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繰り返される「なでしこフィーバー」で考えたいこと(徹マガより転載)

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
2011年ワールドカップの優勝メダル。家族の喜びはいつの間にか苦痛に変わっていた

カナダで繰り広げられたFIFA女子ワールドカップは、アメリカが4大会ぶり3回目の優勝を果たして幕を閉じた。なでしこJAPANの連覇の夢は、残念ながら潰えてしまったものの、2大会連続の決勝進出は大いに誇ってよいだろう。選手やスタッフが帰国した際には、ぜひとも暖かい拍手と声援で迎えたいものだ。

一方で個人的に気になっているのが、4年前のような加熱報道が繰り返される可能性である。優勝した前回大会は、空前の「なでしこフィーバー」が日本中を席巻し、選手はもちろんその家族までもがメディアスクラムのターゲットとなってしまった。今大会は準優勝に終わったものの、キャプテンの宮間あや、一躍脚光を浴びた岩渕真奈、これが最後のワールドカップとなる澤穂希、そして決勝戦で大粒の涙を見せた岩清水梓などに取材が殺到することが予想される。

私自身、取材する立場であり、安易なメディア批判は自らの首を締めかねないことは重々承知している。それでも、過度の取材攻勢によって選手のみならず家族までもが疲弊する状況は、絶対に看過されるべきではない。私が主筆を務めるメールマガジン『徹マガ』では4年前、ある主力選手の父親から、空前の「なでしこフィーバー」の裏側で展開されたメディアスクラムの実態について話を聞くことができた。今回、『徹マガ』のバックナンバー、通巻78号(2011年11月30日配信)のインタビュー記事を再構成してお届けする。

なお取材させていただいた選手の父親は、こうしたことが二度と繰り返してほしくないとの願いから私の取材に応じてくれた。ただしご本人たっての希望により、ここで名前を明かすことはできない。その点だけご了承いただければ幸いである。

■50回のコールとノンアポの取材

初のワールドカップ優勝に笑顔のなでしこたち。しかしその陰では…
初のワールドカップ優勝に笑顔のなでしこたち。しかしその陰では…

――なでしこの優勝の瞬間は、どんな想いだったのでしょうか?

その瞬間は言葉がなかったんですね。自分の目の黒いうちに、日本がワールドカップで優勝なんて事は考えていなかったですから。日本サッカー協会だって想定外だったでしょう。その想定外の事をやってのけたわけですから。

――想定外といえば、これだけご自身がメディアから取材攻勢を受けることもまた想定外だったと思います。大会期間中のある時期から、じゃんじゃん電話が鳴るような状況だったと思いますが、どんな感じでした?

ぜんぜん(電話が)切れなかったですよね。まったく仕事にならない。ですから途中から、知らない電話番号は出ないようにしたんです。最初のうちは自宅にかかってくるのが多かったです。決勝が終わって2、3日くらいは出ていたかな? でもそれからは、言葉は悪いけど無視ですね。「03」というのは間違いなくキー局でしょうし、人によっては50回くらい鳴らしていましたね。

――電話に出ないとなると、直接押しかける形もあったと思いますが。

ノンアポも何社かありましたよ。いきなりピンポンと来るわけです。TVクルーでいらっしゃると、カメラマンとインタビュアーと最低3人くらいいます。それが2組入れば、6、7人。加えて車も機材もありましたから。TVを見ていた方からは「朝イチで撮った時は元気な顔をしていたけど、夕方撮った時はクタクタな顔をしていた」と(苦笑)。

――それだけ多いと、どの局にどんな話をしたのか、覚えていないのでは?

そうですね。キー局4社は、2回か3回ずつ来ていますし、某公共放送も2回か3回。そうなると、いくつ来たかとか、どれに対応したのかとか、全然覚えていないんですね。しかも、聞かれることはほとんど一緒。民放さんは、番組ごとの競い合いもあるわけで、0.1%でも視聴率を多く取りたいと。ですから、ちょっとでも他とは違うことを言ってほしいんでしょうけど。

――朝から撮影が始まって、終わるのは何時くらいでしたか?

