日本のソフトパワー、金メダル4個で世界4位 米国はトランプ大統領でも市民社会の力で首位独走
[ロンドン発]英ブランドビジネス評価コンサルタント、ブランド・ファイナンスの「グローバル・ソフトパワー・インデックス」が9月9日発表され、日本はアメリカ、ドイツ、イギリスに次ぐ世界第4位にランキングされました。
日本は専門家の評価(7分野)でメダルを獲得したのは「教育・科学」の銀メダル1個だけ。
一般市民の評価が高かった日本
しかし一般市民の評価(30分野)では「世界が愛する製品・ブランド」「法や人権の尊重」「高い倫理基準・少ない腐敗」「最先端技術」分野で金メダル4個に加え、「科学における指導者」分野で銀メダル1個、「安全」「関心のある事柄」「寛容さ」分野で銅メダル3個を獲得しました。
メダル獲得数では金メダル4個、銀メダル2個、銅メダル3個で5位でした。日本経済は減速しているものの、日本の研究・開発費への支出は世界2位。トランプ大統領や欧州のポピュリストがまき散らす保護主義の空気を物ともしない前向き・外向きの貿易政策とブランド力が高く評価されました。
持病の悪化を理由に突然、辞任を表明した安倍晋三首相は経済政策アベノミクスを推進、環太平洋経済連携協定(TPP11、アメリカは離脱)、欧州連合(EU)との経済連携協定 (EPA)を締結し、自由貿易の旗手役を務めました。
アメリカの市民社会は健在
保護主義と孤立主義を唱えて4年前の米大統領選に当選したドナルド・トランプ米大統領は国内の緊張を高め、「アメリカ第一」の単独主義を強行しました。しかしソフトパワーの超大国としてのアメリカは依然として健在で、2位のドイツを5ポイント以上引き離しています。
トランプ大統領は地球温暖化対策のパリ協定、イラン核合意、世界保健機関(WHO)などから次々と離脱したため、次の項目で低く評価されています。評価13位、統治16位、倫理基準13位、政治的安定性19位、安全21位、他国との関係44位、温暖化対策28位、信頼性23位。
しかしアメリカは政府がソフトパワーを損ねてもテクノロジー、ハリウッド、大学といった市民社会の影響力は健在です。芸術・エンターテインメントの項目では1位、スポーツ1位、製品・ブランド2位、ライフスタイル6位と上位を占めています。
「他国は二の次のトランプ氏の米国第一主義」
ソフトパワーを提唱したジョセフ・ナイ米ハーバード大学特別功労教授はZoomミーティングでこう解説しました。
「ソフトパワーは単に軍事力でないという意味ではありません。まずパワーは恫喝、お金、魅力により相手に影響を与える力です。ソフトパワーは恫喝やお金より、むしろその魅力による影響力を言います」
「他の国は二の次のトランプ大統領のアメリカ第一主義はアメリカのソフトパワーを大きく損ねました」
「経済が強ければ現職の米大統領は再選します。今年1月の時点では強い経済を背景にトランプ大統領が再選する見通しでした。しかし新型コロナウイルスの感染爆発で死者が膨らみ、経済も失速、トランプ大統領が再選するチャンスはわずか7分の1と逆転しています」
「トランプ大統領が再選すればアメリカのソフトパワーが回復する見込みは薄いでしょう。民主党大統領候補のジョー・バイデン前副大統領が勝ったとしても、新型コロナウイルスで投開票が混乱した場合、やはりアメリカのソフトパワーを損ねる恐れがあります」
「開票は投票所に足を運ぶ共和党支持者の票から進められ、郵便投票を好む民主党支持者の票は後になります。開票が進むにつれ、トランプ氏が僅差で逆転負けを喫するような形になった場合、選挙プロセスにクレームをつけるかもしれません」
「結果がクリアなら良いのですが、そうでなければアメリカの民主主義の信頼性が問われる結果となり、ソフトパワーは損なわれます。アメリカのソフトパワーが下がったのはトランプ大統領が初めてではありません。問題はどう回復するかです」
「ベトナム戦争では世界中で反戦運動が広がりました。しかしデモ参加者が口ずさんだのは共産主義の革命歌インターナショナルではなく、公民権運動で歌われた黒人霊歌ウイ・シャル・オーバーカムでした。アメリカの市民社会は米政府よりも人気があり、影響力があったのです」
「アメリカの市民社会と言えばハリウッドやビル&メリンダ・ゲイツ財団です。米大統領選後、コロナ後にアメリカのソフトパワーは回復する可能性は十分にあります」
「一方、中国のソフトパワーは中国共産党の強い影響を受けています。中国で市民社会が発展する可能性はありません」
「中国やロシア(の権威主義)に対してトランプ大統領がアメリカ第一主義を唱え、短期的にはソフトパワーの重要性が低下しているように見えますが、長期的には重要性はさらに増すでしょう」
「温暖化やパンデミックには米国第一では対応できない」
世界金融危機、欧州難民危機、テロ多発、パンデミックによってネオリベラリズム(新自由主義)が主導してきたグローバリゼーション、すなわちヒト・モノ・カネの自由移動にノン・エリートは強烈なノーを突き付けています。
それが保護主義や孤立主義を唱えるトランプ大統領の誕生やイギリスのEU離脱の背景にあります。米中貿易戦争や香港国家安全維持法を経て、トランプ政権はいま対中包囲網の構築を西側諸国に呼びかけています。
しかし中国と西側諸国を完全に分断(デカップリング)するのは事実上、不可能です。ナイ氏は「地球温暖化やパンデミックにはアメリカ第一主義では対応できない。英知によって他国を引きつけるソフトパワーはさらに重要になってくる」と強調しました。
日本は「政経分離」の対中政策を進めた結果、中国の海洋進出を許し、東シナ海の尖閣諸島を巡って中国に激しく揺さぶられています。ナイ氏の唱える「ソフトパワー」はアメリカが圧倒的な経済力とハードパワーを持っていた時代にのみ通用する理論だと思います。
購買力で見た場合、米中の経済力はすでに逆転しており、新型コロナウイルスによる混乱で中国と米国の差はさらに広がるでしょう。ソフトパワーだけではハードパワーに対抗できないのが冷徹な国際政治の現実です。
バイデン氏が大統領になったら西側諸国のハードパワーを結集して中国の冒険主義を封じ込める一方で、ソフトパワーで影響力を及ぼす範囲を広げていかなければなりません。もしバイデン氏がバラク・オバマ前米大統領時代の対中政策に逆戻りすると日本は窮地に追い込まれます。
(おわり)