国際金融センターをアメリカから中国に――習近平政権のもう一つの狙い
3月6日、中国の財政部大臣は、中国が主導する国際金融機関「アジアインフラ投資銀行」参加国に言及した。中国はいま国際金融センターをアメリカから北京と上海に移そうとしている。言論の自由がない中で成功するのか?
◆国際金融センターをアメリカから北京と上海に移そうとしている中国
全人代が開幕した翌日の3月6日に開かれた記者会見で、中国財政部(部は日本の省)の楼継偉部長(部長:大臣)は、アジアインフラ投資銀行の参加国に関して、「ヨーロッパの一部の国が参加する見通しだ」ということを明らかにした。
アジアインフラ投資銀行というのは、2013年10月2日、中国主導でアジアのインフラ整備に資金を供給するために提案された構想で、英語ではAsian Infrastructure Investment Bank (AIIB)という(以下AIIBと略称)。 2014年10月24日、北京の人民大会堂にアジア21カ国の代表が集まり、AIIB設立の覚書に調印した。
AIIBの本部は北京に置かれ、総裁は中国国際金融有限公司の前董事長が就任することになっている。資金の50%以上である500億ドルを中国が出資して圧倒的主導権を中国(北京)が握る。インドはこれに不満を述べたが、「加盟国間の対話で支配構造を調整できる」とする中国に説得されて加盟を決定した。
2015年1月13日の段階では参加国が26カ国、3月6日の楼大臣の発表によれば27カ国に増大したとのこと。2015年内に動き始める。
韓国がこれに加盟してくれれば、アメリカのアジアにおけるプレゼンスを一段と低めることができた。そこで習近平国家主席はパククネ大統領との蜜月関係を深め、韓国を抱き込もうとしたのだが、アメリカが猛烈に反発。「中国に協力したら、これまでの米韓関係の信用に傷がつく」とパククネを脅し、彼女は習近平国家主席とオバマ大統領(&ケリー国務長官)との間で二面相を演じて見せたが、アメリカの勢いに負け、参加していない。
2010年~2020年のアジアにおけるインフラ整備には8兆ドル以上の資金が必要だ。中国はそのため、すでに鉄道を中心としたインフラ建設に関して関係各国に中国資本の投入を決定している。
これまではアジア太平洋における経済成長及び経済協力を助長し、開発途上国の経済発展に貢献することを目的に設立された「アジア開発銀行(Asian Development Bank:ADB)」が国際開発金融機関として大きな役割を果たしてきた。しかしアジア開発銀行の最大の出資国は日本とアメリカで、両国とも出資比率15.65%を占めている(ちなみに中国は6.46%)。それはすなわち、東アジアの金融界を日米が主導しているということになる。
中国はこれを切り崩したい。
何と言っても中国は世界の外貨準備の60%に当たる4兆ドルを持っている。
◆「新開発銀行」新設(2014年7月。本部は上海)
中国やロシア、インド、ブラジル、南アフリカなどのBRICS5か国が設立していたBRICS銀行に、さらにチリ、インドネシア、ナイジェリアなどを含めた「新開発銀行」が、2014年7月15日に誕生した。
AIIBがアジア開発銀行に対抗するものであるとするなら、こちらの新開発銀行は世界銀行や国際通貨基金(IMF)と拮抗する国際開発金融機関に相当する。出資金はBRICS五カ国の占める割合が優先され、他の国が新たに加入することは拒まないが、BRICSが全体の出資比率の55%以上を占めるというラインは崩さない。五カ国間の投資比率は均等とする。
中国は長年にわたりIMFに対して中国の出資比率の増額を求めてきたが、アメリカがずっと難色を示してきた。
それならロシアと手を組んで新興国を中心に別の国際開発金融機関を作りましょう、として設立したのが、この新開発銀行だ。
実はIMFの主導権は本来ヨーロッパ諸国にあったが、それがアメリカにシフトしていっていることにヨーロッパは不満を持っている。そこで美しく知的な顔立ちのクリスティーヌ・ラガルドIMF専務理事(フランス)は2014年6月、「いずれIMFの本部が現在のワシントンから中国の北京に移転することになるかもしれない」と発言した。
中国の出資額を抑えこむアメリカに対して、それでもじわじわと出資額を延ばしてきている中国の存在は、ヨーロッパでは脅威でもあり頼もしくもあるのか。新開発銀行を別途設立してIMFに脅威を与えるくらいなら、いっそのことIMFで重要な役割を果たさせた方がいいのではないかとの思惑から言った言葉かもしれない。
このことから、楼財政部大臣が言った「ヨーロッパの一部の国」というのは、フランスである可能性がある。*
◆上海協力機構開発銀行の強化(本部上海)
上海協力機構は中国、ロシアを中心として、主に中央アジア五カ国が加わって動き始めた安全保障防衛組織だったが、中国が中央アジア五カ国から石油や天然ガスを輸入する新シルクロード経済ベルトを形成していることから、徐々に経済共同体の役割も果たすようになった。そこで、2010年11月25日に上海協力機構開発銀行を設立。
これは3月5日に李克強国民総理が発表した政府活動報告の中にある「鉄道建設」を中心とするアジア・インフラ投資銀行とともに、これからは南に延びる海のシルクロード経済ベルトへ(シーレーン確保)へと向かう可能性を持っている。
◆言論の自由がないところに国際金融センターは似合わない
実は昨年の香港デモ「雨傘革命」を描いた『香港バリケード 若者はなぜ立ち上がったのか』の執筆中、共同執筆者の安冨歩・東大教授と、この件に関して熱い議論を交わした。
筆者は「中国は一党支配体制を維持するため腐敗撲滅に力を入れているが、同時に一党支配を批判する言論を激しく弾圧している。しかし言論弾圧の中では腐敗は撲滅できない。言論を弾圧する一党支配があるからこそ、腐敗は生まれるのだ。そこには中国の根本的な矛盾がある」と、これまで書いて来た。
それに対して経済学からスタートしている安冨教授は、「言論の自由のないところには、絶対に国際金融センターは生まれない」と強く主張。その理由を以下のように述べている。
――(中国は)ありあまる資金を投入して国際金融の中心地を上海や北京に持ってこようとしているが、無理な相談である。そのやり方では巨大な人民元経済圏を創り出すことはできても、さまざまな通貨圏の間を取り持つ中心(センター)の機能を果たすことはできない。そこには自由がないからである。むしろ「人民元経済圏」が拡大すればするほど、「ドル圏」「円圏」「ユーロ圏」などとの接点の重要性が高まり、香港の機能を必要とすることになるだろう(『香港バリケード 若者はなぜ立ち上がったのか』p.157 安冨歩コラム「自由のないところに国際金融中心地はできない」より)。
筆者も安冨論に賛成だ。
香港で雨傘革命が起きていた真っ最中に、北京ではAPEC首脳会談を前にして、国際金融センターをニューヨークやワシントンから、北京や上海へと移そうという議論と提携がなされていた。
香港が「オキュパイ・セントラル(金融街を占拠せよ)」運動によって国際金融センターとしての役割を麻痺させていた真っ最中のできごとだったのである。
習近平政権の戦略を読み解くには、多角的な視点が求められる。今後も香港との兼ね合いにおけるこの動きから、目が離せない。
*追記:フランスではなく、イギリスが参加の意思を表明しているようだ。アメリカは異議を申し立てている。