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当事者だからこその視点で語る今の日本とLGBTQ:東海林毅監督が語る映画「老ナルキソス」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(c)2022 老ナルキソス製作委員会

 トランスジェンダー当事者の俳優を起用した短編映画「片袖の魚」で注目された東海林毅監督が、新作の長編映画「老ナルキソス」でもLGBTQの人々をリアルかつ繊細に描く。

 主人公は、高齢の絵本作家、山﨑(田村泰二郎)と、若いウリセンボーイのレオ(水石亜飛夢)。レオには真面目で優しい隼人というパートナーがいる。隼人はレオにパートナーシップ制度を使って正式な家族になろうと言ってくるが、複雑な家庭環境で育ったレオは、どうするのがいいのかわからない。そんな中、最初は客として知り合った山﨑と、次第に心をつなげていくようになるのだった。

 幼い頃、山﨑は絵を描くのが好きというだけで父から女々しいと怒られ、若い頃にはAIDSの恐怖に直面した。対照的に、レオは、隼人の家族からも温かく歓迎してもらっている。そんな世代の違うふたりを通して、LGBTQの人々を取り囲む今の日本を見つめるのが、この映画だ。アジアンパシフィック映画祭での上映のため、ロサンゼルスを訪れた東海林監督に、この作品に込めた思いを聞いた。

――同名の短編映画は国内外で賞に輝きました。新たに長編で語ろうと思ったのはなぜですか?

 2017年の短編映画は22分で、この長編映画にも出てくる、屋上で(レオが山﨑の)自殺を止めるところで終わっていました。そこで完結していたんですけれど、その後をどうしても書きたくなってしまったんです。

 このふたりは50歳近くも離れていますが、日本でゲイの人たちを見ていると、どの時期に青春期を過ごしたかによって、考え方が違うんですね。とくに70歳を超えている人たちだと、ゲイという言葉も、なかったわけじゃないにしろ今とは違う使われ方をしていた頃を生きています。他人に対してカミングアウトするなんて考えられなかった時代。(表に対して自分を偽り)異性と結婚し、子供を持って生きることが幸せなどと言われていた頃。世の中にLGBTという言葉がある今の20代とはまったく違っています。AIDSパニックを乗り越えてきたかどうかということや、政治的なスタンスの違いもあります。そんな世代間のギャップというのは、当事者じゃないと見えないものがあると思ったんです。

――今がその話を語る時だと思った理由は?

 日本は同性婚が認められていませんが、パートナーシップ制度という謎のものがあって。ああ、謎とは言っちゃいけないんですけれど。それで幸せになる人も当然いらっしゃいますから。とにかく、そのパートナーシップ制度というのが、日本全国に急速に広まりつつあります。

 ですが、それに対する考え方は、年齢差に関係なくさまざまなんですよ。名前だけは聞いたことがあるけれども内容がよくわからないという人が当事者にもいます。この状況を記録しておかなきゃというか、映画にしたいなと思ったんですね。それもからめていくと、あっというまに長編のストーリーが膨らんでいきました。

――ゲイで子供を持たない主人公の山﨑を絵本作家にした理由は何ですか?また、この映画に登場させる絵本を2冊も描かれたわけですが、大変でしたか?

 子供を持てるかどうかという部分はそんなに考えませんでした。あの世代で、しかも偏屈な性格のゲイ男性が、ある程度収入を得て生きていけるとしたら、たぶん芸術系の職業に就いているんじゃないかなと思ったんです。いわゆる会社勤めとか役所勤めとかじゃなく。なるべく社会との接点を減らして、それでも生活が成り立つ職業の中で何が面白いんだろうと考える中で、絵本作家を思いついたんです。

 僕はもともと絵本や詩が好きなので、描くのはわりとするするできたという気がしますね。ただ、映画のストーリーありきでそこから起こした絵本なので、本当の子供向けの絵本とは違うかなとは思いますが。

――性的なシーンも恐れず、大胆に描かれています。そこは大事だったのでしょうか?

 そうですね。なんでもかんでも見せればいいというわけじゃないですけれども、おそらく当事者が撮影していないと思われるゲイ映画とか、いわゆるボーイズラブ映画とかを見ていて不満に感じることがあって。自分自身が当事者なのでとくに思うんですけど、もっとこういうところを描いたらグッとくるのにとか。そういうのをちゃんとていねいに見せてあげようというのはありました。

――人種の違う人をとりあえず入れるというのではなく、違った人たちの話が当事者から語られていくことこそ、本当の意味での多様化(ダイバーシティ)です。日本でも、違う人たちの声をもっと聞けるようになると思いますか?

 少しずつ大きくなっていくと思います。少なくとも、僕を含めて何人かの監督は実践しています。たとえば「マイスモールランド」は日本に住むクルド人二世の話を語るものですし。そうなるとバックラッシュも出てきて、それをよく思わない人の存在も可視化されていくと思います。でもそこで怯んでしまったら押し戻されてしまうので、もっと声を大きく上げていかないとだめだなと思いますね。

東海林毅監督(右)と主演の田村泰二郎(筆者撮影)
東海林毅監督(右)と主演の田村泰二郎(筆者撮影)

「老ナルキソス」は5月20日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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