特別料金なしで観光列車に乗れる! 鳥取県の若桜(わかさ)鉄道の戦略を町長さんに聞いてみた。
若桜(わかさ)鉄道は廃止対象路線だった旧国鉄若桜線を地元が引き継いだ第3セクター鉄道として昭和62年に開業。JR因美線の郡家(こおげ)駅から分岐する全長19.2kmの非電化単線の路線です。
鉄道ファン以外の人はあまり名前を聞いたことがないような地味な印象の鉄道ですが、実はこの若桜鉄道はなかなか先進的な鉄道で、今でこそ主流となりつつある所有と経営を別々に考える「上下分離」という形式を初めて取り入れたローカル線であり、公民館に保存してあった蒸気機関車を持ってきて、ほとんど職員の手作業で圧縮空気で動く機関車にしてしまい、その機関車で日本でもめったにできない「SL運転体験」をやっていたり、さらにはその空気で走るSLを線路の上を走らせる地方創生の社会実験をやってみたり、積極的な取り組みを行っている鉄道です。
▲若桜駅構内に保存されているC12型SL。これは実際に圧搾空気で動く「空気機関車」です。
国鉄の赤字ローカル線、すなわち当時の支線は戦前に建設された20~40kmぐらいの行き止まり式のところが多く、自動車交通が発達した今ではどこも本来の役割を追及しているだけでは存在そのものが危うい状況にあります。そんな中で若桜鉄道では観光列車として「昭和」を導入し、今、その観光列車が走っています。
▲若桜駅に停車中の観光列車「昭和」です。
車内はレトロ調の美しい作りです。
この観光列車「昭和」はJR九州の観光列車のデザインを担当する水戸岡悦治氏のデザイン。
若桜鉄道の前社長の山田和昭さんが、直接交渉して格安価格で実現した特別な車両です。
もちろん新車ではありません。
昭和62年の開業時に導入した車齢30年を超えるディーゼルカーを改造した「身の丈に合った」もので、決して背伸びをして導入したものではありません。
そういう点で、若桜鉄道はなかなか面白い取り組みをしていると筆者は考えるのですが、その中で最大の「面白い取り組み」が、実はこの「昭和」には、特別料金を払うことなく、乗車券だけで乗ることができるのです。
「どうして?」
経営が厳しいローカル鉄道ですから、少しでもお金にしたいところですよね。
まして格安価格で水戸岡先生がデザインしてくれたとはいえ、会社にとっては大金のはずです。
長年ローカル線の経営に携わってきた筆者としては、この「特別料金を取らない観光列車」はとても不思議でしたので、先日、若桜町役場を訪ねて直接町長さんにお話をお伺いしてきました。
町長さんにお話をお伺いしてわかったこと
7月中旬、筆者は若桜駅に降り立ちました。
駅から役場へ向かう道は、昔ながらの景色が残る、これだけで十分観光地になる価値がある風景が広がります。
▲終着駅の若桜駅。
若桜鉄道の駅舎はここ若桜駅をはじめ、丹比駅、八東駅、安部駅、隼駅、因幡船岡駅の施設が国の登録有形文化財になっています。
▲古い街並みが続くメインストリート
▲一歩奥に足を踏み入れるとタイムスリップしたような景色が広がります。
これだけで十分観光地としての要素がありますね。
素敵なところです。
▲お話をお伺いした若桜町の矢部康樹町長さんです。
若桜鉄道は若桜町と八頭町で約7割の株を持っている第3セクター鉄道で、若桜町は筆頭株主です。
その筆頭株主の矢部町長さんに筆者はダイレクトに質問してみました。
「なぜ、観光列車として素晴らしい車両を普通列車に使用して、特別料金を取らないのですか?」
すると町長さんは、
「本来でしたら、そういう特別運用ができれば良いと思うんですけど、新車ではなくて改造車両なんです。ということは、全体として車両が増えていないので車両運用上特別運用ができないのです。実は、若桜鉄道は一部区間ですが高校生の利用がとても多く、運びきれない状況が発生しています。まずはそちらを対応しないとなりませんから。」
とお答えになられました。
一部区間での高校生の利用というのは、八頭高校前-郡家間のことです。
▲県立八頭高校のすぐ隣にある八頭高校前駅。
日中時間帯はこんなのどかな駅ですが、通学時間帯には大混雑します。
▲下校時には大変なことになっています。
▲ガラガラの車内ですが、
▲一瞬にしてこうなるのです。
これが若桜鉄道の現実です。
車両にも余裕がありませんし、線路も単線ですから列車本数を増やすこともできません。
まず、この現実にどう対応するかが輸送事業者としての課題です。
でも、だからといって今の時代ですから観光客誘致をおろそかにすることはできません。
矢部町長さんとしては、このギャップに頭を悩ませていらっしゃるようです。
「若桜町は小さな町です。観光客が来ると言っても一度にたくさんのお客様にいらしていただいては対応できません。ご飯を食べるところも限りありますし、泊まるところも十分ではありません。」
町長さんは続けます。
「でも、隣の八頭町には 大江ノ郷リゾート という素敵な観光施設がありますし、ホテルは鳥取市内にたくさんあります。まずは、そういう他の地域と連携して、若桜鉄道をお目当てにいらしていただいたお客様に、地域全体でおもてなしをすることで、地域全体が良くなっていくことを目指したいと考えています。」
これは田舎の町のボスとしてはなかなかすごいことだと筆者は考えます。
