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「子どもの貧困対策をするつもりはない」と 対策先進市・明石市長が言う理由

湯浅誠社会活動家・東京大学特任教授
激しい身振りを交えて熱弁する泉房穂・明石市長

タコが有名で、さかなクンが「あかしタコ大使」を勤める兵庫県明石市。

人口29万人のこの町は、同時に全国に先駆けた「離婚時の養育費等取り決め」など、子どもの貧困対策の先進市でもある。

対策は、二期目に入った泉房穂市長の強力なリーダーシップの下で行われてきた。

ところが当の泉市長は「子どもの貧困対策をするつもりはない」と言い切る。

およそ謙遜するタイプには見えないマシンガントークの市長が、真顔でそのように言うワケとは? 明石市の経営戦略(「アカシノミクス!?」)とは? 泉房穂市長のロングインタビューをお届けする。

子どもはカバンじゃない!

――明石市は全国に先駆けて「離婚時の養育費等取り決め」を進めてこられました。

20年間「子どもはカバンじゃない!」と言い続けてきました。

「どっちが持って行く?」とか、そんな話ではない。モノじゃないんだから。

離婚が避けられなくなってしまっても、その影響を受ける子どもの未来にとって最善の選択肢を話し合ってから離婚すべきでしょう。

そう考えて、2014年度から離婚届を取りに来られた方たちに「こどもの養育に関する合意書」をお配りするようにしました。

養育費の額だけではなく、支払いの期間や振込口座、面会交流の方法・頻度・場所などを具体的に記入できる合意書です。

提出は義務ではありませんが、ご両親には考えていただきたかった。

もちろん、合意書を配布するだけではありません。民間団体と連携して月1回の専門相談会を開き、実効性のある取り決めがなされるようサポートします。

また、アメリカの多くの州で義務化されている「離婚前講座」も開いています。

将来的には養育費の立て替え支給も検討していきたいですね。

これらはすべて、離婚によって大きな影響を受ける子どもたちを守るためです。決して離婚を勧めているわけではありません。

(明石市提供)
(明石市提供)

――ひとり親家庭の貧困率は高く、背景の一因に養育費を受け取るひとり親(主に母子家庭)の少なさがあります。子どもの貧困問題に対する注目が高まる中で、明石市の取り組みが全国的にも採用されつつあります。

2011年の厚労省の調査では、母子家庭のうち、養育費を受け取っているのは20%、面会交流を行っているのは28%にすぎません。

子の利益が十分に守られている状態とは言えません。

明石市は一基礎自治体にすぎませんが、私は常に「普遍性」を意識して施策を打っています。

明石市にできることは今すぐにでも他の自治体もできる、今すぐにでも他の自治体でできないようなやり方はしない、このように考えながら、施策を作ってきました。

国でも超党派の「親子断絶防止議員連盟」が「明石市のやり方をナショナルスタンダードに」と言ってくれ、現在法制化作業が進行中です。

児童扶養手当のまとめ支給も先駆ける

――児童扶養手当の毎月支給にも取り組まれるご予定とか。

自治体の施策として始めるべく、準備しています。

ひとり親家庭などに支給される児童扶養手当は4か月ごとの支給ですが、それだとどうしても、日々のやりくりが足らないからまとまったお金が入る支給日に支払う、その結果次の支給日までに生活費が足りなくなる、という悪循環を生じかねません。

それなりの貯金がある方たちや、毎月決まったお給料が入る方たちにはなかなか想像しにくい不都合が生まれ、困窮の度合いを深めてしまう可能性があります。

ただし、児童扶養手当は法律で「4月、8月、12月に支給」と4か月ごとの支給が明記されていますので、自治体が勝手に毎月の支給に切り替えることはできません。

そこで明石市は、手当てを受け取るご本人の希望をうかがって、毎月児童扶養手当1か月分の貸し付けを行い、児童扶養手当の支給時にその費用を相殺するサービスを始める予定です。

もちろんただの貸し付けサービスにはしません

そのやりとりを通じて、家計管理のサポートなども行います。これは明石市社会福祉協議会(社協)にやっていただく予定です。

実は社協は、すでに認知症高齢者や障害者の方などを対象に似たような事業を行っており(日常生活自立支援事業)、そのノウハウがあります。そのノウハウを応用できます。

――しかし、そうしたサービスが必要な人ほど、自分から役所にアプローチしてこないのではないですか。

だからこそ、今年から、児童扶養手当の全受給世帯と面会できる8月の現況届の際にアンケート調査をし、希望を聞き取ります。

このように、市役所は市民との接点を数多く持っており、それを活かすことにより、様々な困難を抱えた人と接することができます。

例えば、明石市では、市内のすべての子どもの状況を確認するために、様々な機会を使いすべての子どもと面会をする取り組みを行ってきました。

もし、子どもと会えない、会わせてもらえないような場合には、18歳未満の子どものいる世帯に広く支給される児童手当の振り込みを停止し、子どもを連れてきてくれたら手渡しするようにしています。

