夜行列車がなくなる!これでいいのか、日本の「夜の移動」事情
2014年春のJRダイヤ改正で、寝台特急「あけぼの」が廃止となる。かつて日本全国を結んでいた夜行列車はもはや風前の灯だ。夜行列車は人々の生活に不要なのか?今回は少し真面目に考えてみたい。
JR各社は、平成26(2014)年春に実施するダイヤ改正の概要を発表した。秋田新幹線「こまち」全列車がE6系となり、時速320km運転を開始するほか、北陸新幹線用車両・E7系が長野新幹線区間で先行デビュー、東海道・山陽新幹線では「のぞみ」「みずほ」の増発対応など、新幹線を中心に華やかな話題が目立つ。一方、JR北海道では「スーパー宗谷」のスピードダウン、各社ローカル線の運行本数見直しなど、暗い話題も多い。そして、中でも一番の注目は寝台特急「あけぼの」の定期運行終了であろう。
「あけぼの」は、上野と青森を東北・上越・羽越本線経由で結ぶブルートレインで、その歴史は昭和45(1970)年にさかのぼる、当初は福島経由で最大3往復が運行されていたが、山形新幹線の建設に合わせた経路変更などを経て、現在の体制となった。2段ベッドの一般的なB寝台をはじめ、1人用B寝台個室「ソロ」、1人用A寝台個室「シングルデラックス」、そして簡易寝台「ゴロンとシート」など、多彩なシート(ベッド)バリエーションが特徴だ。山形~秋田~青森県にかけて、日本海側の主要駅をこまめに停車し、また夜の間に移動できることから近年でも高い人気を誇っていたが、このダイヤ改正をもって定期運行が終了されることになった。JR東日本では、今後も利用の多い時期には臨時列車として運転する、としている。
○「ブルートレイン」が過去のものに・・・
この「あけぼの」がなくなると、「ブルートレイン」と呼ばれる青い車体の夜行寝台特急は、東京と札幌を結ぶ元祖豪華寝台特急「北斗星」のみとなるが、実は「北斗星」もここ数年で見られなくなりそうだ。というのも、北斗星が通過する青函トンネルは、2016年春の開業が予定されている北海道新幹線に転用されるため、そのタイミングで廃止が検討されているのだ。寝台列車としては豪華寝台特急「ななつ星」がデビューしたところであり、また現在青函トンネル経由で北海道へ向かう「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」も、今後も何らかの形で残るとは思われるが、純粋に「移動手段」としての寝台列車は、実質的に「あけぼの」でその歴史に幕を閉じると言ってもよいだろう。
かつては、長距離移動といえば寝台特急を含む夜行列車がその代表的な手段であったが、高速道路網の整備と格安ツアーバスの登場などにより、この10年間で次々と廃止されている。2009年の「富士」「はやぶさ」廃止で東京駅を発着するブルートレインが全廃、2010年の「北陸」「能登」廃止で東京と北陸を結ぶ夜行優等列車が、そして2012年には「日本海」「きたぐに」廃止で大阪と北陸・東北を結ぶ夜行列車が姿を消した。
手元に、1977年3月発行の時刻表があったので少し見てみよう。東京駅を発着するブルートレインは「さくら」「はやぶさ」「あさかぜ」「出雲」「紀伊」など10往復、「あけぼの」が発着する上野駅では「ゆうづる」「はくつる」「北陸」など12往復が毎日走っている。当時、山陽新幹線は博多まで既に開業していたが、大阪・名古屋から九州へも「明星」「彗星」「あかつき」「金星」など14往復の寝台特急が設定されていた。対して、夜行バスは東京〜大阪を結ぶ「ドリーム号」が5往復だけ。この時代、夜行列車は長距離移動手段の王道だった。
○夜行列車は「需要がない」のか?
