農水省、コメ先物の試験上場延長へ ~コメ先物が必要な理由~
農林水産省は8月6日、大坂堂島商品取引所が申請していたコメ先物取引の試験上場期間延長の認可について、2年間の延長を行う方針を固めた。
試験上場とは、本上場の前に主務大臣(この場合は農林水産相)の認可を受けて、一定の期間を区切って試験的な上場を行い、先物市場の機能が生産・流通への影響等を検証するための制度である。
この試験上場は2年と区切られており、本来であればその時点で「本上場の認可申請」か「本上場申請取り止め」を決定する所だが、まだ最終判断には時間が必要ということで、更に試験上場を延長することが申請され、それが認められる方針が固まった訳である。
これによって、2015年8月までコメ先物の試験上場は継続され、本上場の認可基準となる「十分な取引量が見込まれる」、「生産・流通を円滑にするために必要かつ適当」との条件を満たすことができるのか、再挑戦が行われることになる。
■自民党は反発するも
コメ先物取引は、その原型は米本位制経済とも言える江戸時代に始まっており、戦時経済下の1939年に廃止されるまで、商品先物取引の主役だった。東京穀物商品取引所(現在は解散)と関西商品取引所(現在は大坂堂島商品取引所)は2005年にコメ先物の試験上場を申請して認可寸前までいったものの、価格決定権の喪失を恐れた全国農業共同組合中央会(全中)などの強硬な反対によって、最終的には不認可となっていた。農協の政治力は衰えたとは言え、自民党政権下での農政では依然として大きな影響力を有していることが再確認されたイベントだった。
しかし、民主党政権に代わった11年に改めて試験上場の申請が行われた際は、政権交代によって農協の政治力が衰えていたこともあり、依然として厳しい攻防があったものの72年ぶりにコメ先物取引の開始が決定された。
こうした経緯から、自民党内ではコメ先物の試験上場延長には激しい抵抗がある。例えば自民党農林水産戦略調査会、農林部会、水田農業振興議員連盟は8月6日、林芳正農林水産相に対して、慎重な対応を求める申し入れ書を提出している。
申し入れ書では、1)コメ先物に十分な取引量が見込めないこと、2)コメ在庫が積み上がり価格下落が懸念される中、生産・流通に大混乱を生じさせる恐れがあることなどを理由に、「慎重な対応」を求めている。
自民党は11年7月にも「米の先物取引試験上場の認可に対する抗議声明」を発表しており、コメの先物取引は「暴挙である」として、即時撤回を求めていた。当時の声明文を読み返すと、「菅総理が自ら作り出した政局の中で、国会の議論も全く行われず、我々自民党の申し入れも無視し」など、民主党批判も絡めて強硬は反対意見が出されている。
政局以外の理由もみておくと、「上場申請は(中略)原発事故以前になされたものであり(中略)コメの需給上の不安をも考慮したものではない」、「コメの需給と価格形成を投機の市場にゆだね(中略)コメの安定生産・流通にかかわる国の責任を放棄」、「日米FTAやTPPへの道を突き進むもの」などが批判の柱となっている。
このため、林農林水産相も8月2日の記者会見では、「(野党時代に上場に反対した)過去の経緯も踏まえ」て判断する考えを示していた。しかし実際には、試験上場期間中に投機要因からコメ先物相場の乱高下があった訳でも、生産・流通面での混乱があった訳でもないため、試験上場の延長を認可せざるを得ないと判断した模様だ。
本上場の認可条件とされる「十分な取引量」に近づけるのかは不透明感もあるが、11年8月から13年7月までの月間平均取引量は7万7,117トン(北陸産と関東産の合計)に達しており、コメの年間生産高の1%程度が毎月取引される状況となっている。決して十分な売買量とは言えないが、先物取引の存続を促す程の低迷状態にある訳でもない。
直近の7月の品目別出来高順位を見ても、全25銘柄中で北陸産コメは11位(構成比0.50%)、関東産コメは12位(同0.37%)となっている。パラジウムや銀などを上回る売買高を有しており、北陸産と関東産を合計すると一般大豆に匹敵する規模の売買が行われている。
■価格急騰は投機と決め付ける愚
そもそも、農協がコメ先物取引を嫌がるのは、市場経済原理から価格決定権を脅かされることを恐れているのみであり、正当性の乏しさは否めない。
コメ価格は、各地の農協が組合員農家からコメを集荷する際に、「概算金」や「仮渡金」といった金額を設定し、それに基づき大手卸業者などと相対で価格が決定されている。このため、事実上は農協の言い値で価格形成が進むのが基本であり、そこに川下のバイヤー側の値下げ圧力、在庫調整を促すための価格変動といった経済合理的な動きが加わることで、末端のコメ価格は決定されることになる。
しかしコメ先物相場が開設されれば、その時々の需給動向や将来の需給見通しなどに基づいて、農協とは関係のない所で指標価格が形成されることになる。こうなれば、当然に卸業者や末端小売店などは価格交渉の材料に使うことになり、コメ価格の決定権が生産者サイドに大きく傾いた状態から、生産者と需要家との価格交渉によって決まる、他の農産物と同様の価格形成が進むことになる。
筆者は現在のコメ価格は日本のコメ農業を持続させるのに不十分な程の安値と考えており、コメ価格に対する規制議論を全面的に否定するものではない。ただ、コメ農業を長期にわたって発展させるには、寧ろ経済合理性の象徴である先物相場に任せた方が、少なくとも農林水産省や政治家の判断に任せるよりかは安全だと考えている。本当にコメ需給を維持できなくなるようなリスクが高まれば、その際はコメ価格の上昇がシグナルとなって、コメ増産を促す動きが活発化し、コメ農業は維持されるはずである。
先物市場の否定派からは、「価格形成を投機の市場にゆだね」ることに強い拒否反応がある。その象徴としては、08年の原油価格高騰が、投機で歪んだ価格形成が行われた典型例として指摘されている。しかし、コモディティ市場に身を置く立場からみれば、08年の原油価格高騰は必要なものであり、必ずしも投機的とは考えていない。
08年の原油価格急騰時には中国を筆頭とした新興国の需要拡大に、原油生産環境が対応できない可能性が警戒されていたのであり、その危険性が原油価格の高騰というシグナルとなって示現したと考えている。そしてその当時の原油価格高騰があったからこそ、北米でシェールガスやシェールオイルといった非在来系エネルギーの本格生産が開始され、原油需給は危機的状況に陥ることを回避したのである。
価格高騰はどうしても消費者目線から批判的な論調で捉えられやすいが、怖いのは価格高騰よりも、価格高騰のシグナルを無視してしまうことである。その意味では、需給に基づく価格形成が行われるコメ先物の試験上場延長は、歓迎すべき動きと評価している。