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「蜜月」公開中止で思い出した、ジェームズ・フランコのこと

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「Time's Up」のバッジを胸につけて現れたジェームズ・フランコ(左)(写真:ロイター/アフロ)

 映画「蜜月」が、突然、公開中止となった。榊英雄監督が、過去に複数の女性に対して性暴力を行っていたことが明らかになったせいだ。性被害をテーマにした映画を性暴力の加害者が監督するという事実に強い不快感を覚えた被害者女性らが、「週刊文春」に対して、自らの体験を打ち明けたことで露呈されたものである。

 この記事を読んで、ふとジェームズ・フランコを思い出した。フランコも「#MeToo」でキャリアに大打撃を受けた男たちのひとりだ。そうなったきっかけは、2018年のゴールデン・グローブ授賞式に、フランコが「Time’s Up」のバッジをつけて現れたことにある。

「Time’s Up」は、「#MeToo」勃発を受け、ハリウッドのパワフルな女性たちが中心になって設立した、反セクハラ、男女平等、健全な職場環境をうったえる非営利団体。フランコは、この団体への支持を表明することで、自分は女性の味方だというメッセージを送ろうとしたのだが、これを見てソーシャルメディアで声を上げた女性たちがいた。過去にフランコからセクハラを受けた被害者たちだ。実は彼がどんな人物なのかを知っている彼女らは、「お前が言うか」と強い反感を覚えたのである。

役をちらつかせて若い女性にセックスシーンをやらせる

「スパイダーマン」「オズ はじまりの戦い」などメジャー娯楽大作に出演し、「127時間」でオスカー主演男優部門にノミネートされたフランコは、映画俳優として順調なキャリアを築いてきた。だが、それだけで野心は満たされないらしく、大学院で学び続けたり、小説を書いたり、絵を描いたりなど、彼は実に幅広い分野で活動をしてきている。どうやってその多忙なスケジュールをこなすのか、どうしてそこまでしたいのかと人々は興味と尊敬を持って見つめたものだが、そんな中で彼はさらに、若い人たちに演技を教えるべく、2014年、スタジオ4という演技学校をL.A.とニューヨークに設立した。

 1ヶ月300ドルの授業料を取るこの学校がほかと違うのは、フランコのプロダクション会社が製作する作品に出られるチャンスをもらえること。つまり、ここに通うことは、映画出演に直結するかもしれないのだ。少しでも早い成功を願う駆け出しの若者にとって、それは大きな魅力である。

 しかし、まもなく彼女らは約束と現実のギャップに気づくようになった。クラスにいる生徒たちがフランコの映画の役をもらえるのは、ごく稀。何かあったとしたら、ヌードが必要か、あるいはセックスシーンが要求される役なのである。過去の生徒のひとりは、「L.A.TIMES」に対して、フランコから送られてくるメールはたいてい「売春婦役のオーディションを告知するものだった」と語っている。

 フランコはまた、セックスシーンを演じるための特別クラスを行った。このクラスを受けることでフランコの映画に出られるチャンスが増えるかもしれないと思う生徒たちは、750ドルの追加料金を払ってでも受講することを希望したが、そのためにはまずオーディションを受けなければならない。オーディションで演じるのはセックスのシーン。フランコは、「後で見直して検討できるように」との理由でそれらの演技をビデオ録画し、映像の所有権は生徒たちにはないという書類に署名をさせたという。

 ヌードやセックスのシーンがある場合、どこまでが許されて、どこからはだめなのかについて細かく書いた「nudity rider」という書類を交わすのがハリウッドの常識。しかし、フランコはそれを守ろうとせず、最初の話になかったことをしばしばやらせたと、元生徒たちは明かす。ある女性は、「L.A.TIMES」に対し、「これからボーナスシーンを撮影する」と言われ、フランコを相手にオーラルセックスのシーンをやらされたと語った。そのシーンの撮影中、フランコは、女性器を覆っている透明のシールを勝手にはがし、性行為の演技を続けたとも、彼女は述べている。予定になかったのにトップレスになってダンスをするよう言われ、反論した別の女性が現場を追い出される様子も目撃した。自分が思う通りの性的な行為をやってみせない女性は、フランコにとって不要だったのだ。

民事訴訟で25億円を支払うことに

 フランコのクラスと撮影現場には、権力の濫用、無名の女性たちを搾取するカルチャー、代わりの女性はいくらでもいるというような雰囲気があった。そんな環境に苦しんだ経験を持つサラ・ティザー=キャプランという女性は、ゴールデン・グローブに「Time’s Up」のバッジを着けてやって来たフランコを見て、ツイートで怒りを表現せずにはいられなかった。

 そして、グローブ授賞式から1年半後、ティザー=キャプランは、トニー・ガールというもうひとりの女性と一緒に、フランコに対する訴訟を起こしたのである。訴状の中で、ふたりは、フランコが「先生、雇用主という立場を悪用し、仕事をもらえる機会をちらつかせて、女生徒に対して不適切かつ性的な行動を日常的に取った」「彼のクラスや現場はセクハラ、性的搾取がまん延していた」と批判した。彼女らが求めたのは、苦しめられたことに対する賠償金と、映像の返却。また、集団訴訟にすることで、ほかの被害者も報われるようにしたいとも主張した。

 この訴訟は、昨年2月、示談で解決している。報道によれば、フランコがこのふたりの女性とスタジオ4の元生徒1,500人に対し、合計2,200万ドル(およそ25億5,000 万円)を払うことで合意がなされたようだ。フランコは罪を認めないままだが、ハリウッドにおける女性の扱いについて深刻に考えるべき時期にあると思い、この件を解決することにしたとのことである。

 そうやって前を見て歩くことを決めたフランコに対するハリウッドの態度は、決して優しくない。自分で監督、製作をするフランコは、この一連の騒動の間も小さな映画を作り続けてきてはいるものの、メジャースタジオはおろか、ほかのインディーズ監督からもまったく声がかからない状態だ。何本ものコメディ映画を一緒に作ってきたセス・ローゲンですら、救いの手を差し伸べてはくれない。彼がまだ友人でいてくれるのかどうかも微妙だ。かつて人々から興味と感心の目で見られたフランコは、今、誰からも見てもらえない静かなところにいる。その先に何があるのかわからない、孤独で、不安なところに。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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