東大前刺傷事件を引き起こしたターニングポイント3点を検証
◆東大前会場で刺傷、高校2年生が犯人
15日、共通テストの会場である東京大学弥生キャンパスの前で無差別刺傷事件が起きました。2人の受験生と男性1人が刺傷され、男性が重傷となっています。
その後、犯人は高校2年生であることが判明しています。
犯行の理由は「勉強がうまく行かず死のうと思った」というもので、昨年、相次いだ無差別殺傷事件や放火事件を模倣した可能性も指摘されています。
◆受験生の凶行、無差別刺傷は初
10代の受験はうまく行くこともあれば、うまく行かないこともあります。
うまく行かなかった場合、自暴自棄になったり、周囲に当たり散らすことは当然、起こり得ます。
1913年(大正2年)に久米正雄が執筆した小説『受験生の手記』は主人公である受験生が受験と恋愛、両方に失敗して自殺するまでを描いています。
その後も、昭和、平成と時代が変わっても、受験や勉強の伸び悩みを理由とする10代の自殺者は一定数出ています。
一方、受験の失敗がきっかけとなって起きた殺人事件としては、1980年の神奈川金属バット殺人事件が有名です。
進学校の高校卒業後、2浪だった予備校生が父親のクレジットカードの不正利用や飲酒を咎められ、それがきっかけとなり、深夜に金属バットで両親を撲殺。
当時は受験競争の激しさを象徴する事件として話題になりました。
近年でも2018年には、医学部受験を娘に強要し続けた母親が刺殺される事件が起きています。
なお、受験全般で見ると、親が凶行に及んだ事件も1999年の文京区幼女殺人事件、2016年の名古屋小6殺人事件などが起きています。
大学受験の失敗に話を戻すと、暴走した場合には自殺か、もしくは親族の殺害か、そのどちらかでした。
今回は無差別刺傷、かつ、無差別殺人をけいかくしていたわけで、これは日本における大学受験史のうえでは初めてのことです。
◆ターニングポイント・1~進学校ゆえの中だるみ・停滞期
では、犯行に及んだ高校生はなぜ、思い詰めてしまったのでしょうか。
現時点(1月17日午前)では、「愛知県の進学校」「東大医学部に進学希望で将来は医者志望」「勉強に伸び悩み、死のうと思った」「計画は去年から考えていた」など、断片的な情報しか出ていません。
ただ、少ない情報から、背景として考えるターニングポイントが3点あります。それは「進学校ゆえの中だるみ・停滞期」「コロナ禍での対面授業停止」「高校生独自の世界観の狭さとフィルターバブル」の3点です。
まず、1点目の「進学校ゆえの中だるみ・停滞期」について。
少年が在籍していたとされる進学校は中高一貫校であり、高校からの入学者も受け入れています。
中高一貫校は中高のカリキュラムを5年で終わらせて、残り1年間は大学受験対策に充てるのが一般的です。その分だけ有利とも言えますが、逆に中高一貫校のデメリットとされるのが中だるみです。これは高校受験がない分、のんびりしてしまい、あるいは、速過ぎるカリキュラムについていけず、成績が低迷する、というものです。
それから、高校受験を経て高校に入学した場合だと、高校2年生に成績が伸びず停滞してしまう高校生は私立・公立問わず、一定数います。そのため、高校2年秋から冬にかけて実施される進路ガイダンスや講演では、「高校2年時の成績だけで志望校を決めない方がいい」と進路担当教員や講師が呼び掛けるのが一般的です。
◆ターニングポイント・2~コロナ禍での対面授業停止
生徒が成績不振などで悩んだ場合、クラス担任や進路指導教員が相談に乗ることである程度の解決が可能です。
教員の指導によって成績が伸びることもありますし、新たな進学先を提示、進路変更をすることもあります。
しかし、コロナ禍で大学だけでなく高校も、対面授業や学校行事が中止となりました。オンライン授業が展開されたものの、教員が生徒を観察し、アドバイスする機会は相当狭まってしまいました。
実際に、逮捕された少年が在籍する高校は16日にコメントを発表しています。
昨今のコロナ禍のなかで、学校行事の大部分が中止となったこともあり、学校からメッセージが届かず、正反対の受け止めをしている生徒がいることがわかりました。~個々の生徒が分断され、そのなかで孤立感を深めている生徒が存在しているのかもしれません。
※朝日新聞デジタル 1月16日12時配信「刺傷容疑の少年が通う高校が謝罪コメント『コロナ禍で生徒が分断』」より
◆ターニングポイント・3~高校生独自の世界観の狭さとフィルターバブル
3点目としては、高校生の世界観の狭さとフィルターバブルがあります。
まず、高校生は世界観が狭いのが一般的です。進学校であれば過去の進学実績や周囲の友人の志望校などから「自分も難関大に入らないと」と考えがちです。
さらに、ネット社会の宿痾とでも言うべき、フィルターバブルがこの世界観の狭さに拍車をかけてしまいます。
フィルターバブルとは、自分が見たい情報しか見えなくなることを意味します。
特に現代では、SNSやYouTube、アマゾン、ネットニュースなどアルゴリズムが優秀です。提供される情報がどんどん変化し、利用者のし好にあった情報が中心となって表示されます。
例えば、YouTubeだと、西村博之さんの切り抜き動画を何回か見ていると、上位のおすすめ動画にはひろゆき切り抜き動画ばかり出るようになります。
このフィルターバブル、10代ならでは、ということはなく、20代でも40代でもどの年代でも起こり得ます。
実際、2021年には、アメリカで連邦議会襲撃事件が起きました。これは、2020年アメリカ大統領選挙の結果を不服とするトランプ前大統領支持派が「あの選挙は不正だった」とするニュースを信じ込む、フィルターバブルに陥ったからこそでした。
刺傷事件に及んだ高校生もフィルターバブルに陥り、「東大医学部志望→成績が伸びない→もうダメだ、だから死のう」と考えてしまったのでしょう。
◆1点は大したことがなくても
以上、3点のターニングポイントについて解説しました。
もちろん、それぞれはどの高校生にも当てはまります。あるいは、全部、という高校生も全国に一定数はいるでしょう。
その中でも、刺傷事件を起こした高校生は、3点全てが惑星直列のようにピタリと当てはまり、孤独感・孤立感を深めたことが背景にあるのでは、と私は考えます。
◆フィルターバブルを薄めていれば
フィルターバブルは、高校生であれ、大学生であれ、社会人であれ、大なり小なり抱え込んでしまいます。
しかし、実は簡単に薄める方法があります。
それは、情報の多様化です。一つの視点だけでなく、複数の視点から情報を見ていくことでフィルターバブルは薄まり、視野は広がります。特に新聞は一覧性という点では優れています。情報検索という点ではネットメディアよりはるかに遅いものの、フィルターバブルを薄める手法としてはおすすめです。
この高校生の場合、成績が落ちても入れる医学部を探す、あるいは、高校2年生で成績を落としてもその後、受験で逆転した(あるいは大学卒業後に逆転した)事例などを調べたり、教員などから話を聞くなどしていれば、いくらでも人生は変わったはずです。
もちろん、犯行に及んだ高校生の短絡的な発想は非難されるべきものです。電車や駅構内での放火も試みた、とされるなど無差別殺傷を考えた点は厳罰に処されるべきでしょう。
しかし、その一方で、こうした凶行を及んだその背景もまた、厳しく見て対応策を考える必要があります。
そうでなければ、こうした凶行が繰り返されるのではないでしょうか。
犯罪だけでなく、犯罪の原因に対しても強硬にあたるべき、と私は考えます。