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トナカイさんへ伝える話(147)認められない「不同意」と、認められる「不同意」

小川たまかライター
筆者撮影

 2023年7月23日に亡くなった映画監督・俳優の水井真希さんについて、彼女が生前に抱えていた訴訟記録の閲覧を行った。

 1件は2013(平成25)年12月に地裁、翌年10月に高裁で判決が言い渡されている、水井さんが批評家のKさんを訴えた訴訟だ(以下、【訴訟1】)。水井さんはKさんに対して160万円の損害賠償や、Kさんが水井さんを主演にして撮影していた映画制作の中止やスチールの返還などを求めていた。地裁、高裁ともに水井さんの訴えは棄却された。

 もう1件は2015(平成27)年11月に地裁で判決が言い渡された、Kさんが水井さんを名誉毀損で訴えた訴訟だ(以下、【訴訟2】)。Kさんは水井さんのツイッター(現・X)での投稿(2012年8月〜9月にかけての6件、2015年4月の1件)について名誉を毀損されたと訴え、50万円の支払いと投稿の削除を求めた。判決ではKさんの訴えが認められ、水井さんに対して10万円の支払いとツイッター投稿7件中6件の削除が命じられた。

 水井さんの逝去が伝えられてから、多くの人が彼女の固定ツイートに注目した。

 そこにはKさんに対しての「告発」が残されていた。Kさんはこれらの投稿(2022年7月〜12月の約35件)に関しても訴訟を起こしていたようで、Kさんのブログによれば、東京地裁は2023年7月27日に水井さんによる名誉毀損を認定し、すべての投稿に削除命令が出ているという。このため、これらの投稿をこの記事で引用することはしない。

【10月22日修正追記】Kさんのブログに掲載されている「仮処分決定」通知の画像によれば、この削除命令は水井さんの投稿を「仮に削除せよ」という仮処分の決定。

 裁判上で水井さんの訴えは認められていないが、Kさんは水井さんが亡くなったことを受け、「すべての表立った活動を中止します」という報告を発表している。

 この記事で行いたいのは、Kさんと水井さんの間で起こった出来事への判断ではない。性暴力や性犯罪刑法の改正を取材してきたライターとして、「同意」というものが裁判でどのように認定されたのかを確認し、読者の方と共有したい。

 なお訴訟記録は判決のみが閲覧可能だったため、判決文に記されていないこれ以外の事情が存在する可能性はある。

「意思に反するものであったとまで認めることはできず」

 まず【訴訟1】について。

 2012年8月30日未明、福島県内のラブホテル内で2回の強姦があったと水井さん側は主張する。2人は撮影のために福島県内を訪れており、この日は宿泊場所がなくやむを得ずラブホテルに宿泊した。水井さんは、別の部屋にしてほしいと伝えたのに拒否されたと主張。

 Kさんは水井さんとは5月頃から交際しており、しかしKさんが既婚者であったことを知った水井さんとトラブルになったと主張する。

 判決では、2人が「相当程度親しい間柄」であったとされ、2回の性交(水井さんの主張では強姦)は「(水井さんの)意思に反するものであったとまで認めることはできず」と判断された。

 水井さんの同意がなかったとまでは言えないとされた事情は、暴行・脅迫がないことや同じベッドで寝ていたこと、あるいは行為後にKさんを「機敏に」撮影していることから「抗拒不能」ではないとされたこと、従業員に助けを求めなかったことなどである。水井さんは睡眠導入剤を飲んで寝ていたと主張していた。

 2人が交際関係にあったのかなかったのかは認定されておらず、ただ「相当程度親しい間柄」と判断されている。

 しかし、「相当程度親しい間柄」であったにせよ、たとえ「交際」の事実があったにせよ、そのような両者の間でも性的不同意はありえる。

 1回目の行為の前に水井さんが「私が寝ている間に何かしたらブログに書く」とKさんに対して言ったことは判決にも書かれている。また、2回目の行為の直後に水井さんがKさんを激しく非難するツイッター投稿を行っていたことは事実である(このツイッター投稿が名誉毀損にあたると【訴訟2】で認定されている)。

 行為の直前と直後に水井さんが強い拒絶を表明していたことは認められているのに、なぜこれが「意思に反するものであったとまで認めることはできず」と判断されるのか、2023年の私には理解が難しい。もっとも考慮するべきは、直前と直後なのでは? 「何かしたらブログに書く」と宣言して、その通り書いた水井さんの行動には、是非は置くとしても一貫性がある。

