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トヨタグループで実績「人事のプロ」が教えるテレワーク時代の人事評価

井上久男経済ジャーナリスト
テレワーク時代に突入し、上司は部下の仕事に対する姿勢が見えづらくなった(写真:ロイター/アフロ)

 コロナ禍によって、いわゆる「テレワーク」が増えたため、上司は部下の動きが見えづらくなった。企業にとっては「テレワーク」で、生産性向上などの成果が本当に出ているのかも気になる点だ。

「テレワーク時代」に必要な人事評価の視点について、経営コンサルティング会社「株式会社シナジーパワー」の長尾基晴社長に聞いた。

上司と部下が離れて仕事をするリモートワークの時代の人事評価では上司の部下に対する端的な質問力がカギと訴える「シナジーパワー」社長の長尾基晴氏
上司と部下が離れて仕事をするリモートワークの時代の人事評価では上司の部下に対する端的な質問力がカギと訴える「シナジーパワー」社長の長尾基晴氏

 長尾氏はトヨタ自動車グループの一角、アイシン精機人事部で人事制度(評価・育成・処遇)の構築に携わり、経営コンサルタントとして独立後も、自動車産業などモノづくり企業の人事制度構築に携わっている。著書に『人事のプロ』(講談社)がある。

部下の仕事が見えない

――今回のコロナ危機もあって働き方改革が加速しそうです。その新しい動きに人事評価制度はついていけますか。

「トヨタグループ各社では社員を評価する場合、『能力の発揮』と『仕事に取り組む姿勢』の2つを重視し、能力の発揮をエンジン、仕事に取り組む姿勢をアクセルの機能に例えています。この2つがうまくかみ合って、速度という「成果」が出せるという考えです。

 そもそも人事評価とは、処遇を決めるためのものではなく、指導や育成をしていくためのものです。人材を育成や指導することで組織全体の成果が向上するという考え方が最も大切であり、これは、トヨタグループ各社のみならず多くの企業で求められる視点だと思います。

 特に成長が期待されている年代の人材を期待通りに育てていくためにも、単に売り上げなどの数字の実績だけを見るのではなく、日常の行動や評判、それが組織に与えた影響など(仕事のプロセス)も見てあげるべきです。イメージで言うなら、プロスポーツ選手の練習に取り組む姿勢など日常の行動をコーチが振り返り、伸ばす点・補う点を指導していけば、いずれ試合で結果が出せるということです。

 しかし、テレワークが増えて、上司は部下の姿を見ることができず、直接の会話も減っています。いまどんな状況で仕事をしているのか、把握しづらくなりました。チームで仕事をしているような場合でも誰がどのような動きをし、順調なのか、行き詰っているのかも掴みにくい。これでは、人事評価をつけづらいのが実情でしょう。

 人事評価=仕事のプロセス情報+評価基準+解釈(意味付け)です。テレワーク時代の人事評価に新たに加えるべきポイントは、仕事のプロセスに関する情報の収集を『上司から部下への質問』によっておこなうことです。また特に難しいのは、部下の行動を直接把握できない中、その仕事ぶりを意味付けていくことです」

モチベーションが上がる「意味付け」

――仕事ぶりを意味付ける、とはどういうことですか。

「意味付けとは、こんなイメージです。野球で2回裏に送りバントを成功させてそれが先制点につながったケースと、9回裏に同点から送りバントを成功させてサヨナラ勝利につながったケースは、同じバントでも試合における『重さ』が違います。

 上司は、この『重さ』を判断して部下の評価をしなければ、部下のモチベーションも向上しないでしょう。テレワークによって、その『重さ』を判断する場が失われつつあるように感じます」

大切なのは「STAR」

――では、どうしたらよいのでしょうか。

「私がコンサルティングを担当している企業に対しては『STAR』が重要になると言っています。S=Situation(どのような状況で)、T=Task&Role(どんな目標・役割を)、A=Action(どのように遂行し)、R=Result(どんな結果を得たか)が揃って初めて評価につながる事実が把握できます。そして『重さ』にはSとRの把握が重要です。

 テレワークの時代になっても、上司はあらゆる通信手段を使って、部下から『STAR』をうまく聞き出すこと、すなわち質問力を強化することを忘れてはいけないということなのです。上司と部下が離れて仕事をしているからと言って、双方のコミュニケーションが疎かになっては絶対いけません。これは時代や状況が変化しても普遍的なテーマですが、テレワークの時代になったからこそ改めて考えるべきことです」

AIが人事評価を補助する時代に

――しかし、言うのは簡単ですが、WEB会議システムなどを使って「STAR」を聞き出すことは対面に比べて簡単ではなく、むしろ労働生産性が下がりそうです。

「その通りです。コミュニケーションばかりに時間を割いていると、せっかくテレワークの導入によって通勤時間が減り、その時間を有効に使って業務の効率性向上を目指せるのに、それが台無しになってしまいます。

 これからの上司は部下から端的にうまく仕事のプロセスに関する情報を聞き出すコミュニケーションスキルを磨いていないと、濃い人間関係を嫌う若者もついてこないでしょう。要は、上司自身も仕事の効率化が求められているわけです。

 私が担当している一部企業では、部下と上司がふだんから仕事上の指示や報告でコミュニケーションした内容、すなわち上司による部下の『観察データ』を、音声や文字のデジタル情報として残して、AI(人工知能)で評価することができないか検討しています。もちろんAIの判断が万全ではないことを前提に、ある程度の基礎指標が出せないかの試みです。

 この基礎指標は、人事評価シーズンの面接の際に基礎データとしても使えるし、新規プロジェクトなどで人材をアサインする場合にも使えるのではないかと見ています。働き方改革を推進していくためには、評価制度にも新たな発想や技術を取り込んでいくことが重要になっています。

 要は『お題目』だけの働き方改革では、企業に活力を生むことはできないということが今回のコロナ危機によって浮き彫りになってくるのではないでしょうか」

                                   

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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