野球の未来予想図 第2回 ロボ審判への怒りと戸惑い
MLBとの提携で新ルール実験を行なっている米独立リーグを訪ねた。ある審判は「ロボ審判」への不満と怒りをぶちまけた。
8月11日(日)、デイゲームの前にクルマで15分のアーミッシュ・ファーム&ハウスの見学に出かけた。本記事の趣旨とは異なるので記述は割愛するが、ここランカスターには全米でも有数のアーミッシュのコミュニティがあるのだ。アーミッシュとは移民当時の農耕中心の自給自足の生活様式を営んでいる宗教集団だ。そして、約1時間半の見学後、午前11時過ぎにクリッパーマガジン・スタジアムに到着した。小さな街なので移動に要する時間もミニマムで済む。
この日の取材状況をお伝えする前に、まずはアトランティック・リーグで試験的実施中の新ルールをおさらいしよう。
<新ルール一覧>
・ABS (コンピューター判定の参照、いわゆる「ロボ審判」)
・一塁盗塁(振り逃げ以外の場面でも打者は一塁に走れる、ただし成功しても記録上は盗塁ではない)
・マウンドビジット禁止(投手交代時以外は選手、監督&コーチは原則としてマウンドに行けない)
・投手は最低打者3人(投手はイニングを完了させるか、3人の打者との対戦を終えないと原則として交代できない)
・ベース拡大(一〜三塁ベースが、15インチ四方から18インチ四方に拡大)
・イニングブレイク短縮(2分5秒から1分45秒に)
・チェックスウィング判定緩和(チェックスウィングとは日本でいうハーフスウィング。これを打者有利に緩和)
・3バント失敗OK(ツーストライクからのファウルバントで即三振にならない。再度失敗すると三振)
・牽制時、投手はプレートから足を離す(盗塁の促進が目的)
・守備シフト禁止(内野手はセンターラインの左右に各2名配置)
・投手・本塁間2フィート延長(2020年より)
「怒りしかなかった」審判の葛藤
この日は、試合前に審判員に話を聞いた。「ロボ審判」(以下ABSと記す、Automated Ball- Strike Systemの略だ)に関しては、アンパイアは重要な当事者だ。前日もお世話になった広報担当のコリンズさんに審判控え室に案内してもらった。ドアを開けると、シャワー室からバスタオルを腰に巻いた審判員が出てきた。その33歳のデレク・モッキアは熱血漢だった。終始大きな声でまくしたてるように話し続けた。
「おれは、選手としての経験はない。プロを目指してマイナーのキャンプに参加したんだけどリリースされたよ。でもベースボールが心底好きだった。何らかの形でこの偉大なナショナルパスタイムに関わっていたかった。だから、審判の道を選んだんだ」。
コンピューター判定を自らのジャッジに参照する新ルールの導入を聞いて、どう感じたのだろうか。
「怒りやフラストレーション、戸惑い、これに尽きるね」。
「テクノロジーはまだ完璧じゃない、カーブが大きく変化してボールゾーンから最後はストライクゾーンをかすめる、こんなケースをABSが正しく判断しているとは思えない。だから、コンピューターとは異なるコールをしたことも何度もある」。
自ら捕手のミットを構える姿勢で、ゾーンと投球の軌跡を説明してくれる。腰に巻いたバスタオルが大きくはだける。前日のゲームで、「ロボ審判」を経由しながらも、捕球と主審のコールにタイムラグがないことを感じていたが、その主審は彼だった。
個人的にはコンピューター判定の併用は、審判の権威を減じる方向に作用するのでは、と感じている。そうなると、彼のように審判を志す若者は相対的に減っていくのではないか。
「そのとおり!いいことを言うじゃねえか!それこそ、おれが懸念していることさ」。
「チャレンジシステム(MLBで行われているビデオ判定制度、NPBのリクエストシステムの基になった)も審判の権威を傷付けた。申告敬遠もクソ喰らえだ。それで数十秒時間を削って何になる?試合時間を短縮したければイニング間のCMを減らせばいいんだ」。
いよいよヒートアップしてきた彼は、下着に右足だけ通した状態で、身振り手振りで熱弁を振るう。
「でもな、1970年代の指名打者制の導入などのレボリューションと同じなんだよ。ベースボールは変わり続けている。おれには残念だが、その流れは変えられないと思っているよ」。
最後はクールダウンして、ちょっぴり寂しそうな表情を見せた。さあ、写真を撮らせてくれ。そのためには、まず服をきてくれよ。OK, そんなやりとりがあってこの写真が撮られた。
午後1時過ぎ。試合が始まった。この日はダグアウト横のカメラマンブースを拠点に展開を追うことにする。さきほど話を聞いたデレクは今日は塁審だ。独立リーグでは3人(+1機?)審判制なので、塁審の1人は基本的に一塁ベースを、もう1人は展開により位置を変えてゲームを追う。昨日主審だったデレクは、今日は「もう1人の塁審」なのだ。カメラマン席に居座るぼくを見つけ、手を振ってくれた。
