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現代美術家でラッパー中島晴矢インタビュー 処女エッセイ集と初の油絵個展

新川貴詩美術/舞台芸術ジャーナリスト
中島晴矢《麻布風景》

 中島晴矢が処女書籍を書きあげた。

 中島晴矢が初めての油彩画展を見せた。

 題名はいずれも「オイル・オン・タウンスケープ」だ。

 かんじんなことを言い忘れていた。中島晴矢とは何者か? 現代美術家にしてラッパーで、文筆活動も行えばカフェのマスターも務めた。現在、33歳、レアな昭和64(1989)年生まれでもある。

 書籍「オイル・オン・タウンスケープ」は、中島が生まれ育った横浜の港北ニュータウンや中高時代を過ごした麻布などの街並みについて、自身の生い立ちとともに綴ったエッセイ集だ。また、それらの街を油絵でも表現。文章と絵画がタッグを組んで、一冊に収められている。

 なお、本書に登場するそれぞれの土地を中島は「根拠地」と呼ぶ。そしてたびたび、随所にこの言葉が繰り返される。ポップソングの決めフレーズのように。つまり、本書を読み解くキーワードの一つとして位置づけられるのである。

 本書で根拠地とは「例えば故郷や家庭、性別、あるいは人種など、その人にとって自らの足場になっていると思える要素である。その提示こそが、表現者として出立するにあたっての第一歩だと考えるからだ」と説明される。

 だが、もう少し詳しく「根拠地」について中島に語ってもらおう。

中島晴矢の個展は恵比寿のNADiff Galleryで開催中 photo takasix
中島晴矢の個展は恵比寿のNADiff Galleryで開催中 photo takasix

「根拠地」で自分の態度やバックボーンを示す

中島 その言葉をぼくが考えるようになったのは、赤井浩太(あかい・こうた)くんという若い批評家が2019年にすばるクリティーク賞を取った「日本語ラップ feat.平岡正明」で、ラッパーたちの「根拠地の思想」を論じていたことがきっかけです。

 ヒップホップという文化の中で各自の居場所をどう位置づけるのか、たとえばどんな背景や出自なのかを伝えるときに、彼は「根拠地」という語を使ってて。ただ、もともとは毛沢東の軍事用語らしくて。軍事用語ゆえ、前線がつねに移動していくに従って、戦略的基地としての「根拠地」も変化していく。そのあたりを引用して、その時々の自分の態度やバックボーンを示すために「根拠地」を使った。

──言い換えれば、よりどころって感じ?

中島 近いかもですね。で、自分の過ごしてきたことや、友だちとか家族との関係といったよりどころに触れながら、なにより物理的なよりどころとなる街について書きたいという思いがもともとあって。

 この本に掲載された油絵の風景画の展覧会が、目下、恵比寿のNADiff Galleryで開催中である。中島は今回の企画を実現するにあたって初めて本格的に油彩画に着手した。

中島 アートをやってると、周りに芸大や美大の油画科出身者が多くて、当たり前だけど、みんな絵がうまい。だから、自分の絵を描きたい欲望に蓋をしていたところがあって。ただ、現代アートのスタイルで十年近く活動を続けてきたんだけど、そこに硬直性を感じたというか、いったん違うことをやりたくなって。

 で、コンセプトとかあまり気にせずに描いたらどうなんだろうと思って油絵を始めたんですね。

中島晴矢《港北ニュータウン》
中島晴矢《港北ニュータウン》

おれ、そろそろ死んじゃうのかなあ……

──どうして、いまのタイミングで今回の本を手がけようと思ったんですか? 自分の生い立ちと街について綴る本は、年取ってから書いたほうがエピソードも増えるし、街の変遷も伝えられるはずなのに。

中島 たしかに。30代で書くのは早い。

──生き急いでる感じすら漂う。

中島 だははは、おれ、そろそろ死んじゃうのかなあ……。

 たとえば、永井荷風が58歳で書いた「濹東綺譚」(岩波文庫)とか、その手の本が好きでよく読んでた。で、自分も書きたいと思ってた。でも、いま書いておかないと十代で過ごした街の感触とか友だちとのくだらないやりとりとか忘れてしまいそうで。だから、現時点での思いを書いておきたくて。

──30歳を迎えたことが理由のひとつになりましたか?

中島 それはありますね。ぼくが油絵を手がけるようになったのはちょうど30。本でも触れた長谷川利行(はせかわ・としゆき)も30で上京してきて絵を描き始めた。あと、文章に関しては20代のころは肩肘張って書いてたけど、30を過ぎたあたりから、自分らしい文体で表現できるようになってきた、いや、そうなりたいと思うようになってきて。

手が動いて私小説っぽくなってっちゃった

──小説ではなく随筆を選んだ理由は? 

中島 完全にフィクションや虚構で書くのは果たせそうになかったから。そこで、随筆のつもりで書いてたはずが、つい小説的な要素が入って来ちゃって、手が動いて私小説っぽくなってっちゃった。それに批評的な面もあるし、一般的なエッセイと比べて、少々特殊なエッセイになりましたね。

──すると、小説か随筆か、というより、散文といったほうがいいのかも。

中島 あ、そうかも。たしかに散文って感じですね。

──散歩して書いた文章だし。

中島 まさに。散り散りな、そぞろな文章ですよ。

中島晴矢公式サイト

書籍

「オイル・オン・タウンスケープ」

論創社 2420円(税込)
論創社 2420円(税込)

展覧会

「オイル・オン・タウンスケープ」

会期:2022年6月9日(木)〜26日(日)

営業日:木、金、土、日

時間:13時〜19時

会場:NADiff Gallery

   東京都渋谷区恵比寿1丁目18-4 NADiff A/P/A/R/T 地下1階

料金:無料

美術/舞台芸術ジャーナリスト

出版社に勤務した後、執筆活動を開始。国内外の現代アートをはじめ演劇やダンスなど舞台芸術に関して、雑誌や新聞、ウェブメディアなどに執筆。主な著書に『残像にインストール 舞台美術という表現』(光琳社出版)、主な編書に『蓬莱山 蔡國強と大地の芸術祭の15年』(現代企画室)などがある。早稲田大学第一文学部卒業、同大学院情報通信専攻修了。多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科非常勤講師。プロフィール画像撮影:松蔭浩之

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