サッカー代理人がベンゲルから学んだ「移籍先を選ぶ時に最も重視すべき点」
株式会社ジェブエンターテイメントの代表取締役、田邊伸明氏にプロサッカー選手の移籍事情を伺う連載コラム。前回はエージェントの日常の業務内容について話を聞いたが、最終回となる今回は北海道コンサドーレ札幌の移籍例をもとに、選手が移籍先を選ぶ際に最も重視する点について伺った(取材日:2019年1月30日)。
代理人がクラブ側に付くケースも
アシシ:代理人はよく、サポーターの目の敵にされることがあると思います。例えば活躍している選手を他クラブに引き抜いた際に、サポーターから叩かれたりしませんか?
田邊:よくありますね。昔、私は楽天ブログを書いていたのですが、とある選手を移籍させた際に、引き抜かれたクラブのサポーターから誹謗中傷のコメントが殺到したことがあります。まだツイッターも存在していない時代です。今でいう「炎上」ですよね。楽天ブログ内で月間アクセス1位にまでなりました。内容的には全然嬉しくありませんでしたが。
アシシ:そのブログはまだやってるんですか?
田邊:今はもうやっていません。ツイッターはやっていますが。
アシシ:選手を引き抜かれた側のクラブのサポーターはよく文句を言いますが、逆に連れて来てくれた側のサポーターから感謝されることはありますか?
田邊:ほぼないですね。
アシシ:そういう意味で言うと、田邊さんはよく他クラブからコンサドーレに選手を移籍させてくれるので、札幌サポーターはもっとジェブエンターテイメントに感謝すべきだなと(笑)。ジェブエンターテイメントのウェブサイトを調べてみたんですが、札幌に連れて来てくれた選手の代表例で言うと福森晃斗、ジェイ・ボスロイド、中野嘉大など。もう退団してしまいましたが、ここ最近だと稲本潤一、菊地直哉も貴重な戦力となりました。
田邊:でも、西大伍が当時札幌から新潟に移籍した時の代理人は私ですよ。
アシシ:そうだったんですね。今西大伍は代理人が替わりました?
田邊:今は違う人が代理人ですね。私は鹿島アントラーズに移籍するところまで担当しました。
アシシ:でも単純に足し引きすると、引き抜いた選手数より連れて来た選手数の方が多いので、コンサドーレに対する貢献度は非常に高く感じます。
田邊:ちなみにジェイ・ボスロイドは弊社所属ではありません。正確に言うと、コンサドーレ側の代理として、ジェイ・ボスロイドを連れて来ました。
アシシ:クラブ側の代理と選手側の代理、両方に代理人がつくんですか?
田邊:クラブと選手それぞれに代理人がつく場合もあるし、片方のみの場合もあります。
アシシ:そんな裏事情、初めて知りました。
田邊:ちなみにひとつの移籍案件において、1人の代理人がクラブ側と選手側両方につくことはできません。日本では利益相反になるので。
アーセナルの元監督ベンゲル氏から学んだこと
アシシ:今まで田邊さんは何人もの選手をコンサドーレに連れて来たわけですが、札幌を移籍先として選手に薦める際、どのような説明をするんですか?
田邊:やっぱり札幌は三上GMと野々村社長の存在が大きいですよね。特に三上GMの、選手のステップアップを邪魔しないというスタンスは、選手にとって非常にメリットになるかなと。
アシシ:それは具体的にはどういったことですか?
田邊:コンサドーレよりも格上のチームから獲得オファーがあれば、基本的には応じるのが三上GMのスタンスです。当然引き留めるための交渉はしますが、選手がそれでも出たいと言えば、法外な移籍金を吹っ掛けたりせずに選手の意向を必ず尊重してくれます。
アシシ:それは選手にとっては大きいですね。
田邊:あと札幌は、ハード面が素晴らしいですね。
アシシ:練習場やクラブハウスのことですか?
田邊:その通りです。2001年に稲本潤一がアーセナルに移籍した時に当時の監督ベンゲル氏と話したんですが、「これだけのそうそうたる選手たちがアーセナルに来る理由がわかるか?」と聞かれて、「それは高い給料を払ってるからでしょう」と答えると、「お前は何もわかってない」と。
アシシ:答えはハード面だと。
田邊:そう。要は選手としてのキャリアを最も長く過ごす時間はピッチではなくてクラブハウスだと。クラブハウスは選手にとって家そのものであり、そのクラブハウスをいかに選手にとって居心地の良いものにするかがとても大事なんだと言われました。それ以来、私は選手に移籍先を選ばせる際にクラブハウスの施設がどうなっていて、練習場がどこにあって、というハード面の情報をしっかり提供するようにしています。
アシシ:そういう意味では、札幌のクラブハウスは立地も施設も充実していますよね。僕らサポーターもレストランの2階席から練習風景を見学できますし。
田邊:Jリーグの中でも群を抜いていますね。とても素晴らしい環境です。田舎は嫌だというJリーガーは少なくないんですが、そういう意味でも札幌は良いです。練習場が札幌の中心地から車で30分で、選手たちが住むエリアも他クラブと比べると断然都会です。雪の季節は大変ですが、そもそも選手たちは雪が降る季節に札幌にいなくていいので大丈夫。強いて言うなら、キャンプスタートからホーム開幕戦まで自宅に帰ることができない点くらいがネックでしょうか。
アシシ:今年はタイキャンプと沖縄キャンプの間に数日間、自宅に帰る休暇が与えられたようですが、例年はキャンプ期間と第3節のホーム開幕戦までの2カ月間、合宿先でホテル暮らしですもんね。
田邊:デメリットはそれくらいですね。
改善の余地がある選手のセカンドキャリア
アシシ:最後になりますが、今後日本のサッカー界をこう変えていきたい、などのビジョンがあれば聞かせてください。
田邊:もうこの仕事を始めて20年経ちますが、改善の余地が大いにあると考えている分野が、選手のセカンドキャリアです。最近はセカンドキャリアという言葉も結構メジャーになってきましたが、日本サッカー界全体として、まだまだ整備されていません。現役生活を引退後に何の職に就くのかは、その選手が築いてきたキャリアだったり人脈だったりに完全に依存してしまっているのが現状です。それでは選手にとって良くないので、ちゃんとした選択肢を提供できる仕組みを作りたいです。
アシシ:それはスポンサー企業などと連携して、次の就職先を提供するプラットフォームみたいなものを作る、ということですか?
田邊:そんな感じです。それなりのキャリアを積んできた有名な選手は、テレビの解説者や現場の監督やコーチになりますが、それはほんの一部です。そうじゃない無数のJリーガーが、引退後何十年と続くセカンドキャリアで、路頭に迷うことがないようサポートできる仕組み作りを、関係団体などと協力した上でここ3年くらい取り組んでいます。
アシシ:それこそ選手に寄り添った事業ですよね。その仕組みができあがった頃にまた取材させてください。今日はありがとうございました。
田邊:ありがとうございました。
(了)
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