幸せ続きだったとは言い難い歴史を通じ、マーリンズと地元ファンの間に、たとえばカージナルスとセントルイスのような信頼関係や強豪であり続けようという熱い思い、すなわちWinning cultureが欠如していることは事実だ。ジーターは、この部分を改革して行きたい、としているのだ。それはとても時間の掛かることなのだけれど、方向性としては間違っていない。

そうなると、マーリンズは現状の戦力を再編成する必要が出てくる。ジャンカルロ・スタントン、マーセル・オズーナ、クリスチャン・イエリッチというこれからピークを迎える強打の外野陣は魅力的だが、一方で先発投手陣は崩壊状態にある。また、マイナー組織に有望株は枯渇している。本拠地に閑古鳥が鳴くマーリンズは、財政的にも人材面でもリソースを欠いているのだ。

そんな球団の編成責任者として、ジーターが自ら標榜するWinning cultureを築き上げようとするなら、やはりスタントンの残り10年2億9500万ドルの契約は重荷になることは間違いない。このままでは、2000年代前半のレンジャーズのように、突出したスーパースター(アレックス・ロドリゲス)がMVP級の活躍を見せながらチームは最下位に低迷する(実際、2002年はそうだった)、という図式も現実味を帯びてくる。

継続的にコンテンダーであり続けるためには、(とても残念なことだけれども)スタントンはこのオフ放出した方が良い。今季は59本塁打&132打点で二冠王に輝いただけでなく、2012年以降では初めてケガなくフル出場を果たし、将来に不安を感じさせる故障持ちではないことを証明したからだ。もっとシンプルに表現するなら、彼の商品価値は今がマックスなのだ。

ジーターは先のファンに向けたメッセージで「再建は一朝一夕にならず」とも述べている。彼自身、長期戦であることを自覚しているのだ。しかし、ファンは物事を論理よりも情感で判断しがちだ。スタントン放出は再建への第一歩ではなく、繰り返される悪夢と捉えるマイアミのファンも決して少なくはないだろう。ジーターにとって必要なのは、繰り返しのファンに向けたメッセージだ。ここから先は、ジーターのコミュニケーションというビジネスマンにとって、もっとも重要なソフトスキルが試される。

メジャーの長い歴史の中で、フィールド上のヒーローが球団フロントの重職に就いたケースは珍しくない。ハンク・アーロンもトミー・ラソーダも副社長まで登り詰めた。しかし、その実態は基本的には広告塔が役割だ。また、ドジャースのオーナーグループの中には元NBAのスター、マジック・ジョンソンが名を連ねるが、彼の場合も表に出ぬ不気味な?ビジネスマングループだけでの経営では地元ファンの支持を集めるのは難しかろうとの判断から、いわば象徴的存在として迎え入れられたものと考えるべきだろう。

しかし、ジーターは違う。彼はプロパガンダのツールではなく、編成部門のトップに立つCEOなのだ。ここでしっかりと経営者としても能力を備えていることを証明しなければならない。

前置きがとても長くなった。話をイチローに戻す。ジーターがこれから、真っ当にそしてしっかりとステップを踏んでマーリンズを再建し、来季のロースターを編成しようとするならば、おそらく球団が選択権を握るイチローの来季の契約いかんは早くには決まらない。あくまで将来のビジョンを固め、その過程としての来季の編成案が決まり、レギュラー陣の陣容が決定してから、彼の処遇が最終決定されると思う。その意味では、ジャパンマネーを維持せんがため(だと思う)に、閉幕するや否やイチローとの再契約を発表したロリア前オーナーに率いられた昨季とは違うのだ。ロリア時代のマーリンズは、明らかにWinning cultureを浸透させるよりも優先すべきビジネス戦略を持っていた。

個人的には、イチローが来季もマーリンズでプレーする可能性は十分あると思う。4番目の外野手も代打要員もチームには必要だし、彼を維持するコストはそれほど高くなくまあ許容できるレベルだ(今季200万ドルで来季も同額のオプション)。もっともあり得そうなシナリオは、球団は一旦オプション行使を見送りイチローをFAにする。その上で、メジャー最低年俸(54.5万ドル)で再契約をする、というパターンだ。この場合、FAとなっている間に他球団に拐われるリスクはあるが、そこは所詮控え選手。その場合は仕方ない、と考える べきだ。

なお、日本ではシーズン中に「代打でもシーズン安打記録更新か」とイチローを褒めちぎる報道が多かったが、今季のOPS+(OPSがリーグ平均に比べどの水準にあるかを示す。100が平均値)は76でしかなく、キャリアワースト2だった。彼の攻撃力はMLBのボトムレベルにあるということは、受け入れなければならない現実だ。また、シーズン中も再三彼の美技がクローズアップされたが、守備防御点(DRS)では-1と、こちらも厳しい数値が出ている。どんなスーパースターにも、どれだけ自己管理を徹底している者にも衰えはやってくるという現実は否定できない。やはり、ジーターが真っ当なチーム作りに取り組むなら、イチローとの契約はかなり後の順番だと言わざるを得ない。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

豊浦彰太郎の最近の記事