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在日コリアンであることと「アイドルの条件」――日韓の狭間で

韓東賢日本映画大学教員(社会学)

韓国の女性アイドルグループLADY'S CODEで活躍中だった在日コリアンのクォン・リセさん(享年23歳)が不慮の事故で惜しくもこの世を去ってから、9月7日で1年になった。

大邱での収録を終えソウルへ移動中だったメンバー5人とスタイリストら関係者を乗せたワゴン車は2014年の9月3日午前1時23分頃、龍仁市内の嶺東高速道路を走行中にガードレールに激突した。雨天のなか、運転手を務めていたマネージャーのスピードの出し過ぎによるスリップが原因だった。メンバーのウンビさんが現場で亡くなり、頭部に大けがを負い意識不明だったリセさんも長時間におよぶ手術を経て4日後の7日に息を引き取った(報道によるとマネージャーのパク氏には今年4月、遺族との和解により減刑された禁固1年2か月執行猶予2年の刑が水原地裁より言い渡された)。

事故が起きウンビさんの命日である3日、韓国の各種音楽配信サイトでは、同じ事務所に所属する歌手らが一緒に歌うLADIES' CODEの曲『I'm Fine Thank You』がリリースされた。またリセさんの命日である7日には、LADIES' CODEメンバーのソジョンとアシュリー、ジュニが8月22日に日本で行われた追悼コンサートで事故後初めて披露した『つらくても笑うよ(原題)』がリリースされた。

追悼の意味で、以下、当時、書いた文章を転載する。

死亡記事のコメント欄にあふれるヘイト

韓国の女性アイドルグループLADY'S CODEで活躍中だった在日コリアンのリセさんが交通事故から4日後の9月7日、息を引き取った。移動中の車両が事故にあったもので、同じくメンバーのウンビさんも死亡している。日本でこれを報じるネット上のニュースのコメント欄には、見るに堪えないヘイトスピーチがあふれていて、しばらく怒りが収まらなかった。

だが、在日コリアンとして福島で生まれ育ち韓国にわたって芸能活動をしていた生前のリセさんは、韓国内でもヘイトスピーチに苦しんでいた。2010年に韓国の人気オーディション番組に出場したのがデビューのきっかけだったが、前年のミスコリア日本代表という経歴もあって注目されると同時に、福島で朝鮮学校に通っていたことから、「日本人女」を意味する蔑称や「アカ」呼ばわりされ続けた(そうした言葉は彼女の容姿や口調と結びつけられ、女性差別的なものでもあった)。彼女の死後もネット上で(もちろん追悼もあふれていたが)、そのような書き込みが途絶えることはなかった。

夢見たK-popの本場での苦闘と苦悩

なぜ彼女が芸能活動の場として韓国を選んだのか。残されたインタビュー等を読む限りでは、明確な理由はないもののなぜか韓国にひかれ、芸能活動をするなら韓国と子どもの頃から思っていたそうだ。日韓の架け橋になりたいといったような発言も多い。

日本で在日がアイドルになるのが困難だから韓国にわたったと言っていた人もいたが、私はそうは思わない。東方神起に憧れていた歌と踊りの好きな少女が、K-popブームのさなか、それもルーツにかかわりがあり、言葉や文化に馴染みもある韓国を目指すのは自然なことだろう。とはいえ言葉と文化の違いのハードルは決して低くはなく、在日コリアンへの無理解と偏見があるなか、自らが「韓国人であること」を必要以上に強調せざるをえないのが現状だ。

日本で出自を隠さなかったアイドル

逆に日本では、いまだにそれは邪魔で不要なものでしかない。そんななか、やはり朝鮮学校出身で、「芸能界に出自を隠している在日が多いということすら知らなかった」と語る「天然」さと、2002年日韓W杯共催を前にした時代の空気に後押しされそこを突破したのが、現在は主にミュージカルの舞台で活躍するソニンだ。1999年にSPEEDのコンサートを見て感動し、モーニング娘。の追加メンバーオーディションを受ける。落選したものの、本名で臨んだ姿が「芸能界で誰もやったことがないことをやりたかった」というマネージャーの目に留まり、男女混成のアイドルユニット、EE JUMPの一員としてデビューした。

あれから約15年、日本の状況は明らかに悪化した。韓国は今後どうなっていくのか。現代のアイドルに、「自己演出力」は欠かせない。在日というバックボーンは、その可能性を豊かにするものであっても減ずるものではないはずだ。リセさんの冥福を祈りながら。

(『週刊金曜日』2014年10月3日号「メディアウォッチング」)

日本映画大学教員(社会学)

ハン・トンヒョン 1968年東京生まれ。専門はネイションとエスニシティ、マイノリティ・マジョリティの関係やアイデンティティ、差別の問題など。主なフィールドは在日コリアンのことを中心に日本の多文化状況。韓国エンタメにも関心。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィ)』(双風舎,2006.電子版はPitch Communications,2015)、共著に『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』(2022,有斐閣)、『韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録 2014~2020』(2021,駒草出版)、『平成史【完全版】』(河出書房新社,2019)など。

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