市民との接点をフル活用

――役所の事務負担が大変ではありませんか。

そんなことはありません。

明石市では乳幼児健診を4か月児、10か月児、1歳6か月児、3歳児に実施していますが、そのときに会えれば様子がわかります。

明石市の乳幼児健診の受診率は約98%ですから、そこから漏れてしまった家庭を訪問すれば足ります。

保健師さんに訪問してもらい、その機会を活用して相談にのります。

このように、様々な機会を活用することにより、市民と接点を持つことが可能となります。

例えば、母子手帳の発行時にも、こうした相談を行おうと思っています。

写真:明石市
写真:明石市

――お話をうかがっていると、行政サービスを行う機会をこまめに捉えて、そこを気になるご家庭や子どもの発見や相談のチャンスとして活用しているように見えます。

おっしゃる通りです。

役所は、さまざまな行政サービスを、該当するすべての市民全員に届ける業務を日々行っています。

その機会を利用すれば、そこから漏れてしまっているご家庭や子どもを発見することができます。

そうしてヌケ・モレを防ぎながら、そこに相談機能もつけていけば、虐待や貧困の早期発見・早期対応にもつながる。

単に該当家庭に銀行振り込みをするだけでは、住民のみなさんの顔は見えてきません。

――市長はどうして、そのような発想をお持ちになったんですか。

弁護士として、市民のお困りごとの相談にのってきた経験が大きいですかね。

さまざまな困難を抱えるご家庭をたくさん見ながら、一件一件の対応には限界があると感じてきました。

弁護士は、相談に来てもらわないと対応できない。深刻な事態に立ち至る前に対応したいけど、どこにそういう人たちがいるのかわからない。

他方、行政には多様な情報が集まっている。住民と接する機会も多い。

なんでその機会をもっと有効に活用しないのか、なにやってんだ、という気持ちですね。

で、ただ文句言っているだけではしょうがないので、自分で行政をやってしまおう、と(笑)。

――なるほど。だとすると、その発想で子どもの貧困対策以外の分野でもいろいろやっておられそうですね。

はい。

全国で1万人いると言われる戸籍のない「無戸籍者」を市内で11人発見して、支援を行いました。

無戸籍者の方々は小学校にも行っておられない。「500円の2割引きと600円の3割引き、どっちが安いのかわかるようになりたい」とおっしゃったんで、教員OBの方に教育支援をしていただきました。

再犯を繰り返してしまう認知症高齢者や知的障害者などの支援を行うためのネットワーク会議も7月に始めました。これも、弁護士時代に入所中の受刑者の療育手帳取得支援などをやっていた経験からです。

また明石市は、2018年度に中核市に移行しますが、その翌年度の2019年度には中核市として今回の児童福祉法改正後全国初となる児童相談所も開設します。

(写真:明石市長室)
(写真:明石市長室)

子どもの貧困対策をするつもりはない

――「社会的弱者」と呼ばれる方たちに対して、とても積極的な取り組みをしておられるのですね。子どもの貧困対策もその一環ということですね。

いや、子どもの貧困対策をするつもりはありません

――とおっしゃいますと?

貧困家庭の子どもたちだけをターゲットに施策を打っているつもりはありません。

明石市の対象はあくまで「すべての子どもたち」です。

すべての子どもの発達と未来を保障しようとする中で、残念ながら漏れやすい、行政サービスの届きにくい、また不遇な状態で育たざるを得ない子どもたちが出てくる。

それを防ごうとすると、結果的に対象者が貧困家庭の子どもとなることがある。そういうことです。

なので、児童手当を該当する市民に行き渡らせようとすれば、またその機会を活用してご家庭のお困りごとを解決していこうとすれば、結果的にそこで浮かび上がってくるのは貧困家庭の子どもたちだったりするわけですが、それは結果であって、その子たちに向けてサービスをしているわけではない。

