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1/2ではなく、2/5。新生セビージャに清武弘嗣が見つけた居場所

清水英斗サッカーライター
スペイン・スーパーカップでメッシと競り合う清武(写真:ロイター/アフロ)

ヨーロッパリーグ3連覇を果たしたスペインの強豪、セビージャへ移籍した清武弘嗣の新シーズンは、かなり厳しいものになると予想された。

まず、チーム内にライバルが多い。チリ代表で名を馳せた新監督のホルヘ・サンパオリは、清武以外にも10番タイプのMF獲得を要望し、パブロ・サラビア、ホアキン・コレアのほか、フランコ・バスケス、ガンソを加え、合計5人の技巧派をそろえた。似たタイプが多ければ、当然、厳しい生存競争が待っている。

また、チームではスペイン語のほか、ラテン系の言語でコミュニケーションを取るが、清武は英語とドイツ語しか話せない。アピールしなければならない立場なのに、ミーティングの内容を理解するにも一苦労だ。

さらに清武は7月に右内転筋を痛め、ほとんどのプレシーズンマッチを欠場した。新チームで蚊帳の外に置かれるのは辛い。普通の選手なら、焦燥にかられても無理はない。

清武のレギュラー獲得について、ネガティブな見方が増えるのも当然だった。

ところが最初の公式戦、UEFAスーパーカップのレアル・マドリード戦(2-3負け)で、清武は先発出場を果たす。しかも延長戦を含めて、120分のフル出場。これはサプライズだった。その後のスペイン・スーパーカップ、バルセロナ戦(0-2負け)も、清武はファーストレグにフル出場。セカンドレグは、ほとんどの主力を入れ替えたため、清武も出番はなかった。

そして、20日に行われたリーガ・エスパニョーラ開幕節のエスパニョール戦(6-4勝ち)でも、清武は先発フル出場。後半29分にフランコ・バスケスのスルーパスに飛び出し、リーガ初得点を記録した。大方のネガティブな見方を覆し、サンパオリの信頼を得ることに成功している。

1/2ではなく、2/5

なぜ、予想とは異なり、清武はポジティブな開幕戦を迎えたのか?

理由のひとつに、サンパオリのポゼッション戦術との相性の良さが挙げられる。エスパニョールとの開幕戦では、ポゼッション率73%を記録。レアル・マドリード戦でも54%、バルセロナとのスーパーカップでも、ファーストレグは49%とほぼ互角。

メガクラブが相手でも、守備に回らず、真っ向からボールの主導権を奪い合う。「我々はファンに結果以上のものを残さなければならない」と、サンパオリは攻撃的なチームコンセプトにこだわる。

ポゼッション戦術としては王道中の王道。セビージャは、センターバックのニコラス・パレハとガブリエル・メルカドが、ペナルティーエリアの幅に広がり、ポゼッションをスタートする。センターバック同士が近くにいると、相手FWのプレスを受けやすくなるので、大きく広がってパスを回す。この2人と三角形を作るように、GKセルヒオ・リコが間に入り、パス回しの中継点になる。

一方、広がったセンターバックに押し出されるように、両サイドバックは高い位置へ上がり、攻撃の幅を作る。この両サイドバックに押し出される形で、両ウイングが中へ入ることで、インサイドMFと共に中央で厚みを作り、高い位置でのコンビネーションをねらう。

そのためにセビージャは、技術のある10番タイプを2~3人同時にピッチに立たせ、ゲーム支配力を高めている。サンパオリは様々なシステムを使い分けるが、これらの基本的なコンセプトは不変だ。

一方、前監督のウナイ・エメリの場合は、堅い守備からのカウンターと、サイド攻撃に特徴があった。司令塔だったエベル・バネガが、ボールを縦に、あるいはサイドへ散らし、そこから突破力のあるアタッカーが個で仕掛ける。10番はひとりで良かった。

仮にエメリの指揮が続いていれば、清武は一つのポジションを2~3人で争うことになっただろう。しかし、サンパオリは10番を中央に集めるポゼッションを志向するため、清武は2~3のポジションを5人で争うイメージになる。競争相手が多いとはいえ、ポジションも多いので、悪い話ではない。10番競争ではなく、10番共存だ。