新ルールに適応する選手たち
観戦場所がカメラマンブースというのには理由がある。アトランティック・リーグで展開されている新ルールのひとつである牽制球に関する規定変更の影響を見たい、と思ったからだ。ここで試行されているルールでは、投手はプレートから完全に足を離してからでないと牽制球を投じることはできない。そうなると、左投手は右足を微妙な位置まで挙げ、走者を惑わせてから一塁に牽制球を投げることができない。牽制の減少は盗塁の促進になる。統計学的分析が進んだ現在のメジャーリーグでは、盗塁の減少が顕著だ。攻撃が本塁打中心になった、というだけでなく盗塁死の場合は、進塁に失敗するだけでなく、走者を失い、1イニングに3つしか認められていない貴重なアウトを献上してしまう。そのリスクの大きさが、成功した場合の進塁1に見合わないと分析されているからだ。
しかし、不利な条件下でも投手たちは、左投手も結構な頻度で牽制球を送っていた。この辺りの積極性には感心した。
この日もワイルドピッチまたはパスボールで打者が一塁に走れる機会は3度あった。しかし、だれもそうしようとしない。一塁に走ったところでアウトになる可能性もある(アメリカの球場はどこも日本に比べファウルエリアが狭い)、ということもあるが、ここの選手たちはみんな自分をアピールし、メジャーや日本を含めた海外リーグから声が掛かることを期待してプレーしているのだ。1試合に4度きりのアピールの機会を無駄にしたくない、という思いもあるのではないか。
下位を打つ野手がスリーバントを試みて失敗(ファウル)する場面に出くわした。新ルールによりもちろん三振とはならない。再度試みてまたファウル。これで三振である。概してアメリカの選手はバントが上手くない。「3バント失敗OK」ルールは日本では要らないかな?と思った。しかし、打撃戦が大好きなアメリカで、バントを促進するような新ルールが要るのかしらん?と思うことなかれ。打者がバントの構えを見せると一塁手、三塁手が猛然とダッシュを見せる。一連の新ルールの根本は「よりアクションを」ということであることを思い出した。
打球を投手が足で受ける場面にも遭遇した。すると、ベンチから監督とトレイナーがマウンドに走る。そう、不祥事だけは監督、コーチ、選手の「マウンドビジット禁止」は例外なのだ。この日は新ルールに関する具体的事例が満載で、その点では大変興味深かった。
アトランティック・リーグは登録選手の60%がメジャー経験者なのだが、出場選手は長年メジャーを追いかけてきたぼくでも全く知らない選手がほとんどだ。ある左打者が打席に入る。どういうタイプかまったく不明だが、三塁手と遊撃手は右寄りにポジションを取る。しかし、遊撃手は「境界線」を超えない。本塁→投手プレート→二塁ベースの延長線上のちょうど内野の土と外野の芝生の境目にマーキングがある。そこを超えてフィールドの右半分に入るのはご法度なのだ。
独立リーガー、それぞれの戦い
7回表、ランカスターの3番手として、ある左腕投手が登板する。彼の名はブライアン・ハーパー。2016年のナ・リーグMVPで今季春季キャンプ中にフィリーズと13年総額3億3000万ドル(約363億円)という途方も無い条件で契約したスーパースター、ブライス・ハーパーの兄だ。兄弟といってもこの格差。勝負の世界は非情だ。そのハーパー兄は1イニングを被安打2で1失点。メジャーの檜舞台には縁がなく、独立リーグに流れ着いた。すでに29歳。人生の岐路に立たされていると言えよう。
ちなみにぼくが観戦したランカスターでの2試合、アウェイはロングアイランド・ダックスだったが、そこの4番打者は2008年に阪神でプレイしたリュー・フォードだった。彼は2004〜05年はミネソタ・ツインズで中軸打者だった。現在はコーチ兼任だ。すでに42歳(取材時)のため、メジャー復帰は現実的ではないが、ダックスではレジェンド的存在だ。
11日(日)の同球団の先発投手はブランドン・ビーチー。彼は25歳だった2011年にはアトランタ・ブレーブスのローテーション投手として活躍した。当時は将来を嘱望されたが、その後は故障に泣いた。2015年を最後にメジャーでの登板はない。この時点で32歳。メジャー復帰は楽観できないが、本人はまだ諦めていないはずだ。
そして、ランカスターにはすでに紹介した南ア出身のンゴエペがいる。このリーグではいつでもどのリーグのどの球団とも選手は入団交渉ができる。選手にとっては、もう一度夢を掴むには良い舞台でそれがこのリーグの独自性であり、メジャー傘下のマイナーリーグ球団との大きな差別化になっているのだ。
試合後、広報兼アナウンサーのコリンズさん、GMのレイノルズさんにお礼を伝え球場を出た。Thank you so much.
<写真は全て豊浦彰太郎撮影>