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なぜ、大阪で無罪判決が続出? 「揺さぶられっ子症候群」の捜査をめぐる危うい現実

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
子どもの病気やケガを「虐待」と疑われ、親子分離、逮捕というケースが相次いでいる(写真:PantherMedia/イメージマート)

 12月4日、大阪地裁は「揺さぶられっ子症候群(SBS)」事件で虐待を疑われていた母親に、またしても無罪判決を下しました。

「揺さぶられ症候群」めぐり母親に無罪 全国で16例目(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

 記事によると、2014年以降の6年間に、少なくとも全国で16例の「揺さぶられっ子症候群」裁判で無罪判決が出ているとのこと。

有罪率99%以上と言われている日本の刑事裁判で、無罪がこれほど連続するというのは、まさに異例中の異例です。そのうちの半数にあたる8件は大阪府警が捜査しているという事実に、「なぜ、大阪に集中しているのか? 捜査の在り方に問題があるのではないか?」という疑問の声が上がっています。

 上記の無罪判決から6日後の12月10日、大阪府議会では早速、この問題が取り上げられました。

 質問に立った林啓二議員(公明党)が、 「虐待は絶対に許されないが、冤罪の悲劇は防がなければならない」と述べたうえで、大阪府警に対して冤罪を防ぐための対応について、答弁を求めたのです。

 大阪で無罪事件が多発している根本的な理由については、後ほど説明しますが、まずは12月10日に行われた大阪府警刑事部長の答弁を紹介したいと思います。

「揺さぶられっ子症候群」の裁判で、無罪が続出している大阪地方裁判所・大阪高等裁判所(筆者撮影)
「揺さぶられっ子症候群」の裁判で、無罪が続出している大阪地方裁判所・大阪高等裁判所(筆者撮影)

■議会で追及された大阪府警刑事部長の答弁

 まず、林啓二議員は以下のような内容の質問を行いました。

<林啓二議員>

最近、「揺さぶられっ子症候群(SBS)」の児童虐待事件について、不起訴や無罪判決に至った事件が続いている。虐待を疑われた場合、子どもは養育者と引き離され、愛着を形成する最も大切な時期に養育者と触れ合うことができず、成長発達を阻害する残酷な現実を生んでいる。虐待は許されないが、個人の尊厳を奪う冤罪も絶対に許されない。大阪府警の現状を踏まえた今後の対応について聞かせてほしい。

 この質問に対して、大阪府警察本部の服部準刑事部長は以下のように答弁しました。

<服部準刑事部長>

 個別の事件や裁判所等の判断について言及することは、差し控えさせていただきますが、事件の捜査に当たっては、必要な証拠資料を収集するとともに、当事者や関係者への事情聴取を行うほか、委員お示しのSBS等の乳幼児が頭部に受傷する事案等、専門的判断を要する事柄におきましては、必要に応じて専門的な知見を有する専門家の意見を求めるなどしているところでございます。

 こうした事案も含め、個々の事案に応じ的確な対応と共に、適切かつ緻密な捜査に努めてまいります

 刑事部長のこの答弁を受け、林議員は『SBS検証プロジェクト』の共同代表である、甲南大学法学部教授・笹倉香奈氏から寄せられた以下のコメントを読み上げました。

<笹倉香奈教授のコメント>

SBS(揺さぶられっ子症候群)については、現在、国内外で議論が展開されている。乳幼児の頭部外傷について科学的に明らかになっていない事実が多く存在することを謙虚に認め、科学的な視点に立って、冷静な議論を進める必要がある

新たな過ちを防ぐためには、SBS理論そのものや診断の在り方について、子供虐待の専門家だけではなく、幅広い専門家による科学的な検証をゼロベースで補い、冤罪を徹底的に防止する必要がある。冤罪という深刻な人権侵害は、養育者自身にとっても、子どもにとっても取り返しのつかない悲劇をもたらすことを、あらためて認識すべきである。

科学も医学も絶えず進歩する。新たな医学的知見を真摯に受け止め、さまざまな観点から見直しを行うのが医学のあるべき姿ではなかろうか。目指すべきは安心して子育てをすることができ、子どもが真に成長発達の権利を保障される社会である。そのためには、虐待はもちろんのこと、冤罪も許されない。

 そして林議員は、最後にこう締めくくったのです。

たとえ不起訴や無罪判決を勝ち取っても、当事者の名誉と、家族の時間を完全に回復することはできません。大阪府警としてこの現実をしっかり受け止めていただき、適切かつ緻密な捜査に努めていただくことを強く要望しておきます。

生後2か月の孫への「揺さぶり虐待」を疑われ、大阪府警が逮捕。一審で5年半の実刑判決を受けた女性は、2019年11月、大阪高裁で逆転無罪を勝ち取った。赤ちゃんは脳に出血が起こる病気だった(筆者撮影)
生後2か月の孫への「揺さぶり虐待」を疑われ、大阪府警が逮捕。一審で5年半の実刑判決を受けた女性は、2019年11月、大阪高裁で逆転無罪を勝ち取った。赤ちゃんは脳に出血が起こる病気だった(筆者撮影)