すべての子どもたちが対象です。

――ユニバーサル(すべての子に対する)な支援ということですね。

そうです。

明石市は「こどもを核にしたまちづくり」を掲げています。

対象はすべての子。

貧困家庭の子どもたちばかりを見ているわけではなく、同時に、その子たちが排除されるのを決して放置しません。

3つの重点施策

――すべての子に対するユニバーサルな支援を行うとなれば、保育所整備なども対象になりますね。

もちろんそうです。

明石市では、以前から中学生までのこども医療費の完全無料化を実現してきましたが、

それに加えて今年度から、「教育・子育て分野の3つの重点施策」として、

1 保育所受け入れ1000人増

2 第2子以降の保育料の完全無料化

3 小学校1年生への30人学級の導入を行います。

特に2は、年齢制限や所得制限をともなわない「完全」無料化で、これは関西初、人口5万人以上の市としては全国初の取り組みとなります。

これによって、たとえば年収700万円の夫婦共働き世帯で、6歳3歳0歳のお子さんがおられるご家庭だと、年間73万9200円の負担軽減となります。

子育ての経済的負担を大幅に軽減していこうというのが、明石市の取組みです。

広報あかし2016年3月1日号
広報あかし2016年3月1日号

「財源はある」と気づいたきっかけ

――すばらしいお話ですが、中間層の子まで含めてユニバーサルなサービスを行うのは「バラマキ」で、それでは自治体財政は破綻するというのが、世間の“常識”です。財源はどうされているんですか?

先ほどの3つの重点施策を実施するためには23億4000万円程度かかりますが、職員の人件費削減や、真に必要な事業かどうかの吟味を尽くすことでねん出しています。

真に必要なサービスを削るのは論外ですが、自治体の事業の中には、まだまだムダが隠れています。

私も市長になって2年間は「明石市にはお金がない」と思っていましたが、あるきっかけで、そうではないことに気づいた。

市長になって3年目のときに、部長たちに「担当事業のリストを、1~50位までの優先順位をつけて出してくれ」と指示しました。

そして出てきたリストに対して、30位までで機械的にカットすると告げ、実際にそうしました。

そしたら31位以下の事業が全くできなくなったかというと、やりくりの中でカットしたはずの事業も実施しているんですね。

なんだ、できるんじゃないかと思いました。

たとえば今、血液検査の技術はものすごく進歩していて、胃がんについても胃がんリスク検診(通称ABC検診)が広がっています。明石市は2012年から採用しています。

これはレントゲン検診に比べて、費用は2分の1で、発見率が5倍です。それでも長年続いた慣習やしがらみから、まだまだ採用する自治体が少ない。

こうした非効率は、実はまだたくさんあります。

お金はある、むしろ余っている。――今はそう思っています。

明石市経営戦略 狙いは中間層の子育て世代

――しかし、国でも民主党政権時に「支出を見直せば16兆円出てくる」と言って、実際に出てこなかった経験がある。ムダ削減だけでは限界があるのではないですか。

自治体経営者として、当然、戦略はあります。

明石市の戦略は、こどもを核としたまちづくりを推進することで、年収700万円前後の「中の上」の子育て世代を呼び込むこと、その方たちに選んでいただける町になることです。

その層の方たちは、子育てに関心が高く、そして教育熱心です。

子どもが大きくなるにつれて、どこでマンションや宅地を購入するかを検討される際に、明石市のやってきた施策が魅力的に映るはずだと思っています。

そして、その方たちが明石市を選んでくれれば、地価が上がり、固定資産税収入が伸び、市の財政は好転する。

実際にそのような現象が起きています。

明石市は、関西で唯一、人口のV字回復を果たしている他(平成24年290,657人→平成27年293,509人)、地価(商業地、住宅地)も回復し始め、財政収支の均衡も改善してきています。

明石市提供
明石市提供

――神戸市や大阪市といった大都市へのアクセスが容易な、地の利を生かした自治体経営だということですね。

そうです。

そしてその延長線上に、2018年度の中核市への移行と、地域版地方創生総合戦略に掲げた「トリプルスリー(人口30万人、出生数年間3000人、本の貸し出し年間300万冊)」の実現を見据えています。

アカシノミクスで好循環!?

――人口や出生率・出生数の目標は、このご時世では珍しくありませんが、「本の貸し出し」という目標は珍しいですね。

一つには「産めよ増やせよ」という話ではない、ということが言いたかった。質も大事だ、と。

そしてもう一つは、先ほどの教育熱心なメインターゲット層に訴えたかったという戦略的な側面もあります。

明石駅前に建設中の再開発ビルは、広さを4倍にした市民図書館が入る他、大規模書店も誘致し、日本一の本のビルにするつもりです。

もちろん、豊富な本を無料で読める環境の充実は、子どもの貧困対策にもなりえるでしょう。

ただ私としては、市民ニーズと時代ニーズに応えているだけで、子どもの貧困対策のためにやっているわけではありません。

――市民ニーズと時代ニーズに応えていけば、人が集まり、その結果税収が上がり、その果実をさらなる市民サービスの拡充に回せる。結果として貧困状態に取り残される子どもたちも減らせる。これが明石市の目指す好循環ということですね。さしずめ「アカシノミクス」というところでしょうか。

ははは(笑)。そう言っていただいてもかまいませんよ。

写真:明石市長室
写真:明石市長室
社会活動家・東京大学特任教授

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『つながり続ける こども食堂』(中央公論新社)、『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。

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