Yahoo!ニュース

メールは廃棄、業者との交渉経緯は不明。アベノマスク事業をめぐる裁判で厚労省の職員など5人の証人出廷へ

赤澤竜也作家 編集者
23年4月24日、アベノマスク裁判で会見する上脇博之神戸学院大学教授(筆者撮影)

自民党をめぐる政治資金パーティー収入の裏金問題は神戸学院大学・上脇博之教授が東京地検特捜部に対し数多くの告発状を提出し、強制捜査となったことで社会問題となった。

アベノマスク裁判は、日本の政治状況を大きく動かした上脇教授が原告として国と争っているものである。

2020年4月1日、安倍政権は全世帯に2枚ずつ布マスクを配布するという壮大な施策を打ち出す。しかし、虫や髪の毛などの異物が入っていて回収騒ぎになったすえ、届いたときには市中に不織布マスクがあふれかえっていた。

総額543億円の血税でまかなわれた事業はどのようなプロセスで行われていたのか。上脇教授は厚労省と文科省に情報公開請求をしたのだが、1枚当たりの単価は黒塗り、業者とのやりとりや交渉経緯が記録された文書はないなどという結果だったため、不開示決定の取り消しを求めて2つの訴訟を起こしたのである。

4月16日に行われた2次訴訟の口頭弁論期日において、大阪地裁はマスク調達のため業者との交渉に当たった厚労省担当者やその上席、文科省の課長補佐(当時)、合同マスクチームに派遣されていた経産省職員ら5人に対し証人尋問を行う方針を明示した。

情報開示をめぐる裁判で5人もの証人が採用されることは珍しい。

これらの裁判ではいったいなにが問われているのだろうか。あらためて経過を振り返ってみる。

隠されたアベノマスク単価は62.6円から150円

本来、行政機関が行う公共事業は会計法によって競争入札することが原則とされている。しかし、アベノマスクは緊急性が存在するとして随意契約で調達された。

その事業の実態を知るべく情報公開請求した上脇教授に対し、国は見積書、契約書、納品書などの「単価」「数量」を不開示とした。アベノマスクの1次訴訟は1枚当たりの単価を明らかにすべく起こされた。

2023年2月28日の判決は「不開示取り消し」を命ずるものだった。

判決の確定後、あらためて開示された行政文書を見ると、1枚当たりの単価は業者や時期によって異なり、税抜きで62.6円から150円と約2.4倍もの開きがあったのである。

マスク調達は業者の言い値で即決していた疑い

上脇教授は国が業者との間で契約、発注、回収を行うにあたり、その契約や交渉などの経過を記載した文書の開示も求めた。ところが「作成していない」として不開示だったため、「契約締結の経過の文書がないわけないだろう」と不開示の取り消しを求めているのがアベノマスク2次訴訟である。

こちらの裁判では当初、国は業者との「やりとり」そのものを記載した文書として電子メールがあったものの、それらは保存期間1年未満文書と位置づけていたため、ぜんぶ捨てちゃったと主張した。

国がメールを廃棄していたとしても、相手方である業者には残っているはず。こう考えた原告弁護団は送付嘱託という手続を大阪地裁に申し立て、裁判所は採用を決定。複数の業者からメールや契約書などが提出された。

開示関連文書や業者から出された契約関係の書類を見ると、すべてにおいて見積書と契約書の日付が同じだった。アベノマスク調達に関し、国は交渉など行わず、ほとんど相手の言い値で売買価格が決まっていた可能性が高い。

なお国側が業者に対し、1枚あたりの単価をマスコミに洩らさぬよう釘を刺しているメールも見つかっている。

「メールボックスがパンパンになるから、捨てざるを得なかった」

国は裁判の過程で「電子メールは意思決定に影響がないものとして、長期間の保存を要しないと判断したことから、保存期間1年未満と設定した」と繰り返し主張した。

せっせとメールを破棄し続けていた理由について、国は、

「各職員に割り当てられたメールボックスの保存領域の容量が圧迫されることで、電子メールの送信自体ができなくなるなど、職務遂行に重大な支障を来すおそれがあった」ので「職務執行上利用しなくなった時点で随時廃棄する必要性が高かった」

と説明する。(2023年3月31日付け被告第7準備書面)

「メールボックスがパンパンになるから、捨てざるを得なかった」と言っているのである。

担当職員すべてがせっせとメールを破棄し続けていた!?

国は裁判の過程で再三にわたって「激務が続いていた」「職員が繁忙を極めていた」と言い続けている。それはその通りなのだろう。なにしろ安倍晋三首相が官邸官僚の思いつきに乗っかり、現場とのすり合わせを一切行わないまま2020年4月1日に「1億枚確保するメドが立った」と言ってしまったものだから、現場は大混乱だったに違いない。

実際、アベノマスク1次訴訟の証人尋問にて合同マスクチームの責任者だった当時の厚労省医政局経済課課長は、「全世帯配布は直前になって知らされた」と証言している。

ただし、それほど多忙である最中に、合同マスクチームの職員すべてが誰に命じられたわけでもないのに、小まめにメールをサーバーから削除し続けていたという言い訳はどう考えてもおかしい。

ちなみにアベノマスク2次訴訟がはじまってから1年5ヵ月後の弁論期日において国は突然、「ちょっとだけメールと文書が見つかった」と言い出している。

裁判開始時に残っていたメールは消えてしまった!

さらに裁判開始から2年3ヵ月後である2023年5月10日付準備書面において、国がほとんど捨ててしまったと言っている購入業者とのやり取りメールは、訴訟提起時である2021年2月22日の時点では、バックアップファイルとして残っていたと言ってのけた。

残っていたのなら、出せばよかったのにと思うのだが、国はバックアップファイルは情報公開法2条2項の「電磁的記録」にも「行政文書」にもあたらないと主張。

そして、上脇教授がこの訴訟を起こしたとき、裁判で問題となっているメールはバックアップファイルとして残っていたにもかかわらず、国が電子メールを復元も保全もしないまま、保存期間1年を超えたため消えてしまっているというのだ。

国はバックアップファイルから電子メールを復元するかどうかを原告に確認する職務上の法的義務はないとも述べている。

公文書はバックアップファイルになった段階で公文書ではなくなるのだろうか?

なぜメールを削除したのか、誰かの指示があったのか?

アベノマスク2次訴訟においては、交渉のやり取りを記録した文書が残っているのか、またやり取りそのものであるメールが存在したのかどうかが争点となっている。

そのためには、メールについて、いついかなる理由で削除したのか、指示があったのか、なかったのかが明らかにされなくてはならない。

原告の上脇博之教授は、

「本来は行政が正常な業務を行っていれば、あとから検証できるように公文書を残しているはずなんですよ。ところがアベノマスクの事業については、その検証をされたくないという姿勢が大元にあり、今回の訴訟においてのチグハグな主張につながっているんじゃないのかなと思いますね。あの事業自体が主権者国民にきちんと説明できないものだったということを示しているんじゃないでしょうか」

「尋問では当時の事情を知っている方にしっかり証言してもらい、ベールに包まれたアベノマスク配布の実態が明らかになることを期待しています」

と語る。

巨額の国費を投じて行われた事業の事後検証がまったく出来ない、おおよそ民主主義国家とは思えない異常な事態が続いている。

注目の証人尋問は本年8月下旬に行われる予定である。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

赤澤竜也の最近の記事