世界初 マイクロプラスティックを回収するエンジンが生まれた理由 海洋プラ問題に取り組む人々(2)
■7月は Plastic Free July【プラスチック フリー ジュライ】
直訳すると「プラスティックを使わない7月」となるが、2011年にオーストラリアで始まったアクションで、使い捨てプラスティックを減らす取り組みだ。 この問題への関心の高まりから世界中に拡大し、世界190カ国から推定1億4000万人が参加した。
現在、海を漂うプラスティックは約1.5億トン。毎年800万トンが新たに流れ込んでいる。2050年までに魚の重量を超えると予測されている。今年は年末に国連環境計画(UNEP)で海洋プラの規制が合意される予定で、問題の転換点になる一年だ。このシリーズでは海洋プラ問題に取り組む人々や組織についてリポートする。
■世界初 マイクロプラを回収できるエンジン SUZUKIの挑戦
日本を代表する自動車メーカーの一つであるSUZUKI。そのマリン事業部は2022年、船のエンジンの5機種に画期的な装置を搭載した。マイクロプラスティックの回収装置だ。これは世界初の試みで、実用化までに世界のさまざまな海でのモニタリング調査や、品質テストを重ねて、入念な下準備が行われて開発された。この取り組みについて静岡県浜松市のSUZUKIの本社を訪ねて話を聞いた。説明してくれたのはマリン技術部商品企画課課長の森上忠昭さん。
「船のエンジンの内部には、もともと海水を汲み上げてエンジンを冷やし、その水を廃棄するシステムがあるのですが、捨てる前の水に濾過装置フィルターをつけることで、海にただようマイクロプラを回収するという仕組みです。」
実際に使用済みのフィルターからは、さまざまな種類のマイクロプラが回収されている。取り扱いも簡単で、年に何回かのメンテナンス時に、フィルターにたまったプラを廃棄するだけだ。船を普通に運航するるだけで、海洋プラ問題に取り組むことができるのだ。環境意識の高い国内外のユーザから高い評価を受けている。
■未曾有の経済危機リーマン・ショックから生まれた問題意識
このエンジン誕生のきかっけは、意外なことに未曾有の経済危機リーマン・ショックだった。2008年9月15日に起きた米投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻を機に、世界的な金融危機と大不況が発生した。
マリン営業部企画・総括課課長の池田健介さんは、「リーマン・ショックの影響は大きかったですね。会社全体の経営的にも大変でしたが、社員が会社に来てもすることがない状態にも陥りました。そこで、本社のある静岡県の浜名湖や近くの河川の清掃活動をはじめたんです。最初は、空いた時間を使って地域の方々に普段の感謝の気持ちを表して貢献しようという感じでした。」と語った。
池田さんたち社員は、実際に河川などの清掃をしてみると、そのゴミの多さに驚くことになった。タイヤや不法投棄された大きなゴミなどもあったが、意外に多かったのが漁網やブイなど、化学繊維やプラスティックを原料として商品だった。地域の水辺の清掃活動の重要性を感じたSUZUKIでは、2011年以降、全世界の事業所などを巻き込んで清掃活動を継続している。
リーマン・ショックによって、偶然、始まった清掃活動だったが、一部の社員や幹部社員のなかにある共通認識が生まれた。
「湖や川で見つけた化学繊維やプラスティックは、手で触ると崩れて細かくなり、回収が難しくなること」だ。そのまま海や川に放置していていいものかと意識することになった。その後、SDGsや、海洋プラスティック問題への社会の意識の高まりもあり、社内では「自社の事業の中で、海洋プラスティックに対してできる対策がないか?」という検討が始まった。それが、やがてマイクロプラスティックを回収する世界初のエンジンの開発へと繋がった。
■世界の海で調査 国際企業のネットワークが生きる
どのようなシステムなら回収できるのか?、フィルターの大きさや、強度など、試作品の試行錯誤が続いた。試作品の完成後は、その耐久性、実効性などを確認するため、世界各地の子会社や関連事業所で長期間のテストを行った。
当時、インドネシアに赴任していた池田さんは、調査に立ちあっている。
「インドネシアも海洋プラスティックの深刻なところなのですが、数ヶ月かけてマイクロプラの回収テストをしました。水深50センチのあたりまでのマイクロプラが回収できるのですが、色とりどりのものが回収されたとテストの担当者が言っていたのを覚えています。」
実際にこのエンジンを使うことで、フィルターを使うことで、ポリエチレンやポリプロピレン等など、多くの種類のマイクロプラスティックが回収されている。
■共通の体験が高める環境意識 問題解決の鍵はそこに
世界14か国の海でのテストを繰り返し、2022年に商品は完成した。船外機エンジン・マイクロプラスチック回収装置(MPC)として、マイクロプラスティックが回収できる世界初の試みとなった。小さな清掃活動が生んだ世界初の事業となった。
ダイビングショップなど、環境意識の高い顧客からは、「ダイビングのお客さまに、この船のエンジンで海をきれいにしていることを伝えたい」など積極的な購買意欲の高まりもある。海外のユーザーの中にはマイクロプラ回収の様子を動画であげている人もいる。
実は、商品が完成した後、エンジンに標準装備するかどうかについては、コスト面の理由から、オプションの別料金にする案もあった。しかし海洋プラスティックの問題の重要性を考え、標準装備(2024年現在は5機種)とした。
こうした決断ができた背景には、一人一人が海や川のクリーンナップに参加したことで環境意識が高まり、問題の重要性が共有された結果だろう。
若手社員の中には、環境を意識した人材も増えてきた。入社2年目の田島寛大さんは、海洋汚染の問題をやりたいとSUZUKIに入社し、マリン事業部を希望した。大学院で海亀の研究をしていた田島さんは、現在、会社のクリーンーシャンプロジェクトの担当で、水辺の清掃、プラスチック梱包資材の削減、マイクロプラの回収事業を包括する部署で働いている。「あたらしい環境プロジェクトの開発が僕に与えられた今の課題です。企業の活動と環境事業のどちらも活かせる活動に取り組めること、とてもやりがいを感じています。」
現在、SUZUKIでは静岡大学との共同研究で、マイクロプラスチック回収装置搭載(MPC)で回収したマイクロプラスチックにタンパク質を吸着、着色させることで、正確かつ短時間でプラスチックの種類の判別が可能となる研究も行なっている。プラスチックが画像認識で可視化が進めば、海洋プラスティックごみ削減につながる可能性があり、清掃から始まった取り組みは今後も進化しようとしている。
マリン技術部商品企画課課長の森上忠昭さんは
「僕らは、プラスティックが全て悪なのではないと信じています。工業的にも貴重で大切な素材なんです。だからこそ、使い捨てプラの削減、プラ商品の使い方、捨て方を改善する。まずはそれが企業として取り組むべきことです。」
2024年11月には韓国・釜山で海洋プラスティックの国際規制に関する国際会議が行われる予定だ。海洋プラスティックの回収は今後の対策の中で重要な解決策の一つとなる。海洋プラの問題の解決は科学的にも経済的にも入り組んでいてとても困難だ。でも、「近くの水辺をきれいにしたい」という小さな共通体験が、新しい変革を生み出すためにいかに重要かを一つのエンジンが示している。