夜行列車がなくなってしまう原因は単純ではない。JRの発表では、ほぼ全ての列車に共通して「車両の老朽化」と「利用客の減少」をその理由に挙げている。「あけぼの」をはじめとするブルートレインで使用されていた24系客車は、昭和55年に製造が終わっており、確かに老朽化は否めない。だが、これより古い鉄道車両でリニューアル工事が行われ活躍しているものも多くあり、また東京と四国・山陰を結んでいた「瀬戸」「出雲」は、専用の寝台特急電車285系を開発して現在も運行されている。つまり「車両の老朽化」=「古くなった車両を取り替えたりリニューアルするための投資に見合うメリットがない」ということになる。
利用客の減少についても、都市間を移動する需要が減っているとは思えない。「あけぼの」の乗車率は現在でも6割前後、週末には8割を超えることも少なくないという。加えて、格安ツアーバスの急速な増加は夜間移動の需要が増えていることを物語っている。
高速道路網が地方まで届くとともに爆発的に増加した格安ツアーバスは、関越道でのツアーバス事故以降の法令改正によって、現在は高速路線バスとして運行されている。東京~大阪間が最安3,000円台という安さは大きな魅力で、現在も週末は1日約100本の夜行バスが、約3,000人の乗客を乗せて東京~大阪間を走っている。一方、鉄道はどうか。現在、東京~新大阪を鉄道で移動すると、昼間に在来線を乗り継いで運賃が8,510円。片道9時間程度かかるうえに費用は倍以上だ。新幹線に乗ると特急料金4,730円がプラスされ、片道13,240円。ブルートレインの場合は寝台料金(安いB寝台でも6,300円)なるものまでかかる。「あけぼの」上野~青森間の料金は片道19,950円(B寝台の場合)、新幹線「はやぶさ」は16,670円、対して高速バスは週末でも5,000円台だ。高速バスで安く行って、浮いたお金で美味しい食事でも、と思う人も多いだろう。
そう考えると、JRは「利用客の減少」というが、それは現状の「寝台列車」というシステムが時代のニーズと乖離しているから誰も利用しないのであり、それを変えることによって再び乗客を増やすことは可能なはずである。実際、年末年始や多客期に走っている夜行快速列車「ムーンライトながら」や「ムーンライトえちご」は連日満席となっていて、「ながら」1本だけ見ても約600人(夜行バス20台分!)の人が乗っているのだ。「それは、青春18きっぷが利用できる期間で、運賃が夜行バスと同等レベルまで安いからだ」とおっしゃる方がいると思うが、それなら夜行列車限定の格安乗車券を設定すればよい話である。もし仮に、東京23:00発大阪7:30着の夜行快速列車「ムーンライトなにわ」が、毎週末に片道5,000円で走っていたらどうだろうか?少なくとも私は、鉄道ファンであるということを抜きにしても、その安全性と定時性、そして快適さで鉄道を選ぶだろう。
次に、収益という面で見てみよう。前述の「サンライズ瀬戸」は7両編成で定員158人だ。満席で走ったとすると、この列車の運賃収入は1列車あたりざっと300万円(併結される「サンライズ出雲」を考慮すると倍の600万円)になる。対して「ムーンライトなにわ」が満席で走れば、格安乗車券を設定したとしても1列車あたり300万円。走行距離や乗務員の人数が違うため単純に比較はできないが、「なにわ」も採算が取れるのではないだろうか。車両についても、現在「ムーンライトながら」で使用されている元・特急車両をリニューアルすれば、その費用は「サンライズ」の新車製造費用より格段に安くおさめることができる。
他に夜行列車の存続が難しい問題として、夜間に行われる線路や施設の保守作業、運行に必要な乗務員・駅員の手配などが考えられる。確かに、夜行列車1本のために保守作業が止まり、駅員を配置しなければいけないとなれば、これは効率が悪い。しかし、東京~大阪~九州や東京~仙台~青森では、夜間に多くの貨物列車が走っている。この貨物列車の間を縫って走れば、保守作業にはそれほど影響しないし、夜行バスと同様に途中駅での乗降を行わなければ、駅員の配置もほぼ不要だろう。
○移動手段の選択肢は一つでよいのか?
最後に、ちょっと違う視点で考えてみよう。それは「移動手段の確保」という部分である。夜行列車がなくなった今、東京〜大阪や大阪~北陸を夜間に移動できる方法はバスのみだ。筆者は以前、寝台急行「きたぐに」の車内で初老の女性と一緒になったことがある。なんでも娘さんの体調が悪く、急いで新潟から大阪へ向かわなければならなくなったとのこと。この方は腰の具合が悪く、バスでの移動は耐えられないそうで、「夜行列車が残っていて本当に助かった」と言っておられた。他にも、バス酔いするからいつも「銀河」を利用するという方、小さな子供がいるので帰省する時は個室寝台が便利という家族、旅館での仕事を終え、深夜遅くに城崎温泉から浜坂まで「だいせん」で帰るという女性・・・この方々は今、どうしているのだろうか。
JRとて民間企業、採算がとれない列車を廃止するのはある程度仕方のないことだろう。だが、それで片付けてよいのだろうか。人々がこれまで通り暮らし、円滑に・安全に・快適に移動するための選択肢として、夜行列車はこの国に必要だと筆者は考える。国として人々の移動を保障するために、たとえば夜行列車の運行に国や自治体が補助をする、というのもアリではないだろうか。
鉄道好きで知られる自民党の石破幹事長も「ブルートレインは国のために残すべき」と持論を語っている。石破氏は寝台列車に情緒を感じ、「単なる移動手段ではない」と話していたが、単なる移動手段としてだけでもまだまだ十分なポテンシャルを持っている。鉄道ファンの一人として、石破氏をはじめ鉄道や公共交通に理解のある政治家から、夜行列車復権の狼煙を上げていただけることに期待したい。