なぜなら、田舎の町へ行くとたいていのところでは自分たちの行政のエリアのことしか考えていません。
鉄道で言うと、何駅まではうちの町だけど、そこから先は隣町のことだから知りません。
駅の観光案内所でも平気でそう言っているところがたくさんありますから。
でも、いらしていただくお客様にとってはそんなことは関係ありませんからね。
もちろん若桜町にも宿泊施設はあるのですが、スキー場であったり研修合宿向けであったりと個人客を対象としたところではないようです。
ここは役割分担するのが妥当な戦略でしょう。
▲八頭町にある「大江ノ郷リゾート」
都会的センスのおしゃれなレストランやパン屋さんが人気です。
「ところで、若桜鉄道は1930年(昭和5年)開業ですね。来年は90周年になりますが、何か計画がありますでしょうか。」
筆者はそう尋ねてみました。
すると矢部町長さんは、
「はい、まず車両のデザインをお願いした水戸岡先生に、駅舎の内装や町中の一部の施設などのデザインをお願いしています。それと観光列車が『昭和』と今年できた『八頭号』に加えて、もう1両の車両が『若桜号』に改造されます。同じく水戸岡先生のデザインによる観光車両です。そして、大きな動きとしては途中駅の八東(はっとう)駅に列車がすれ違いできる設備を設けます。そうすることで、列車本数を増やすことができます。まずはそこからですね。」
すれ違い設備を建設中の八東駅です。
来年にはこの駅で列車のすれ違いができるようになります。
若桜鉄道は現状では途中駅ですれ違いできる設備がありませんので、使い方次第、ダイヤの組み方次第ですがこれは大きな効果が見込まれます。
全国の役場では必死になって地方創生の補助金を取りに行っているところが多いと聞きますが、はたして有効に使っているかと言えば疑問がわきます。でも、若桜鉄道沿線では若桜町だけでなく隣の八頭町も合わせて、その地方創生のお金を鉄道に投入してくれている。
これは実にありがたいことではないでしょうか。
「若桜鉄道という会社は10数名の人員で365日朝から晩まで列車を走らせています。おそらくそれだけで手いっぱいのはずです。だから、若桜鉄道の職員に『観光戦略を考える』というような営業的なことは無理だと思います。」
と町長さん。
「でも、それだと、今までの努力が元の木阿弥ですよね。何か手を打たなければ。」
と筆者。
鉄道会社の職員は自分たちは決められたことを決められた通りにきちんとやっているわけですから、『それのどこがいけないんだ』という気持ちになっています。正しく毎日仕事をしているわけですから当然と言えば当然ですが、そのやり方でやって来て会社が無くなっているというのも歴史が証明しています。だから、今のままではいけないと思います。
「役場から、鉄道会社へ営業的なことができる人を派遣することが必要かもしれないと考えているんです。」
と町長さん。
ただし、そういうことができる人材は限られますね。
第3セクターの場合は役場から「株主の命令」で人が派遣されてくる。
だけどその人間は鉄道に関する知識は皆無で、基本的なことも分かりませんから無理難題を吹っかけてきて現場を引っ掻き回すだけ。
こういうことも現実ですから、良かれと思ってやったことが仇になる。
筆者がそう申し上げると、町長さんもその点は十分ご理解いただいていらっしゃるようで、
「そうなんです。鉄道の知識が深い人間を送り込まなければなりません。」
どうやらすでに頭の中にはお考えがあるようです。
若桜町の矢部町長さんは、いろいろなことをわかっていらっしゃって、きちんと把握されていらっしゃる方だなあという印象を受けました。
「鉄道は、観光のシンボルですが、毎日乗っている高校生にとっては大切な足であるとともに、将来的にはふるさとの思い出になります。観光列車を導入してからというもの、毎日乗ってくれる高校生たちの評判がすごく良いんです。車内でのいたずら行為などもまったくありません。自分たちが毎日乗っているふるさとの鉄道が、彼らにとって誇りになるんじゃないかと期待しているんです。」
これが、観光列車を特別料金なしに乗ることができるようにしている町長さんの戦略のようです。
わずか19kmの路線で、始発駅の郡家駅はJRの管理下です。県庁所在地の鳥取駅までの乗り入れ区間はJR線です。こういう路線の特徴がありますから、若桜鉄道としてはなかなか思うようにダイヤ設定もできなければ特別列車を走らせることもできません。
でも、だからと言って今の時代は手をこまねいていることは許されません。
そういう苦しい状況ながらも、何とか今あるローカル線を有効活用したい。
これが若桜町の町長さんの考え方であり、今回は取材はしておりませんが、鉄道を使った連携をされているということは、お隣の八頭町の考え方も同じではないでしょうか。
「新しいものを求めるのではなく、今あるものの価値を見つめなおして有効活用する。」
これが地方創生の一つのテーマです。
若桜鉄道の地元、若桜町の矢部町長さんとの会話で、筆者はこの鉄道の将来の可能性を強く感じました。
90周年を迎える来年に期待したいところですね。
皆様もぜひ、若桜鉄道にお出かけください。
何の変哲もない田舎町ですが、それが良いんです。
心が洗われますよ。
※文中使用写真はすべて筆者が撮影したものです。