エメリ体制の司令塔は、GKに似た専門職とも言えた。最初にポジションをつかめばいいが、それに失敗すると、ハッキリと序列を付けられる。しかし、サンパオリ体制では、10番は両ウイングやインサイドMFなど、さまざまなポジションを与えられるので、一度スタメンから漏れても、復帰しやすい。2~3のポジションを5人で争うことは、むしろ好都合とも言える。

逆に、受難はサイドアタッカーだった。

昨シーズンの主力であるヴィトロは、エスパニョール戦で左サイドバックに回された。サンパオリの戦術では、大外でボールを持つのは高い位置へ上がったサイドバックになるため、ドリブラーは素直に持ち味を出しづらい。コノプリャンカに至っては、出場機会を失い、ベンチに座り続ける状態だ。

清武はエメリ在任時に移籍した選手であるため、サンパオリの希望で獲得したわけではない。そのため、監督が変わることをネガティブに受け取る向きは多かったが、実際はそうでもない。10番を好む監督がやって来たことは、清武にとってはプラスだった。

清武が見つけた居場所

今のところ、5人のうちファーストチョイスは、フランコ・バスケスと清武の2人になっている。パレルモから移籍したバスケスは、186センチ82キロと大柄で、左利き。キープ力があり、フィニッシュに絡む能力が高いため、10番の中でもゴールに近いポジションを与えられている。

一方の清武は、バスケスとは特徴が異なる。派手な違いを見せるわけではないが、シンプルにテンポ良くボールを動かし、攻撃のリズムを作る。レアル・マドリード戦は右ウイングだったが、その後はインサイドハーフなど、中盤寄りのポジションが多くなった。

また、スペインは攻撃的なリーグと言われるが、守備のポジショニングは厳格だ。エスパニョール戦では、4-1-3-2という攻撃的なシステムを用いたセビージャだが、「3」の右に入った清武は、守備時にアンカーの脇に戻り、豊富な運動量でバランスを整えた。この運動量と献身性。120分出場したレアル・マドリード戦でも、最後の最後まで走り回り、サンパオリの信頼が高まっていたはず。

攻撃でも、自分がボールをもらうだけでなく、味方を生かす動きをたくさん入れている。爆発的なオーバーラップを得意とする右サイドバックのマリアーノとの連係は、試合ごとに良くなってきた。

今の清武は、技術のある10番がハードワークし、潤滑油に徹することで、5人のうちの2人に選ばれている。自分ひとりで違いを見せる10番、バスケスとの補完関係を成立させた。うまく居場所を見つけている。

ブンデスリーガ時代にやるべきことは、もっとわかりやすかった。ドイツ人と日本人では、パワーと俊敏性など、プレーの特徴が大きく異なる。自分の長所を理解してもらい、それを試合で出すことに集中すればいい。外国人の助っ人としては、シンプルな構図だ。

ところが、リーガ・エスパニョーラは違う。清武が自分の長所として、技術や俊敏性を発揮しても、同じタイプはごろごろいる。背格好が似ており、どの選手も巧い。日本人がスペインでなかなか成功できず、“日本人の墓場”と揶揄された理由もここにある。外国人の助っ人として、生きる道を見出しにくいからだ。

長所があるのは当たり前。その上で、清武はライバルが持ち得ない第二、第三の長所を見せ、居場所を見つけなければならない。

清武はゴールに直結するプレーをしたハノーファー時代とは、明らかに違うスタイルで、ポジションを勝ち取っている。この賢さと、適応力。日本代表でも本田圭佑や香川真司を前にベンチを温めることが多かった。その日々が今、生きているのかもしれない。

もちろん、まだ全く安泰とは言えない。エスパニョール戦でカウンターを食らい続け、4失点を喫したように、サンパオリ戦術の完成度はまだ低い。しかも、4失点目は清武のミスで喫したものだった。結果が出なくなれば、軌道修正もあり得る。また、サンパオリは「清武は最高のプレーをした」と褒めたが、この試合では清武、バスケスと共に、3人目の10番としてピッチに立ったサラビアも、1ゴール2アシストと大活躍した。やはり競争は激しい。

しかし、このハイレベルな選手が集うセビージャで活躍できれば、清武が世界のトップクラブに飛躍するチャンスも生まれる。

“リーガは日本人の墓場”という定説を覆せるか。今季、最も注目したい日本人選手だ。

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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