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養育費からの「逃げ得」による子どもの”養育放棄”を許さない 兵庫県明石市の社会実験に注目

湯浅誠社会活動家・東京大学特任教授
(写真:アフロ)

明石市が、またやった

「子どもを核としたまちづくり」を掲げ、子ども関連施策を次々と打ち出してきた明石市が、またやった。

今度は、養育費の立替払い事業だ。

「ついにここまでやったか」との感慨を抱く。

デリケートな養育費問題に切り込む

子どもはカバンじゃない。『どっちが持ってく?』っていう話じゃない」というのが、明石市長・泉房穂(いずみ・ふさほ)氏の口癖だった。

そして2014年、自治体として初めて「こどもの養育に関する合意書」をつくり、役所に離婚届を取りにきた夫婦に渡す取り組みを始めた。

離婚家庭における養育費は、デリケートな問題だ。

離別した元夫(注1)が、取り決めた養育費を支払わない。そのことが母子家庭の貧困の原因の一つになってきた。

その事実は、長く指摘されてきた。

でも、諸外国のような制度は整えられてこなかった。

「離婚を促進し、家族を壊す」という声が、隠然たる力を持ってきたからだ。

スーパーウーマンはワーキングプア

日本のシングルマザーの就労率は先進国トップクラスだ。

しかし、母子家庭の貧困率は先進国最悪だ。

そしてそれが、子どもの貧困率を押し上げてきた。

シングルマザーは、家事も育児も仕事もする「スーパーウーマン」だ。

同時に、働いても貧困という「ワーキングプア」の典型のような存在でもある。

「スーパーウーマン」が「ワーキングプア」でもある、というシュールな現実が、この国にはある。

国レベルに押し上げた後、次の一手に着手

明石市の「こどもの養育に関する合意書」は、そこに風穴を開けた

おもしろく思わなかった人たちはいたはずだ。

それでも2016年には、国は合意書を普及させ始めた法務省ホームページ参照)。

今回、そこからさらに一歩踏み込んで「養育費立替えパイロット事業」を開始した。

自治体発の取組みを国レベルに押し上げたところで、次の一手に着手したのだ。

筆者が2年前にインタビューしたとき、泉市長は「将来的には養育費の立替え支給も検討していきたい」と語っていた。

有言実行したわけだ。

かっこいい。

スキームはこうだ

「養育費立替えパイロット事業」のスキームはこうだ。

離婚の際に取り決めた養育費が月1万円と仮定する。

1)まず元妻と保証会社が契約を結ぶ。そしたら明石市が会社に年間保証料1万円を納める。

2)約束された養育費が支払われなかった月は、保証会社が母子家庭にその1万円を立替払いする。

3)保証会社が元夫にその1万円を取り立てる

明石市が負担するのは、年間保証料の1万円のみ

もし養育費が支払われなくても、明石市が追加の負担をすることはない。

元妻は年間最大12か月分、つまり12万円の立替えが受けられる。

元妻と保証会社の民間同士の契約がベースで、保証料部分だけを明石市がサポートするという仕組みだ。

泣き寝入りが常識?

一度取り決めた金額が支払われなかった場合、それを元妻が自分で取り立てることは容易ではない。

裁判も起こせるが、膨大なエネルギーがかかることはすぐに想像がつくだろう。

結局泣き寝入りというのがこれまでの「常識」だった。

養育費をアテにしていたら「バカじゃない?」と言われかねなかった。

おかしなことだ。

だから、その状況を変えようとしている。

元夫にしてみれば、元妻に取り立てられるよりも、保証会社に取り立てられたほうが「こわい」。

徴収力を強化し、子どもの”養育放棄”を許さないというのが、今回の取組みの本義だ。

養育費不払いはネグレクト?

