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大谷翔平のエンジェルス残留を困難にしかねないMLBが提案する新ぜいたく税制度の行方に注目せよ!

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
MLBが提案する新ぜいたく税制度が大谷選手の奨励的な契約に影響を及ぼしそうだ。(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【残り1ヶ月となった伝説の二刀流シーズン】

 いよいよ8月も終わり、MLBの2021年シーズンも残すところ約1ヶ月になった。メディア、ファンのみならず、選手の間からも賞賛されている大谷翔平選手の夢のような二刀流シーズンも、いよいよクライマックスを迎えようとしている。

 メディアの中では、今も本塁打王のタイトル奪取や1918年のベーブ・ルース選手以来となる2桁本塁打&2桁勝利を期待する声が挙がっているが、ジョー・マドン監督が「このようなシーズンは今後100年起こらないのかもしれない」と指摘しているように、すでに人々の間ではタイトルに関係なく、二刀流として想像以上の活躍を続ける大谷選手が過ごしたシーズンそのものを“伝説”として扱い始めている。

 以前に本欄でも指摘しているように、今やほとんどのメディアが大谷選手のMVP受賞を疑おうとしていないし、むしろ彼らの関心は、大谷選手が満票で受賞できるか、さらに大谷選手に投票しないメディアが存在するのか、という点にあるようだ。

 なかなか現地の肌感覚を日本に届けるのは難しいところだが、今シーズンの大谷選手は、ファンやメディアの間で一生語り継がれる存在になっていることだけは理解して欲しい。

【あまりに現実味のない大谷選手の契約予想】

 大谷選手が活躍すればするほどメディアが関心を寄せているのが、大谷選手の去就であり、その契約内容だ。これまでもMLB史上でも屈指の大型契約を予想するメディアも現れているが、現時点ではあまりに現実味がなさ過ぎる。

 というのも、そもそも大谷選手が人々の想像を超えるような二刀流として活躍しているのは、あくまで今シーズンのみでしかない。前述通りマドン監督でさえも、こんな夢のようなシーズンが再び実現できるのかさえ確信を持てていないのだ。

 言うまでもなく長期大型契約というものは、数年間にわたりチームが期待する活躍をしてくれると判断された選手だけが得られるものだ。故障続きだった過去3シーズンを考えれば、とりあえず来シーズンの大谷選手が二刀流としてどのような活躍を見せられるかを確認してからでないと、判断できるものではないだろう。

【統一労働規約に左右される契約交渉】

 さらに米国の主要スポーツの中で唯一サラリーキャップを導入していないMLBでも、今や予算が潤沢にあるチームでさえ簡単に大型契約を乱発できるわけではない。契約交渉の根幹をなす、統一労働規約(いわゆるCBA)が存在しているからだ。

 例えば2016年12月から施行されている現行のCBAに盛り込まれた、ぜいたく税制度(年俸総額が設定額を超えると、額に応じてMLBにぜいたく税と呼ばれる罰金を支払う制度)が影響し、ここ数年FA市場が完全に停滞してしまっているのはあまりに有名な話だ。

 そんな現行CBAも、今年の12月1に有効期間を迎える。それまでにMLBと選手会は、新たなCBAに合意しなければならない。もし合意できなければ、1993年以来のロックアウトの可能性もある状況だ。

 昨オフに2年契約を結んでいる大谷選手は、すでに来シーズンの契約が保証されているが、それ以降の契約延長や、2023年オフに迎えるFA交渉については、すべて新しいCBAの影響下で進められることになる。

 つまり新たなCBAが締結されないと、今後の契約交渉の動向を予想するのは容易ではないのだ。

【MLBが選手会に提示した新ぜいたく税制度】

 そんな中、スポーツ専門サイトの『The Athletic』(有料サイト)が、興味深い記事を配信しているのをご存知だろうか。記事配信からすでに10日以上が経過しているのだが、日本ではあまり関心が集まっていないようだ。

 この記事によれば、新しいCBAの交渉にあたり、MLBが選手会に対し新しいぜいたく税制度を提示したというのだが、その内容があまりに斬新的なものであり、米メディアの間ではすっかり関心事の1つになっている。

 その内容を簡単に説明すると、今シーズンはぜいたく税の支払いを義務づける年俸総額が2億1000万ドルに設定されていたものを1億8000万ドルまで下げる一方で、逆に1億ドルの最低年俸総額を設定し、各チームに対しその額を超えるように求めるというものだ。

 前述通り、現行のぜいたく税制度はFA市場を停滞化させた元凶になっているので、選手会はぜいたく税制度の見直しにこだわっているが、彼らの希望はあくまで設定額のアップなので、MLBの新案は間違いなく選手会の考えに逆行している。

 ただ最低年俸額を設定することで、高予算チームのみならず低予選チームでも高額契約を結べるというメリットがある。またチーム格差も解消されるのでリーグ全体の競争力も増すことになる。

 選手会からすればMLBの新案は一長一短といったところで、決して一顧だに値しない内容とは言い切れない。

【新制度導入でエンジェルスがぜいたく税の常連チームに?】

 選手会は現時点でこの新制度に対して何の反応も示していないが、MLBの提示通りの内容で採用される可能性は限りなく低いと考えられる。

 だがMLBが目指す方向で制度が採用されることになれば、ぜいたく税を支払うチームは増加することになり、エンジェルスがぜいたく税支払いの常連チームに加わってしまうリスクが高まりそうなのだ。

 仮にMLBが提示する通りに、1億8000万ドルが設定額になったとしよう。今シーズンのエンジェルスは、その額を上回っている。

 シーズン途中で年俸3000万ドルのアルバート・プホルス選手がDFAを得てチームを去っているのだが、彼を除いても年俸総額1億8100万ドルとなり、設定額をオーバーしている。

 とりあえず高額契約者の1人、ジャスティン・アップトン選手が来シーズンで契約が終了するのだが、その一方で、7年総額2億4500万ドルの契約を結んでいるアンソニー・レンドン選手の年俸が、来シーズンから2026年シーズンまで3700万~3900万ドルまで跳ね上がることになる。

 つまりエンジェルスはレンドン選手に加え、2030年シーズンまで10年総額4億2650万ドルの契約を結んでいるマイク・トラウト選手が存在しているため、大谷選手と大型契約で契約延長もしくは再契約することになれば、毎シーズンのように設定額を超えてしまうチームになりかねないのだ。

 ちなみにエンジェルスは1996年にぜいたく税制度が誕生して以降、基本的に年俸総額を設定額内に抑える方針を貫いており、ぜいたく税を払ったのは2004年シーズンの1回しかない。

 もちろん新しいぜいたく税制度がどういうかたちで決着するのか、そして新制度にエンジェルスがどう対応していくのか、誰にも分からない。

 ただ新しいCBAとぜいたく税制度が、大谷選手の将来的な契約に大きな影響を及ぼすことだけは間違いない。是非今後の動向に注目して欲しい。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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