最後のマスコミの方が帰ったのは19時30分くらい。12時間近く、誰かしらいましたからクタクタでしたね。ほんとに何度も申し上げていますが、どの局のどの番組が来たとか、まったく覚えていないです。それでも、とにかく聞かれることは答えますよね。違うことを言っちゃいけないから、こちらも気を遣いますよね。娘たちや協会が悪く思われないように、きちんと対応しないといけない。その部分で非常に疲れました。

■「女子サッカーを取材してくれなくなる」という恐れ

なでしこの帰国会見で展示されたワールドカップのトロフィー
なでしこの帰国会見で展示されたワールドカップのトロフィー

――それでもメディアの取材に応じることにしたのは「女子サッカーが盛り上がる一助になれば」という想いがあったわけですよね。

そうです。それまで女子サッカーは、とてもマイナーでしたし、そうした環境の中で選手や関係者の皆さんは頑張ってきたわけですから。今回、リーグに大企業スポンサーがつくという良いニュースもありますが、少しでもそうしたことのお役に立てればと思っておりました。逆に(取材を)お断りすると、娘やチーム、さらには協会やなでしこリーグそのものが「なんだよ、お高くとまりやがって」と思われるかもしれないですし。

――そこまで考えてらっしゃったのですね。しかし一方で、これだけの取材攻勢を受けているうちに「何か違うぞ」といった部分もあったのではないでしょうか?

そうですね。何しろ丸2カ月くらい、日常生活が無くなっちゃいましたから。

――その間、何が一番大変でした?

面識のない方と電話で話すことですよね。ほんの一言の違いで悪く思われやしないかとか、二度とウチの娘やチームや女子サッカーそのものを取り上げてくれなくなってしまうんじゃないかとか。こういうことを考えるのは、余計なことなんでしょうか?

――いや、余計なこととは言いませんが、そこまで案じる必要はないかなとは思います。逆に、思わず声を荒げるようなこともあったのではないでしょうか?

一度電話を切ってから、もう一回その方に電話しなおして「上司を出せ!」ってやっちゃったことがありました。

――何かカチンと来るようなことがあったんでしょうか?

一度取材に来ていたみたいで、向こうは知っているつもりだったようです。だからでしょうか、自己紹介も電話してきた理由もおざなりにして、いきなり取材の話になった。それなので「ダメです、お断りします」と言って切ったんですが、しばらくして無性に腹立たしくなって「上司を出してください」と。結局「上司は出られません」の一点張りでしたが、電話で5分か10分くらい説教しましたよ。

■アスリートの親に取材するのは日本だけ?

「やっているのは本人たちですから」という言葉は真摯に受け止めたい
「やっているのは本人たちですから」という言葉は真摯に受け止めたい

――今回のワールドカップ優勝後は、半端でない情報量が投下されて、今では「次は男子のサッカーのニュースです」なんてフレーズが聞かれるようになったわけですが(笑)、昨今の女子サッカーに関する報道についてはどう思われていますか?

きちっと取材しているなと思うメディアも、あるにはあったと思うのですが、数が少なかったですね。実際、事実と違う報道があったりしましたから。

――事実誤認も問題ですが、それ以前の話として「恋人はいますか?」とか「いつ結婚されるのですか?」とか、明らかに競技へのリスペクトを欠いた質問が平然と行なわれていたことに、個人的には非常に違和感を覚えていました。その点についてはいかがでしょうか?

それはやっぱり、スポーツが文化として根付いていないからだと思います。なでしこリーグに取材に行った事があるのかと。ワールドカップの前からずっと取材していた人って、本当にごくごく僅かなのだろうなって思いますね。

――まあ私自身、決して熱心な女子サッカーのウォッチャーではなかったので、そのご指摘はちょっと耳が痛いです。ただ、今回のなでしこに限った話ではないですが、アスリートがメダルを獲ったり優勝したりすると、なぜか親がメディアに担ぎ出されるんですよね。これまた「スポーツが文化として根付いていない」ひとつの証左だと思うのですが、どう思われます?

それは逆に、プロであるジャーナリストやマスコミの方々にお聞きしたいです。欧米なんかでは、そういう事はあるんですか?

――いや、ほとんど無いですね。選手は選手、親は親ですから

私もそう思います。やっているのは本人たちですから。本人たちを良い意味でクローズアップしてもらって、良い意味で待遇を良くしてあげて、さらに子供たちにも夢を与えて、というようになってほしいですね。

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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