 水井さんとKさんが出会ったのは2011年で、2人が福島に行ったのは2012年8月。水井さんが福島県南相馬警察署に被害届を出したのは2013年5月。民事訴訟の判決は同年12月、高裁の判決は2014年10月だった。

 この後、刑法性犯罪規定の「暴行・脅迫要件(あるいは抗拒不能)」が事実上緩和されたり、不同意性交等罪が成立したり、配偶者間の性犯罪が明文化されたりすることなどをこの時期に予想していた人は誰もいなかっただろう(※)

 2017年は110年ぶりの刑法改正や#metooがあり、2023年には再改正によって「不同意性交等罪」が成立した。さらにここ数年で知られるようになった「同意のある性交」や「デートレイプ」という言葉や、改正に伴う裁判官への研修があった。

 仕方のないことではあるが、【訴訟1】の判決文には2017年以前の刑法性犯罪規定やその背景にある一般認識を基準とする考え方が色濃い。2023年の今だったらどうだろう……という気持ちになってしまう。少なくとももう少し、水井さんの訴えが慎重に検討されていたのではないか。

 水井さんの立場からすれば、Kさんは歳が離れた相手で、業界で名が知られた人だった。

 年齢差や関係上の権力勾配が考慮された様子は判決文からは読み取れない。水井さん側がそれを主張しなかった可能性もある。彼女は年上に対しても物怖じせず発言するタイプだったから、「対等な関係」だったと判断されたのかもしれない。

 今なら法廷で「エントラップメント型」とか「グルーミング」という言葉を使って水井さんの主張が説明されたかもしれないけれど、地裁、高裁どちらでもこのような主張が行われた形跡はない。

 地裁は10ページ、高裁は7ページ程度の短い判決文である。

(※)配偶者間であっても「不同意性交等罪」が成立することは2023年の法改正で明文化されたが、これ以前にも配偶者間で強制性交罪や強姦罪が成立することは確認されていた(2017年の法改正で明文化されなかった理由は、明文化しなくとも罪の成立は明らかであるとされたから)。

「何かしたらブログに書く」のやりとり

 一方、【訴訟2】では、Kさんの「不同意」があっさりと認められている。

 Kさんは水井さんが「不倫の関係を隠された上で」交際を続けられたことに不満を覚え、リベンジポルノとして2012年8月30日未明にKさんの写真やKさんの実名を挙げて激しく非難する内容の投稿を行ったと主張する。

 水井さんは投稿をしたことは認めた上で、Kさんに対して「何かしたらブログに書く」と言った際にKさんが「いいよ」と答えたことから、水井さんの投稿について明示的な同意があり、故意は不存在であると反論した。

 Kさんは「いいよ」と応答した事実自体を認めていない。

 判決では、Kさんが「いいよ」と応答したことを認めるに足りる証拠はなく、Kさんの同意はないと、さらに黙示的な同意が存在すると評価すべき事情も認められないと、判断された。

 両者の主張が食い違い、ここではあっさりとKさんが「いいよ」と言った事実は認められないと認定された。

 確かに、自分に対する非難をブログに書くと言われてたとえ本当に「いいよ」と答えたとしても、そんなのはその瞬間の売り言葉に買い言葉であり、本心から言ったわけではないと主張することは容易かもしれない。

 けれど、水井さん側の「不同意」認定のハードルに比べて、こちらの「不同意」の認定はあまりにも簡単に行われている印象を持った。

 少なくとも水井さんは「何かしたらブログに書く」とは言っている。対してKさんから性的同意を取るアプローチはあったのかどうか、裁判上では問われていないように見える。

 女が性的不同意を主張する際のハードルは高く、男が名誉を守るための不同意主張には裁判官の(あるいは世の中の)理解があった。そう感じた。

 水井さんは8月30日の午前3時42分と午前4時18分に、Kさんを強く非難するツイッター投稿を行っている。これは直前に起こった行為を「同意のない性交」と証明する証拠にはならず、逆に水井さんを罰する理由となった。

 以下、水井さんの証言の信用性が認められた点についてなど。

左から岡部哲也監督、筆者、石川優実さん、水井真希さん(2019年3月13日撮影/石川優実さん提供)
左から岡部哲也監督、筆者、石川優実さん、水井真希さん(2019年3月13日撮影/石川優実さん提供)

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ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

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