スマトラ島沖地震と東日本大震災による津波がテーマの小説 「つらい体験は愛によって癒される」
インドネシアで昨年11月、津波を経験したインドネシアと日本の2地域が舞台の小説「手を取り合って(Te o Toriatte〜Genggam Cinta)」が発表された。2地域とは、2004年のスマトラ島沖地震による津波の被災地・インドネシア国アチェ州と2011年の東日本大震災による津波の被災地・福島県。小説はインドネシア語での出版だが、東日本大震災から9年を迎えた今月には、インドネシアの日本語紙「じゃかるた新聞」で邦訳の連載がスタートする。翻訳を担当するジャカルタ在住の編集者・池田華子さんは、「インドネシアと日本をつなぐ小説に携わることができて大変光栄。『被災者の心のケア』という難しいテーマだが、責任感を持ってやり抜きたい」と話している。
主人公は津波で家族を失ったインドネシア人女性
スマトラ島沖地震は、2004年12月26日に発生。マグニチュード9・1を観測し、大津波が東南アジアや南アジアのインド洋沿岸諸国を襲った。死者・行方不明者は22万人以上。そのうち、アチェ州だけで16万人を超える。
小説はアチェと福島を舞台に進む。主人公は、アチェの漁村で育ち、スマトラ島沖地震による津波で家族を失った女性・ムティア。孤児となったムティアの存在をニュースで知った福島在住の日本人夫婦が、亡くした子供と顔が似ていることに気づく。夫婦はアチェまで出向き、学費の支援を申し出。ムティアは支援を受けてジャカルタの高校に進学することになる。
日本人夫婦の養子となり、コンピュータ・サイエンスを学ぶため福島県内の大学に進学したムティアだが、東日本大震災によって養父母を亡くす。両親を二度失うという悲劇に見舞われたムティアは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみ続ける。
ある時、ムティアは2018年にインドネシアで発生した津波の調査のため、ジャカルタへ赴いた。偶然、元恋人と再会。感情が激しく揺さぶられるムティア。人生が、再び大きく動きだす――。
「つらい体験は愛によって癒される」
「災害はいつ起きるか分からない。そして災害が起きたとしても、我々は前に進まなければならない」
作者のアクマル・ナスリー・バスラルさん(51)は、「作品を通して訴えたいことは何か」との筆者の質問にこう答えた。
2004年にアチェを津波が襲った時、アクマルさんはインドネシアの雑誌「テンポ」の記者だった。発災後に現地へ赴き、津波の爪痕が残る場所や仮設住宅を取材して回った。取材の経験から学んだのが、防災の必要性と、被災者の心のケア。「つらい体験は愛によって癒される。ここで言う愛とは、人間の純粋な気持ちから発せられる、心からの愛」。アクマルさんが出した結論だ。
小説は、2013年に発表された短編がベースとなっている。東日本大震災の被災地に向けて、作家や芸術家が国際的な連帯を表明するプロジェクトの一環として、アクマルさんが執筆したものだ。その後、小説として書き直し、2019年に出版された。タイトルは「手を取り合って(愛の結束)」。英国のロックバンド・クイーンの曲「Teo Torriatte (Let Us Cling Together)」からインスピレーションを得た。
「東日本大震災という困難の中にあって、被災地には秩序と規律があった。まさに人々が手を取り合っていたのだ。新型コロナウイルスや社会の分断、災害など世界は多くの困難に直面しているが、私たちは手を取り合っていかねばならない」(アクマルさん)
「両国がより親密な関係となればうれしい」
翻訳者の池田さんと小説との出会いは、昨年末のこと。知人から小説の存在を教えてもらい、「インドネシアの人が東日本大震災を題材にしてくれたのか」と興味を抱いた。早速、書店で本を購入。読み始めるとすぐに引き込まれた。ムティアが津波に遭遇する場面はあまりにリアルな描写で、ページをめくるのをためらうこともあった。
「どんな人が書いているのだろう」。気になった池田さんは、アクマルさんに連絡して面会。初対面だったが「被災者は真実の愛によって救われる」という非常にまっすぐなアクマルさんの思いに、感銘を受けた。その場でアクマルさんから「実は邦訳をしてくれる人を探している」と相談を受けた池田さんは、「私がやります」とすぐに応じた。
現在、池田さんは共同通信デジタル・インドネシアという現地企業で正社員として働いている。通常業務をこなしつつ、時間を見つけて翻訳を進めており、すでに原稿の何本かは掲載を待つばかりだ。
池田さんは「小説には猪苗代湖の白鳥、福島の桜などの描写がある。また、アチェの文化に触れた部分もある。両国をつなぐ役割を担う存在となるであろう小説に携わることができて大変光栄」とコメント。その上で「『被災者は真実の愛によって救われる』という非常にまっすぐな作者からのメッセージは、インドネシア人だからこそ出せるメッセージなのかもしれない。『被災者の心のケア』という難しいテーマだが、責任感を持ってやり抜きたい」と決意を語っている。
アクマルさんは、「日本の皆さんに、アチェと東日本大震災による津波の被災地が近い境遇に置かれていたということを知ってもらえたらうれしい。今後、インドネシアと日本がより親密な関係となるよう心から願っている」と話している。