「養育放棄(ネグレクト)」という言葉を使うのは、強すぎるように聞こえるかもしれない。

言うまでもなく、養育費は成人するまでの子どもの育ちのためのお金だ。

2人でつくった子どもの育ちは、たとえ別れても2人で責任を持つ。

民法も「(養育費等の取り決めは)子の利益を最も優先して考慮しなければならない」と定めている(766条1項)。

優先されるべきは「子の利益」だ。

そして養育費は、夫婦が「ま、こんなもんか」と適当に決めるものではない。

子どもの人数や年齢と、養育義務者の収入に応じた「相場」がある。

裁判所が「算定表」を示してもいる。

子どもの育ちのために、養育義務者が果たすべき合理的な金額が「養育費」だ。

その義務を果たさずに逃げるのは、たとえ自分が直接養育していなくても”養育放棄”だろう。

「元妻の生活費」でもない

同時に、養育費は元妻の生活費でもない

子どもの育ちのために使われる必要がある。

それがなされなければ、元妻も養育放棄のそしりを免れない。

せっかくしっかり取り立てても、元妻の遊興費に使われたのでは意味はない

だから、そうしたもろもろを検証するため、今回は「パイロット事業」とされている。

予算は今年度90万円。上限は月額5万円で、18世帯分。

明石市に未成年の子どもがいるひとり親世帯は約2,500あるというから、対象になるのは全体の1%未満。

これで効果を検証して、養育費支払いに効果があるか、支払われた養育費がちゃんと子どものために使われるか等々が確かめられる。

元夫が結局払わなかったり、また元妻がちゃんと子どものために使わなければ、その時点でこの試みを止めればいい

また、これで明石市の離婚が統計的に有意に増えるなら、それはそれで問題にすればいい。

でも、試してみるに値する取組み、「社会実験」だと思う。

国もその方向へ動き出している

課題は国も認識している。

つい先日の法務省の審議会では、養育費の不払いを取り立てやすくするための要綱案(民事執行法改正要綱案)がまとまった。

これまでは、裁判で取り決めた養育費を元夫が支払わなくなっても、元妻が自力で元夫の銀行口座などの資産を突き止める必要があった。

「ここにお金がある」と立証しなければ差し押さえはできなかった。

でも、銀行は簡単に口座情報を教えない。

結局、泣き寝入りするしかなかった。

それを、裁判所が銀行や市町村に「元夫の情報を提供しなさい」と命令できるようにする、というのが今回の改正要綱案の趣旨だ。

国にもそうした方向に動き出した。

その先に、明石市のパイロット事業がある。

「家族の問題」なんだろうか?

泉市長によれば、このパイロット事業に税金を投入することへの批判もあると言う。

「家族の問題」に、役所が公金を入れるのはいかがなものか、ということだろう。

しかし、約束を反故にして「逃げた者勝ち」「養育放棄した者勝ち」という状態を放置するのが正しいとは思えない。

「家族の問題」を強調しすぎると、虐待だって「家族の問題」になりかねない。

お金の問題にしても、子どもが貧困に陥って将来にわたる影響を受ければ、そのとき投入される税金は一世帯5万円では済まない

「今年度90万円」という金額も、人口30万人の明石市の事業として不相応に大きいとは言えないだろう。

その子どもたちも将来明石市に住み続けることを目指すのであれば、安上がりという見方だってできる。

倫理的にも経済的にも合理性のある事業ではないか、と私は思う。

「木を見て森を見ない」議論に陥らないようにしたい。

リスクをとって切り拓く時代

すべての先駆的なアクションには、リスクがある。

他方、リスクをおそれて、すべての自治体がじっとしてたら、世の中は動かない。

たしかに明石市でなければならない理由はない。

でも、明石市でやってはいけない理由もない。

暮らしのニーズがあり、それで困っている人がいれば、明石市も他市もチャレンジすればいい。

それが「自治体を経営する」ということではないか。

もう国がリードして、自治体が横並びでついていく時代ではない。

先進的な自治体が実験的な取組みをし、その成果を見ながら国が採り入れ、全国展開していく時代だ。

「地方創生」とは、そういうことだろう。

明石市の社会実験の行く末を注目したい。

――――

(注1)養育費を支払うのが元夫(男性)とはかぎらない。元妻(女性)が支払う場合ももちろんある。だからこの表現は正確ではないが、養育費未払いの被害を受けているのは母子家庭が圧倒的に多いという実態や、ともに「離婚した元配偶者」と表記したのでは読み手が混乱しかねないという表現上の配慮により、この表現を採用している。父子家庭の生活上の困難を軽視する意図はない。

(参考)

湯浅誠:「子どもの貧困対策をするつもりはない」と 対策先進市・明石市長が言う理由

ハフポスト9/21:離婚後の未払い養育費、保証会社が立て替えます。兵庫県明石市が全国初のモデル事業

朝日新聞9/27:養育費、受け取り保証 上限月5万円、初の制度 兵庫・明石市

社会活動家・東京大学特任教授

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『つながり続ける こども食堂』(中央公論新社)、『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。

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