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お茶から覚せい剤はないことではない

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(ペイレスイメージズ/アフロ)

歌手のASKAさんが覚せい剤使用で逮捕されましたが、嫌疑不十分で釈放されたことは、大きなニュースとなりました。

これについてASKAさんは、ブログで次のように書かれています。

目の前にお茶がありました。

仕事部屋に置いてあったスポイトを思い出しました。

「尿ではなく、スポイトで吸い上げたお茶を出してみよう。見つかったときには、素直に検尿に応じればいい。」

間も無く「組隊五課」が、やって参りました。

「これは、もう何をやっても事件にしようとするだろう。」

「ASKAさん、尿検査をさせてください!」

これは、僕の斜めからの思考だと思ってください。

ちょっと、意地悪な回路をくぐり抜けたのがしれません。

「尿を出してしまったら終わりだ。必ず、陽性にされてしまう。」

あまり詳しいことは書けませんが、

3日目には、陽性となりました。

ありえません。

出典:aska_burnishstone’s diary

お茶から覚せい剤反応が出ることは化学的には絶対にありません。

したがって、この事件については2つの可能性しか考えられません。

(1)ASKAさんが嘘を言っている。

この場合は、新聞発表にあるとおり、採尿の手続きと提出された尿の管理がずさんであって、後で本人の尿と立証することができなくなったという可能性があります。

(2)提出されたお茶に覚せい剤が含まれていた。

この場合は、(あくまでも可能性の話ですが)尿だと提出されたお茶に、警察官が何らかの細工をした可能性があります。

そもそも覚せい剤の自己使用事件では、使用についての目撃者がいないことが多く、その立証が極めて困難ですが、被疑者の尿から覚せい剤が検出されたとする鑑定書があれば、それが決定的な証拠となります。しかし、その鑑定が化学的にまったく問題はなくとも、そもそも提出された被疑者の尿と鑑定の対象とされた尿の同一性に疑問があれば、この鑑定書の証拠としての価値は大きく低下することも当然です。

多くの人は、被疑者から任意に提出された尿に、現職の警察官が不正な工作を行うことなどありえないと思われるかもしれません。ASKAさんの「尿の代わりにお茶を提出した」という主張も、苦し紛れの言い逃れであって、荒唐無稽な主張であると思われるかもしれません。

しかし、実は、捜査官が証拠に手を加えるということは、そんなに珍しいことではないのです(たとえば、最近では現職検事による証拠改ざん事件が記憶に新しいです)。

覚せい剤の自己使用事件に関していえば、警察官が証拠の尿に手を加えた疑いのあるケースとして、公刊されている判例集に掲載されている判決では次の2件がありました(他にもあると思います)。

浦和地裁平成3年12月10日判決

この事件では、被疑者が紙コップに尿を入れて提出し、警察官がそれにフタをしてラベルを貼って被疑者に指印させたのですが、その直前に、被疑者に黙って背を向ける形で、別の紙コップに入った尿を注入しており、警察官はそれが「予試験用の尿を取り分けたのが多すぎたから一部戻した」と証言しました。しかし、事実関係を詳細に検討すると、その警察官が他人の尿を混入した疑いは否定できないとして、無罪となっています。

浦和地裁平成4年1月14日判決

この事件は、被疑者が警察署内のトイレで自ら水洗いした容器に尿を入れ、警察官に提出しましたが、その後、容器を受け取った警察官が先にトイレを出て、被疑者が取調室に戻ったときはその警察官はそこにおらず、15分か20分後に取調室に戻ってきて、検査したところ覚せい剤反応が出たと言われたという事案です。

この事件では、容器が被疑者の前から消えた時間があり、証拠を仔細に検討すると、その間に警察官によって尿に何らかの細工がなされた疑いは否定できないとして、これも無罪になっています(ただし、他の公訴事実で有罪)。

このように、覚せい剤の自己使用事件で、被疑者から提出された尿に捜査官が何らかの手を加えるというケースは、ないわけではないのです。

ASKAさんの主張は一見、荒唐無稽なものに見えますが、そんなことはありえないと一蹴するのではなく、その主張には耳を傾ける必要はあります。警察の主張の信用性も慎重に判断する必要はあると思います。(了)

【追記】

最近も、覚せい剤自己使用の事件で、尿に細工(尿のすり替え)が行われていた疑いがあるとして、無罪になったケースがあります。

被告人の男性は、2015年3月上旬から25日までの間、覚せい剤を使用したとして同月5月に逮捕、6月に起訴されていましたが、捜査段階から一貫して否認していました。東京地裁立川支部は、2016年3月16日に、警察官が他人の尿とすり替えた疑いがあるとして無罪判決を言渡しました。

裁判では、捜査で採取された尿を保管していたポリ容器の封に、本来あるはずの男性の署名と指印がなかったことが明らかになった。判決は、捜査をいったん放置していた町田署の警察官が再び捜査を進めることになり、「被告の尿が見当たらず、証拠を紛失したことを取り繕うため、警察内部の何者かが白地の封がされた尿入りの容器を作った可能性がある」と指摘した。

判決はさらに、尿を採取する際に作られる捜索差し押さえ調書についても「虚偽の内容で、つじつま合わせで作られた可能性がある。重大な違法証拠だ」と言及。「捜査の基本さえおざなりにされた、信頼性が低い捜査だ」と非難した。

出典:朝日新聞DIGITAL 2016年3月16日

(2016年12月22日追記)

【追記】

中日新聞:【速報】覚醒剤使用罪に問われた男性に無罪「警察官が混入の疑い残る」 名古屋地裁

名古屋地裁は、覚醒剤使用罪に問われた被告人に、「警察官が被告に出した飲み物に覚醒剤を混ぜた疑いが残る」として、無罪を言い渡しました。 (2021年3月19日)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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