■全国初の「児童虐待対策室」を設置した大阪府警

 大阪府警察本部は2017年、全国に先駆けて、生活安全部少年課の中に「児童虐待対策室」を設置。児童相談所などと情報共有をして、児童虐待に目を光らせてきました。

 対策室が設置された理由を大阪府警に尋ねたところ、「2016年秋、大阪府堺市や大阪市で、行方不明となっていた幼児が相次いで遺体で見つかり、いずれも両親の虐待によって命を奪われたことが発覚したから」ということでした。

 ちなみに、大阪府警が「児童虐待の疑いがある」として児童相談所に通告した18歳未満の子どもの数は、2018年に1万1119人、2019年には1万2609人。5年連続、全国最多となっています。

 大阪府警の「児童虐待事件の検挙」にかける意気込みと熱意が、この数字に表れていると言えるでしょう。

 しかしその裏で、転倒事故や病気にもかかわらず一方的に虐待を疑われ、長期間子どもと引き離され、厳しい取り調べを受けている家族がいることも事実です。

 2017年に生後7か月の長男がつかまり立ちからの転倒で急性硬膜下血腫などのけがを負い、一緒にいた妻(男児の母親)が「揺さぶり虐待」を疑われ逮捕された経験を持つ大阪府の菅家英昭さんは、今回の刑事部長の答弁を聞いてこう語ります。

「警察の立場からすれば、間違ったことはしていないと思っているのでしょうけれど、結局、まともに答えるつもりはないんだな、と感じました。刑事部長は『知見を有する専門家の意見を求める』と述べていましたが、何をもって専門家というのか、科学的とは何なのか……。大阪府警の中に虐待専門のチームができたから、自分たちの実績を作るためにやっているのではないかと疑いたくなります」

妻が虐待を疑われ、大阪府警に逮捕された経験を持つ菅家さん。結果的に疑いは晴れ、不起訴処分となった。日弁連での記者会見にて(筆者撮影)
妻が虐待を疑われ、大阪府警に逮捕された経験を持つ菅家さん。結果的に疑いは晴れ、不起訴処分となった。日弁連での記者会見にて(筆者撮影)

■つかまり立ちからの転倒なのに「虐待」を疑われ逮捕

 菅家さんの妻が大阪府警に逮捕されたのは、転倒事故が起こった翌年、2018年のことでした。まさに児童虐待対策室が動き出した時期と合致します。

 逮捕後は留置場に勾留され、厳しい取り調べを受けながらも、一貫して無実を訴え、黙秘を貫いたそうです。

「刑事部長は『必要な証拠資料を収集』と言っていますが、いったいどこの専門家に意見を求め、どんな捜査を行って逮捕に至ったのかは闇の中です。妻はその後、不起訴になり、幸い刑事訴追されることはありませんでしたが、私たちは当事者でありながら、いまだに捜査記録を見ることもできないのです」(菅家英昭さん)

 一方、転倒事故の直後から児童相談所による親子分離が行われ、その措置は結果的に400日以上続きました。当初は息子さんが保護されている乳児院の場所も知らされず、面会すら許されなかったといいます。

「とにかく、子どもと会えない期間は本当に辛かったですね。頭にけがをしていたため、できることならつきっきりでリハビリなどもしてやりたかったのに、それもできませんでした。捜査機関は子どもを守るためと言いながら、いったい、誰のため、何のためにこのようなことをやっているのか……、今も疑問を感じています」

■同じ体験をした仲間たちと「家族の会」で情報交換

 400日以上の親子分離を経て、ようやく我が子との暮らしを取り戻した菅家さん夫妻は、2年前から、同様の体験をした人たちと『SBS/AHTを考える家族の会』で活動を行っています。

*「乳幼児揺さぶられ症候群(Shaken Baby Syndrome=SBS)」

*「虐待性頭部外傷(Abusive Head Trauma=AHT)」

 現在、この会には25家族が参加し、関係者を含めるとメンバーは40名を超えていますが、無実を訴えながらも、逮捕、起訴までされた当事者は大阪府在住者に集中しているのが現実です。

 年末年始は、生まれたばかりの赤ちゃんと初めて過ごすクリスマスやお正月を楽しみにしている人も多いことでしょう。

 しかし、不慮の事故や病気にもかかわらず、「揺さぶり虐待」を疑われて親子分離され、今も泣きながら我が子の帰りを待ち続けている保護者たちが大勢いるという現実を、この問題に関わる各機関には重く受け止めていただきたいと思います。

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『事故か、虐待か?「乳幼児揺さぶられ症候群」めぐり、分かれる医師の見解』(2018.3.9)

柳原三佳のWEBサイト『揺さぶられっこ症候群』

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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